「司と牧野の恋愛が、どんな障害の多いものだったか、菜月ちゃんは知っているかな?」
「少しだけ、サーちゃんから聞きました。でも、サーちゃんの言うことは、週刊誌に書いてあることばかりで」
「そっか・・・。でも、黒木さんの言ったことは間違ってないと思うよ」
「でも、お金持ちの道明寺さんたちが軽井沢の教会でひっそり式を挙げるなんて、サーちゃんの想像ですよ」
「いや、それは本当だよ。司の希望で軽井沢の教会で家族だけの式を挙げたんだ」
花沢さんは、自分のシステム手帳から二枚の写真を取り出した。
小さな教会の前に並ぶ花婿と花嫁らしき人とその友人たち。
あれ?もう一枚のほうは、家族らしい人たちも映っている。
「あの・・・コレは?」
「司と牧野の結婚式の写真」
結婚式といっても、道明寺さんらしき人は普通のスーツだし、花嫁さんは白のワンピース、花沢さんたちは普段着だ。
写真に写る道明寺さんは、あたしが想像していたイメージとは違っていた。
サーちゃんの小説は、道明寺さんをモデルにした主人公の恋愛を息子夫婦の結婚を通した視点で書かれている。
厳しい父親のイメージが強かったから、優しそうに微笑んでいる道明寺さんの姿は意外だった。
「司はね、『氷の男』なんて呼ばれているけど、牧野には、いや芯は優しい奴なんだ。だから、牧野が必要以上に騒がれないよう、結婚のことは公表しなかったんだよ」
へぇ、そうなんだ。
「俺たちも、急に呼ばれたと思ったら、いきなり軽井沢まで連れていかれて、ホント迷惑だったよ、くくっ」
だけど、二枚の写真は写した時期が違うみたいなんだけど。
あたしの手にある写真を覗き込むように、潤君が体を寄せてきた。
きゃあ・・・心臓がバクバクしてきたよ。
「これって、写した時期が違いますよね」
「うん。梅元君、よくわかったね。こっちは、正式に結婚する前のもの」
花沢さんが、二人が結婚するまでのことを話してくれた。
質素なシンプルな結婚式だけど、二人も、周りの人たちもものすごく幸せそうだ。
「えっ?二回、式を挙げたんですか?」
「こっちの一枚は、二人の結婚を俺たちの前で誓ったもの」
あぁ、だから二人と友人たちだけなのね。
「もう一枚のほうが、二人の結婚式のもの。ねぇ、菜月ちゃん、鈴蘭の花言葉って知っている?」
鈴蘭の花言葉?
花言葉なんて知らないよ。
知ってたら、潤君の前でいい恰好できたんだけどな。
「牧野が鈴蘭のブーケを持っているでしょ。これが司の思いなんだよ。なんたって、あの司が自分で花束にしたんだからさ」
花言葉に自分の思いを込めたんだ。
道明寺さんって、ロマンチストなんだね。
「花言葉はいろいろあるけど、鈴蘭の花言葉は『幸福の再来』。俺たちの前で誓った時以上に幸せを感じたんだね、司は」
子供のあたしには、よくわかんないけど、道明寺さんが奥さんを大事にしていたっていうことは、少しわかる。
そんな二人の恋愛に、私も憧れる。
あたしも、そんなに大事にしてくれる人が現れてくれるのかな。
潤君と花沢さんの話を聞いていたら、いつのまにか、サーちゃんが戻ってきていた。
目をキラキラさせて、花沢さんの話を聞いている。
わが伯母ながら、あまりのミーハーぶりに呆れちゃうよ。
コンコン。
ガチャっと音ともにドアが開くと、入り口には、すごく背の高い男の人と小柄な女の人。
「ど、道明寺社長・・・。奥様もご一緒で・・・」
道明寺社長って、あたしを推薦してくれた人?
サーちゃんったらすごく慌てちゃって、動きが変だよ。
「ほ、ほら、菜月。道明寺社長と奥様に挨拶して」
えっ?あたしも?
ち、ちょっと、サーちゃん、突っつかないでよ。
「あっ・・・は、はじめまして、松本菜月です」
「こんにちは、菜月ちゃん。道明寺です」
うちのパパやじいちゃんぐらい背が高いわ。
でも、パパみたいにメタボじゃないし、すごくかっこいい。
潤君ってこの人の役だったんだね。
「菜月ちゃんね、はじめまして、道明寺つくしです。ホント、司の言うとおりイメージぴったりね」
「よ、よろしくお願いします」
ふ〜ん、この人たちがサーちゃんの小説のモデルなんだ。
「っていうか、類。なんでお前がここにいるんだよ」
「司がここにいるっていうからさ。俺も、菜月ちゃんに会いたかったしさ。牧野にも会えるなんて、ラッキーだね」
「類、てめぇ」
えっ、すごく優しそうだったのに、おでこに怒りマークが出るくらいの勢いなんですげと…怖っ。
「ちょっと、司、菜月ちゃんが怖がるわよ」
はい、怖かったです。
でも、さっきまで緊張がウソみたいになくなってた。
不安いっぱいの打合せも無事もうすぐ終わりそう。
そう言えば、花沢さんって、誰かに似ている気がする。
「うちのJrの花沢慧のお父さんだよ」
ええええええええっっ??
潤君に心を見透かされていたこと、慧くんが花沢物産の御曹司ってことに、あたしは驚いた。
きっと、すごい顔していたと思う。
あまりの驚きに、打合せの内容なんてスッコンと抜けてった。
でも、それから慧君を見つけると、あの王子様が目に浮かんで、あたしの胸がドキドキする。
もしかして、これが『恋』なのかな。