結婚紹介所 医師 ウィークリーマンション

Act 1

昼休みも終わろうと言う時間。
街の中は、昼食帰りのサラリーマンやOLで、ごった返している。
「悦美」
背後から、不意に声をかけられ、悦美は驚いた。
「ねえ、今日の夜、ヒマ?」
同期の紗枝だ。
「今夜、合コンあるんだけど、行こうよ」
「合コンって、私達、そんなに若くないじゃん」
半ば、呆れて答えた。
「大丈夫。 今夜のは、大人の合コン」
大人の合コンか。
たまには、それもいいかも。
「うん、行く」
「それでね、悦美に頼みがあるんだけど」
「なに?」
「今夜、悦美の所に泊まってもいい?」
結婚している紗枝には、外泊はめったに許されない。
それでも、一人暮らしの悦美の所に泊まる事だけは、許されているらしい。
「わかった。 それじゃあ、5時過ぎに、玄関で待っているね」
紗枝の引き立て役か。
いつもの事。
悦美は、気に留めなかった。
紗枝は、悦美の他の数人の女の子を誘っている。
悦美も紗枝も「女の子」と呼ぶには無理がある年齢だが、気持ちは若いと、言い聞かせている二人だった。
合コンは、初めてではないが、紗枝が言った通り「大人の合コン」は、若い子の集まりと違って、落ち着いている。
その雰囲気に、悦美はなぜか戸惑いを覚えた。
紗枝は、会社にいる時とは違って、人見知りをする。
悦美の裏に隠れて、はにかんでいるが、男性から注目を集めるのは、いつも紗枝だった。
この日も、集まった男性達から注目を浴びていた紗枝に、悦美は、軽い嫉妬を覚える。
小柄で、結婚していても「華」がある紗枝と、仕事一筋できた悦美は、対照的だ。
それでも、キャリア組の悦美に興味を持つ男性も少なくない。
ただ、『女性』と言うより、『共に社会で生きている同志』と言う感覚が強くなる。
悦美自身、それに不満を持った事はない。
「今夜は、かっこいい人が多いわね」
紗枝が嬉しそうに話しかけてきた。
「目の保養には、ちょうどいいわ」
自嘲気味に答える悦美に、紗枝が囁く。
「あの人、悦美に気があるみたい。 さっきから、悦美の事ばかり、聞いてるのよ」
紗枝に言われて、目を向ければ、そこには、若い、悦美よりもはるかに若い子が、悦美を見ていた。
「こんばんは」
はにかむ様に声をかけるその青年に、悦美は好意を感じた。
「失礼ですけど、精英社の小野さんですよね?」
「はい、小野ですが……」
「いつも先輩から、小野さんのお話、聞いています。 お会い出来るなんて、感激だな」
青年が興奮しているのが、わかる。
羨望のまなざしで興奮した様子が、悦美には恥ずかしかった。
キャリアを評価される事は、嬉しい。
しかし、こういう場で、評価を受けるのは、照れくさい。
「こんばんは」
遅れて来た男が、悦美に声をかけた。
「初めまして」
日に焼けた優さ男風なのが気になったが、印象は薄かった。
ごくあたりさわりの無い話をして、他の人に声かけられて、席を外した。
それっきりで、終るはずだった。
帰りの道すがら、紗枝が今夜の参加者の感想を話す。
「津山君、可愛かったわね。 きっと、悦美に気があるわよ。 電話番号、聞かれた?」
「ううん。 あまり話しもしてなかったし」
興奮して話す津山に、弟みたいな印象は受けたが、「男」は感じない。
「斉藤さんは、かっこいいけど、遊びなれている感じ」
「斉藤さん?」
「後から、遅れて来た人よ」
「ああ、あの人ね」
思い出すのがやっとだ。
遊びなれた感じが、悦美には鼻についていた。
「少し場違いだったわね。 あの人は」
紗枝が言う『大人の合コン』の参加者は、三十代が多く、津山の様な二十代前半は少ない。
皆一応に、社会的な地位や肩書きを持っている。
それでいて、気軽に、人との新しい出会いの場を提供するものだった。
斉藤和哉は、その場には相応しくなかった。
紗枝は、いつも冷静に男を見ている。
仕事では、それなりに人を見る目はあるつもりの悦美だが、こと男のことになると、からっきしり、盲目になるみたいだ。
和哉に対して、紗枝と同じ印象を持った事を、悦美は胸の中で笑った。
「でも、斉藤さんって、すごいのよ」
紗枝は、和哉から聞いた事は一気に話す。
「1年の半分は、沖縄に居るんですって」
「沖縄? 仕事で?」
「うん。 ダイビングのインストラクターをしているんだって」
悦美は、生理的な嫌悪感を覚えた。
遍見に満ちているが、サーファーとかダイバーは、軽い感じを受け、好きになれなかったのだ。
女慣れしているダイバーなど、悦美にとって軽蔑の対象であっても、惹かれるものなどない。
何人かは、紗枝の目に止まった男性もいた。
悦美は、「印象深い男は居なかったな」そう思いながら、紗枝の話を聞いている。
「二度と会う事はないわよ」
悦美は、言い切った。
「そうね、 でも、楽しかったから、いいじゃん」
たしかに、仕事に追われる悦美にとって、和やかで、有意義な時間だった。
『大人』の時間と過ごしたと満足している。
夏の夜の風は、身体にまとわりつく感じがする。
悦美は、歩きながら、まとわりつく風に身体が重くなった気がした。

( 2008/5/13 )

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