あたしの名前は、菜月。
中学一年生の13歳。
このまま、平凡な中学生活をして、平凡な人生を送るって思っていたのに。
どうして、こんなことになっちゃったんだろう。
はぁ・・・ため息しか出ないよ。
えっ?どうして、ため息しか出ないかって?
それは、今あたしがメープルホテル東京のスィートルームにいるから。
広い豪華な部屋にいるのは、あたしと伯母の二人だけ。
で、あたしはある人がここに来るのを待っているって言うわけ。
「ちょっと、菜月ったら。少し落ち着きなさいよ」
「そんなこと言ったって、もうすぐ潤君がここに来るんだよ?落ち着いていられるわけないじゃん」
そう、これからこの部屋にアイドルの梅元潤が来るんだ。
あたしは、潤君とCMで共演することになっちゃったの。
潤君は、今一番人気のアイドルグループ"SUNRISE"のメンバーで、俳優としても活躍中。
あたしはずっと潤君のファンで、いつか会える日が来るといいなぁって夢見ていた。
その憧れの潤君と一緒にCMに出ることになったのは、隣にいる伯母の書いた小説が何とかって言う賞を取ったからで。
サーちゃんの書いた小説はあたしも読んだ。
たしかに面白かったけど、賞が取れるほど上手だとは思えなかったんだけどな・・・。
よく冗談で『賞を取って、あたしを潤君に会わせてよ』とは言っていたけど、本当になるなんて、世の中って何が起こるのかわからないモンだよね。
あ、サーちゃんって、あたしの伯母のことね。
独身だから『オバちゃん』って呼んじゃいけないような気がして、小さい頃からサーちゃんって呼んでいる。
そのサーちゃんが書いた小説の映画化で、主役に潤君が決まったんだ。
映画化の記者会見で、サーちゃんは潤君とはじめて会ったんだって。
サーちゃんだけ潤君と会うなんて、ずるいと思わない?
あたしだって、潤君に会いたいのに・・・。
「ねぇ、サーちゃん。菜月を撮影現場に連れて行ってよ」
昔からサーちゃんはあたしに甘かったから、何とか言ってても連れて行ってくれると思ったんだ。
「へえ・・・菜月がそんなわがまま言うなんて、珍しいわね」
サーちゃんは呆れていたけど、地方都市に住んでいる平凡な女の子に潤君に会えるチャンスがそう何度もあるわけないんだし。
このチャンスを逃したら絶対会えないと思って、潤君に会いたい一心で撮影現場に連れて行ってもらったの。
そしたら・・・どういうわけか、あたしもその映画に出ることになっちゃった。
てっきりサーちゃんが仕組んだことだと思って拒否したら、あたしを推薦してくれたのは道明寺さんだったんだって。
道明寺グループのブランドイメージに合っているとかなんとか、そんな理由だったらしい。
可愛いと言ってくれる人もいるけど、あたし的には全然可愛くないし、ごく普通の女の子だと思うんだけどな。
道明寺司の推薦じゃ、さすがのサーちゃんも断れなかったみたい。
映画ではチョイ役だったから、潤君とは会話することもなく遠くから見ていたんだ。
あたしにはそれで十分だし、いい思い出ができたって喜んでいたら・・・いつのまにかにそのブランドのCMに潤君と一緒に出ることになっちゃった。
こんなことってあるの??
それで、今日顔合わせって言うか打ち合わせで、ここにいるの。
なんで、こんなことになっちゃったんだろう。
もお、心臓バクバク、飛び出そうだよ。
コンコン。
うわっ、潤君が来た。
「ねぇねぇ、サーちゃん。あたし、変な格好してない?髪形、おかしくない?」
今日は、潤君の好きなタータンチェックのワンピース。
すこし子供っぽかったかな。
髪型もポニーテールじゃなくて、シニヨンにすればよかったかな。
「大丈夫だよ、十分可愛いし」
くすっと笑って、サーちゃんが部屋のドアを開けた。
「お待たせして、すみません」
マネージャーらしき人の後から、潤君が入ってきた。
きゃぁ〜、本物の潤君だ。
「先日は、どうも。えっと・・・、そちらが、姪っ子さんですね?」
「は、はい。姪の菜月です」
あたしは、マネージャーさんにぺこりと頭を下げるのがせーいっぱいで、潤君の顔も見れなかった。
「菜月ちゃん、梅元潤です。よろしくね」
現場で見たときよりずっとカッコいい。
憧れの潤君がこんなそばにいるなんて、あたし夢見ているみたい。
「あ、あの・・・よ、よ、よろしくお願いします」
うわっ、声が裏返っちゃった。
サーちゃんがマネージャーさんとなんか話しているけど、あたしは潤君が気になって、二人の会話なんか耳に入らないよ。
「菜月?菜月?ちょっと、菜月?」
「えっ??な、なに?」
潤君に見とれてたら、いきなりサーちゃんが話しかけるんだもん、びっくりしちゃうじゃん。
「オバちゃん、植村さんと別のところで打ち合わせだから、潤君とここで待っていてくれる?」
えええええええええええっ!!!
ちょ、ちょっと待ってよ、サーちゃん。
潤君と二人きりなんて、無理だよ。
えっ?あたしの心の叫びなんか無視して、サーちゃんはマネージャーの植村さんと部屋を出ていっちゃった。
ひえぇぇぇ・・・ど、どうしよう。
「そんなに緊張しないで。ね、菜月ちゃん」
いやいや、憧れの人を前に緊張しないって言うのは、無理な相談だと思うんだけど。
「は、はい・・・」
こういう時って、なにを話せばいいのかな。
いきなり、潤君のファンでしたなんて言ったら、変な子だと思われるよね。
「菜月ちゃんは、伯母さんの小説って読んだことある?」
「は、はい。ネットで公開していたときから、ずっと読んでました。サーちゃんは更新が遅いからいつも催促してたんです」
「へぇ、そうなんだ。じゃあ、小説が完成したのは、菜月ちゃんのおかけだね」
「潤君、じゃなくて・・・梅元さんは読んだんですか?」
「梅元さんなんて呼ばないで、潤でいいから」
そんな、潤なんて呼べないでしょ。
でも、潤君ってテレビとかで見るより、ずっと気さくな感じがする。
「伯母さんの小説は撮影の前に読ませてもらったよ。面白かったよね。菜月ちゃんは、好きな人はいるのかな?」
「えっ?好きな人ですか?い、いません・・・。アイドルとかに憧れているだけです」
潤君がくすくす笑っているけど、あたし、変なこと言っちゃったかな。
潤君が気遣っていろいろ話しかけてくれたおかげで、少しだけ緊張が解けていたあたし。
潤君とこんなに楽しくお話できるなんて、幸せすぎるぅ。
「司、いる?」
ドアが開いたのと同時に、わたしと潤君の前に王子様が現れた。
えっ?この人・・・誰??