桜舞う並木道を昨日までとは違う気持ちで歩いている。
この前まで身につけていた重い制服は、三年の間にアイツと出会って半分くらいになっていた。
そして、制服を脱いだ今日からはどんな気持ちで歩いて行くんだろう。
道明寺に無理矢理入学させられた英徳大学。
浅井達に散々嫌味を言われたけど、本当は大学に行きたかったから、やっぱりうれしい。
少しでも道明寺に近づきたくて、経済学部を選んだあたし。
同じ学部には、花沢類や美作さんがいるから安心だし。
でも、花沢類と一緒だからって、道明寺はすごく機嫌が悪かったけ。
入学祝いにってアイツが送ってくれたパステルピンクのスーツに袖を通して今日の入学式に臨んだ。
高等部からの進学者は全体の1/3にも満たないから、高等部の頃とは雰囲気も違うし、平穏な学生生活が送れそう。
って…甘かった。
入学式会場の講堂の前で待ち伏せしている目立つ人影。
F3と大学から英徳に来た滋さんに捕まりそうになったのを、くぐり抜けバイト先に向かった。
学費は道明寺が出してくれたけど、少しづつでも返していきたいし。
ビンボーに遊んでいる暇なんてないのよ。
気合よ、と小さくガッツポーズして正門へと歩いた。
大学部の正門前に黒塗りのリムジンを見つけた時、あたしの心臓が飛び出すんじゃないかってくらい驚いた。
道明寺?
ううん、帰国するなんて聞いてないし。
期待と不安に支配されたみたいに身体が固くなる。
後部座席のドアが開いたとき、あたしは足を止めた。
リムジンの後部座席から降りてきたのは、魔女の秘書の西田さん。
無表情のまま、あたしに向かって歩いてくる。
「牧野様、社長がメープルホテルまでお越しいただきたいと」
淡々と話すその表情に、どんな裏があるのかと気になるけど、読み取れない。
「いったい、何の用なんですか?」
この一年。
道明寺がNYに行ったこともあって、魔女には会うこともなかったのに。
最後に会ったのは・・・、道明寺が刺された時だっけ?
あの頃は、子供を愛せないかわいそうな母親だと思っていたけど、見える部分だけで判断していた幼かったのは、あたし。
不器用な母親の愛情のしるし、ボロボロのうさぎのぬいぐるみは、今もあたしの部屋に飾ってある。
今更、約束の一年が過ぎたとでも言われるの?
学費のことを言われるのかな?
「くくっ、少なくとも悪いお話ではないと思いますよ」
笑いを押し殺すように微笑む西田さんに導かれて、リムジンに乗り込んだ。
悪い話じゃないって言うけど、魔女があたしなんかに何の用があるって言うんだろう。
不安を隠せないまま、リムジンのシートに身を沈め、静かに目を閉じた。
「牧野様、着きましたよ」
西田さんに声かけられるまで、寝ていたみたい。
そう言えば、バイト先に何も連絡していないし。
「大丈夫ですよ。お店のほうには、私からご連絡しておきましたから」
あっ・・・、あたし、また独り言を口に出していた??
笑いを堪える西田さんに促されるまま、リムジンから降りると。
「あっ、ここは・・・」
西門さんと優紀を追いかけて、道明寺と来たメープルホテル。
生まれて初めて入ったスィートから見た夜景にうっとりして。
あの頃は、まだ道明寺に対する気持ちもよくわからなかった。
こんなにもアイツを好きになるなんて、思ってもいなかったよね。
たった一年半前のことなのに、ものすごく遠い昔のことに思えるよ。
あたしは、しばらく建物の前で、そんなことを考えていた。
「牧野様、社長がお待ちなので」
「あっ、すみません」
言われるままに、西田さんの後をついていった。
メープルホテル、最上階。
コロニアル調の客室は違った重厚な雰囲気のオフィスフロア。
あたしなんかがここにいるのは、明らかに場違いだよね。
たまにすれ違う人の視線が痛いんですけど。
長い廊下の突き当たり、ドアの前に立つと足がすくんでくる。
「牧野様をお連れしました」
「入ってちょうだい」
部屋の中から聞こえた声は、間違いなく魔女のもの。
「失礼します」
西田さんに背中を押され、部屋の中に入ると、魔女が男の人といた。
「お久しぶりね、牧野さん。 どうぞ、おかけになって」
一年ぶりに会う魔女は、「鉄の女」という異名に負けず、変わらない威圧感にあふれていて、あたしはこの迫力に負けたようにソファに腰を下ろした。
あたしの向かいには、魔女ともう一人の紳士。
誰かに似ている・・・誰だろう。
「単刀直入に伺います。あなた、司のこと、どう思ってて?」
えっ?
思いがけない質問に、あたしは何も答えられない。
「ふっ、質問が悪かったようね」
ふと、魔女の顔に『母親』の顔を見た気がした。
「あなた、英徳大学に進んだようね。今日の入学式はいかがだったかしら?」
「あ、あれは、道明寺が勝手に・・・。学費は必ずお返ししますから」
「司が得た報酬で何をしようと、私は関知しません」
そっか・・・、道明寺も自分で稼いでいるんだ。
そんな大事なお金で、あたしの学費を出してくれたんだね。
ありがとう、道明寺。
「ところで、大学を卒業した後のことは考えているのかしら?」
「い、いえ・・・まだ、何も」
「道明寺に入る気はありませんか?」
「えっ?」
「勘違いなさらないでね。あなたと司のことを認めたわけじゃありませんから」
・・・そうでしょうね。
でも、何で急に魔女はこんなことを言い出すんだろう。
あたしと魔女のやり取りを、紳士は魔女の隣でにこやかに聞いている。
「司の・・・この一年の司には、目に見張るものがあります」
魔女に認められるほど、頑張っているんだ、あいつ。
「まあ、まだまだ半人前ですけど」
NYに渡って一年。
少しづつ成果を出しているようで、経済誌にもチラホラと取り上げられている。
週刊誌に熱愛報道されるほうがずっと多いけど。
「ねえ、牧野さん?私と勝負しませんか?」
…………つづく