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Act 3

二次会のカラオケボックスでは、和哉が悦美の隣に座った。
何となく、そわそわと落ち着かない。
和哉が近くに居るだけで、こんなにドキドキするのは、何故だろう。
胸の鼓動が早くなるのを感じる。
何を話して良いのかわからず、下を向いた。
食事に誘った事からも、斉藤和哉が、紗枝に興味を持っているのがわかる。
この時ほど、紗枝の引き立て役でしかない自分が疎ましい。
一次会よりも、人数が減っていたが、それでも、いくつかの話の輪が出来ていた。
頼りにしていた紗枝は、遠く離れている。
悦美には、和哉と二人取り残されている様に感じられた。
「また、小野さんとお会い出来て、嬉しいです」
先に口を開いたのは、和哉の方だった。
妙なお世辞に、照れている自分を不思議に思う。
「紗枝が、いつもあなたの事を話すから、一度ゆっくりお話ししたかった」
「紗枝」と呼び捨てにする事。
「いつも」と言う、何気ない一言。
悦美は、自分の知らない所で、和哉と紗枝が親しい事を察した。
でも、紗枝は、食事に誘われた事を、困ったと言っていたはず。
アルコールのせいか、悦美の頭の中がぐるぐると回っている。
「食事の誘い、受けてくれたんですね」
「はい……」
「いきなり、お誘いしてごめんなさい」
「いいえ……」
まさか、「おまけですから」とも言えず、返事に困る。
悦美は、和哉から視線を反らした。
「悦美、一曲歌いなさいよ」
少し離れた所から、紗枝が言う。
歌本を渡され、ペラペラとページをめくった。
何気なく、隣から和哉が覗き込む。
和哉が近づく度に、ドキドキする。
さっきより、和哉との距離が縮んだ様な気がした。
他の人の歌声が、遠く聞こえる。
心臓の音だけが大きくなって、誰かに、いや、隣の和哉に、聞こえてしまいそうだった。
悦美は、高橋真梨子の『海色の風〜君住む場所へ〜』を選曲した。
十八番と言う訳ではないが、悦美はこの曲の歌詞が好きで、好んで歌う。
悦美に、順番が回ってきた時、身体が微かに揺れていた。
和哉の視線を感じる度に、声が震える。
悦美の声は、職場では張りがあるが、その歌声は甘い。
どうして、こんなに和哉が気になるのか。
自分自身もわからない。
和哉の視線が痛い。
歌い終わった時、悦美はホッとした。
「小野さん、お上手です。 それに、とてもいい曲ですね」
「歌詞が好きなんです」
「やっぱり、思っていた通り、素敵な人だ」
沈黙が続く。
紗枝や津山に促されるまま、悦美も数曲歌った。
和哉は、それ以上、話しかけて来ない。
二次会も、お開きになり、悦美にとっては、憂鬱な食事の時間になった。
悦美がタクシーに乗ると、続いて和哉が乗り込んできた。
「じゃあ、悦美。 二人で楽しんで来てね」
紗枝が微笑みながら、見送った。
「ちょっと、食事って、三人で行くんじゃないの? 紗枝?」
静かに走り出したタクシーの中で、悦美はうつむいたままだった。
和哉と二人にされた事。
頭の中で、今までの事を整理しようとするが、思考回路は止まったまま。
和哉が食事に誘ったのは、紗枝だったはずだ。
「何故、私がここにいるの?」
自問自答の答えは出ない。
和哉が案内したのは、東京の夜景が一望出来るラウンジだった。
テーブルの上のキャンドルがロマンチックな趣をしている。
無言のまま、テーブルを挟んで、向かい合った。
「やっと二人きりになれた」
和哉が微笑む。
「私は、紗枝の代わりなんですね」
聞いてはいけない事だったのかも知れない。
しかし、怒りにも似た感情が、強い語調に表れている。
「紗枝の代わりって、どうして、そんな事を?」
「だって、紗枝は、斉藤さんに食事に誘われて困っているから、一緒に来て欲しいと」
「紗枝は、そんな事を……」
沈黙が続いた。
その重圧を破る様に、和哉が口を開いた。
「僕は、小野さんと食事をしたかっただけです」
それは、悦美の予期しない言葉だった。
「僕は、小野さんが僕との食事をOKしてくれたと、思っていたのに」
悦美は、和哉の顔をまともに見る事が出来ない。
「僕がお誘いしても、小野さんはOKしてくれそうにないだろうから、紗枝に頼んだのに」
恨めしそうに言う。
「どうして、私なんかを……」
「初めて、お会いした時から、小野さんを好きになったから」
悦美は身体は、固くなったまま、視線だけが定まらず、動いていた。
「今、小野さんに特定の人が居なかったら、僕と付き合って欲しい」
言葉が見つからない。
沈黙の中で、テーブルの上のキャンドルの火が、優しく風に揺れた。

( 2009/10/30 )

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