次の日、一章は学校を休んだ。
 身体がまるきり言う事を聞かず、指一本まともに動かす事が出来なかったのだ。考えて見れば一日に二度も穢を封じた等と言う経験は初めてだったから、仕方のないことだったのかもしれない。
 棗も神を降ろした後遺症の知恵熱でふぅふぅ言いながら隣の部屋でダウンしていた。
 柘榴はその日のうちに千珠とふたりで工房に出掛けて腕を繋いだものの、まだ本調子ではないらしい。

 結局、元通りの体調と生活に戻るのに、なんだかんだで一週間かかってしまった。

 一週間後。
 一章の家に、封印した穢の浄化の儀式等を行ってもらう為に、千珠が呼んだ馴染みの巫子がやってきた。
「君も大概お人よしだな。それだけの酷い目にあって依頼料を取らなかったのか?」
 一章から事の顛末を聞くと、巫子──御巫 浄(みかなぎ せい)は呆れたようにこう言った。
 巫子といっても女性ではなく立派な男性で、背の高い二十歳の大学二年生だった。少し長めで不揃いな黒髪と二重瞼の同色の瞳をした、眼鏡の似合う理知的な美貌の青年である。
「だって、町くんが手術を受けられる事になったそうだから」
 一章が学校を休んだ三日目に、学校のプリントとノート、それからクラスメートからの手紙と花束をもって、都が見舞いにやってきて、自分のしたことを謝罪し、その後についてを話してくれたのだ。穢が憑りついたことで、不幸中の幸いというべきか町の体質が改善されて体力がつき、今までできなかった手術を受ける事が可能になったと都は複雑な顔で一章に報告した。その話を聞いた一章はついつい「手術祝いってことでこの前の相談料は払わなくてもいいよ。クラスメートだし」などと言ってしまったのだった。
「お金が掛かることが控えてるのに、無理に取るのも悪いと思って……」
 柘榴にも呆れられた(同じく人のいい棗と寡黙でやさしい千珠は何も言わなかった)し、やはりこの男にも言われるかと予想していたのがやはり当たってしまい一章は少し憂鬱だった。けれど。
「俺だったら間違いなく危険手当も取っていたところだな。まあ、君は君だ。それが君のいいところだろう」
 そのあとに続いた意外な褒め言葉に一章は面食らった。
「浄さんが褒めてくれるなんて珍しいね…その分なんか嬉しいんだけど」
「だが、それはそれ、これはこれ。仕事とは別の話だ。料金はきっちり頂くぞ。ちなみに君の家まで出張サービスしてるんだから、値段は三割増しだ」
 にこりと笑った浄の顔は、一章には大層不敵な悪魔のそれに似て見えた。
 やっぱり浄さんは浄さんだ……と、一章は思った。
 巫子は穢を封じた形代の完全な浄化から穢に触れた人間や人形の清め、穢れが原因の怪我や病気の治癒治療までこなす、人形師以上のサポート役だ。それだけに能力を持つ人間は少ない。浄は優れた能力を持つ巫子なのだが、元々この仕事を好きでやっている訳ではなく、金を稼ぐ為の完全な副業と割り切っている為、それなりの料金を請求してくる。けして法外と言う訳ではないが、一章にとっては結構痛い出費である。浄に曰く「労働に対して報酬を支払うのは当然の義務だろう?」とのことだ。
「せ、浄さん、せめてそれはなしにして……」
 駄目もとでそう言って見るが、浄はすげなく一章をあしらった。
「却下。さて、今回は君の怪我の治療と消毒、更には人形ふたりの浄化も入っているからな。しめてと」
「う、ううう……」
 パチパチと算盤を叩いて浄が出した金額の予想以上の高さに、穢に背中を刺されても弱音ひとつ吐かなかった一章は、ちょっとだけ泣きたい思いにかられたのだった。

第1話 了

 

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