さーちゃんが書いた小説の映画化から降って湧いたCM話。
小説のモデルが道明寺財閥の道明寺司だったことから、あたしは道明寺氏の推薦でアイドルの梅元潤君とCMで共演することになった。
あたしは、芸能界とかには全然興味がなかったの。
今流行りのアイドルにキャーキャー言っていても、違う次元の話だと思っていた。
芸能界って、どこか現実味がなくて、遠い世界のようにしか思えなかったから。
サーちゃんには一度は断ったんだ。
あたしなんか可愛くないし、どこにでもいる平凡な女の子だもん、イメージガールが務まるなんて思わないって。
サーちゃんは、そんなあたしの気持ちをわかってくれたんだと思う。
だから、無理強いもしなかったし、「菜月の好きにすればいいよ」って。
でもね、道明寺さんから『今をぶっ壊せ』というメッセージをもらったとき、あたしはうんと頷いていた。
どうしてか、なんてわかんない。
多分、平凡な毎日に物足りなさを感じていたんだと思う。
CMの話を受けたとき、我が家ではちょっとしたお祭り騒ぎだったんだ。
もちろん、一番はしゃいでいたのはサーちゃん。
なんだか、サーちゃんの騙された気分だよ。
打ち合わせで来たメープルホテル東京のスィートルームで、潤君と二人きりであたしが緊張のピークを迎えていたところに現れた王子様。
「あれ?司はいないの?」
「びっくりしましたよ、花沢さん」
花沢さんって??
年のころはパパぐらいだけど、『王子様』って言う形容がぴったり。
「ゴメン、ゴメン。秘書から、司がここにいるって聞いてたから。あれ?梅元君、そちらのお嬢さんは?」
「今度、道明寺さんのところのCMで共演する松本菜月さんです」
「は、はじめまして。松本菜月です」
えっと・・・あたし、ちゃんと挨拶できているよね?
王子様の瞳に吸い込まれそう。
誰かに似ているんだけど、思い出せない。
「道明寺さんは、少し遅れるそうですよ。でも、どうして花沢さんがココに?」
今日の打ち合わせは、潤君と道明寺社長だけってサーちゃんも言っていたけど。
「うん、司んところと業務提携している雑貨ブランドのCMと花沢のも梅元君たちにやってもらうことになってね」
ええええっっ??
そんな話、聞いてないよ。
「菜月ちゃん、だっけ?イメージぴったりなんだよね」
んーん、企業イメージって良くわからないけど、あたしってどういう風に見られているのかな・・・。
ちょっと、不安になってきた。
「道明寺だけじゃなく、花沢のCMも?異例なことですよね?」
「天下の道明寺司のお眼鏡にかなった女の子なら話題になるし。司がずいぶん気に入っているみたい」
えっ?
あたしは、道明寺さんとは会ったこともないんですけど。
なんか、あたしの知らないところで話が進んでいるみたいなんだけど。
「菜月ちゃんは、黒木サクラさんの姪っ子さんなんですよ」
「ふーん、黒木さんの姪御さんね。」
ところで、この花沢さんっていう人・・・誰なんだろう。
「菜月ちゃん、花沢物産の花沢社長は道明寺社長の古くからのご友人なんだ」
あたしの心の声が聞こえたのか、潤君が教えてくれた。
「司とは、腐れ縁」
腐れ縁って・・・何で、そんなに嫌そうな顔するの??
「ねえ、菜月ちゃん?伯母さんの小説のモデルになった道明寺司って知ってる?」
さっきの不機嫌な顔から一変して、優しい顔で覗き込まれて、あたしはドキドキしてる。
こんなきれいな瞳、見たことないよ。
「あー、ま、前に少しだけ聞いたことあります、お会いしたことはないんですけど。ものすごい大恋愛だったとか。サーちゃんがすごく興奮して話してくれました」
サーちゃんが小説を連載していたときに、モデルになった人がいるとは聞いていた。
ものすごいお金持ちで超イケメンで経済界に君臨する人だと。
もっとも、サーちゃんが話してくれたのは、ほとんど恋愛に関すること。
まあ、ワイドショーや週刊誌からの受け売りばかりだったんだけどね。
サーちゃんが言うには、二人の結婚のときはかなり大騒ぎだったらしい。
『世紀の結婚』って呼ばれたんだって。
どれほどロマンチックで劇的な恋愛だったか興奮気味に話してくれたけど、正直な話、まだ13歳のあたしには恋愛なんて良くわからなかった。
「大恋愛・・・ね。確かに、大変だったよ、くくっ」
あの・・・そこって笑うところじゃないと思うんですけど。
恋がどんなものがわからなくても、あたしだって女の子。
恋愛には憧れもある。
それなのに、笑うなんて。
「大変だったって・・・」
「何も知らない人は二人のことを大恋愛とかって言うけど、当人たちはいろいろ大変だったんだよ。特に、牧野は」
そういえば、道明寺さんの奥さんは庶民の人だって、サーちゃんも言っていた。
家柄や育ちの違いとか障害が多かったって。
「黒木さんの小説は、そういう牧野の心理が良く描けていたと思うよ」
へぇー、なんだかんだ言ってもサーちゃんの小説って評価されてるんだ。
あたしは、単純に主人公がハッピーエンドになるのかばかり気になっていたけど。
「あの・・・、聞いてもいいですか?」
「うん、いいよ。俺に答えられることなら」
「道明寺さんの結婚は一切報道されなかったと聞いているんですけど・・・」
あたしは、前々から気になっていたことを聞いてみたくなった。
サーちゃんの小説は、実在の人をモデルにしていても、ほとんどがサーちゃんの妄想と創造だと思っていた。
世界中に知られているようなお金持ちが軽井沢の小さな教会でひっそり結婚式をするなんて、作り話だと思ったから。
「うん。しばらく公表しなかったね」
「どうして??」
「それが司の愛だったんじゃないの」
「愛?」
「菜月ちゃんには難しいかもしれないけど、司には牧野が一番大事だったから」
はあ・・・わかったような、わからないような。
きっと、わたしはものすごく不思議そうな顔していたんだと思う。
「司は、結婚を二人だけのものにしたかってこと。それだけ結婚までこぎつける道のりは厳しかったんだよ」
厳しかった道のり・・・。
あたしは、道明寺さんの恋愛に興味を持った。
ううん、恋愛というものに興味を持ったのも初めてかもしれない。
「司が来るまで、少しだけ二人の話をしてあげようか?」
聞きたい。
すごく聞きたい。