札幌 マンション 公式サイト

Act 1

「お前、母親だろ? 子供なんて、母親が育てるものじゃないか?」
「女一人で、子供を育てていくのは、無理よ」
「そんなことを言って。 あの男と一緒になるのに、恭介が邪魔なんだろ? 俺が何も知らないと思っているのか」
「そう言うあなたこそ、あのドロボウ猫に恭介を育てさせればいいじゃない」
「お前が産んだ子だろ」
いつも、父と母は言い争っていた。
今でも、二人が喧嘩をしていたときの夢を見る。
3歳のときのことだから、はっきり記憶に残っているわけじゃない。
ただ、毎晩のように言い争い、その怒鳴り声で目を覚ましていたのは、はっきりと覚えている。
そう、喧嘩の原因は俺だ。
どっちが俺を引き取るかで揉めていた。
どうやら、俺は望まれない子らしい。
それから間もなく、親父とおふくろは離婚した。
そして、俺は祖父母に引き取られた。
俺は、親に捨てられたらしい。
祖父母に引き取られてから、俺は『いい子』であることを自分に強いた。
『自慢の孫』を演じなければ、また捨てられると、防衛本能が働いたのかもしれない。
成績優秀。スポーツ万能。
俺は、努力した。
『自慢の孫』を演じきっていたと思う。
中学3年のとき、祖母が他界し、俺がまた親父のところに戻るまで、俺の演技は完璧だったに違いない。
離婚してすぐ、親父が再婚すると言い出したとき、俺が親父に引き取られる話が出た。
幼い俺にも、再婚相手だと言う女が、離婚の原因になったときの相手ではないことは、わかる。
化粧が濃いところと派手な服を好むところは、おふくろそっくりだ。
親父は、女の趣味が悪い。
派手めな安っぽい女が好きらしい。
祖父母の反対もあって、どうしてもその再婚相手に馴染めなかった俺は、親父のところには行かなかった。
親父にも、そのほうが都合がいいだろうし。
それから10年。
祖父が他界し、祖母と二人になっても、祖母は『自慢の孫』を手放したくはなかったようだ。
そして、祖母が亡くなって、俺は渋々、親父の元に行くことになる。
そこには、俺の知らない家族がいた。
あの時とはまた違った女と、その子供が二人。
親父は、親不孝なやつだ。
俺を押しつけたまま、ほとんど祖父母のところには、顔を出さなかった。
当然、新しい家族など連れてこなかったし。
不幸そうな薄い唇とずるそうな目。
濃い化粧と派手な服。
まいったね、親父の趣味は変わっていない。
目だけは笑っていない愛想で、俺を迎えた義母。
そして、腹違いの弟妹。
俺は、今までより一層『いい子』を演じることにした。
高校を卒業するまでの3年の辛抱だと。
三歳下の弟は、あの義母の子とは思えないほど素直だ。
多感な難しい年頃だった割には、すんなりと俺を受け入れた。
敬意を持っていてくれているらしい。
今でも、仲はいい。
もっとも、信用はしていない。
狡賢そうな目だけは、義母と同じだからさ。
五歳下の妹には、俺が自慢だったらしい。
地元で、一番の進学校に進み、スポーツ優秀の俺を見せびらかすように、いつも友達を家に連れてくる。
だが、妹の俺を見る目は、"兄"を見る目じゃない。
友達と同じ"女"の目。
義母は、懐かなかった俺が疎ましかっただろう。
親父は気がつかなかったが、他の弟妹たちとは、明らかに違う扱いを受けた。
"想定内"だったから、特に気にはしなかったが。
東京の大学に進学し、家を出たいと言ったときも、義母は反対をしなかった。
見栄っ張りの義母には、継子に理解のある母親を演じ、賞賛されることに、この上なく満足だったはずだ。
渋る親父を懸命に説得してくれ、俺は東京に出た。
厄介払いが出来て、義母もほっとしているはず。
これで『いい子』を演じる必要はなくなったわけさ。
だけど、義母さん。
今までのことは、けして忘れないよ。
一流の大学を卒業し、一流会社に就職し、義母の虚栄心を充分に満たした後、奈落の底に突き落とした。
会社を退職し、夜の世界に飛び込んで、今じゃ、東京でも、1・2を争う売れっ子ホスト。
今の俺があるのは、義母のおかげだね。
スーツにネクタイのサラリーマンから、派手なカラーシャツに茶髪の優男に。
ホストになったときの顔は、本当に見物だったよ。
今でも覚えている。
地方の小さな街じゃ、継子がホストになったなんて言えないさ。
例え、№1ホストでも。
大抵の女は、この身の上話をすると、俺を可哀想だと言う。
そして、今まで以上に、尽くし、貢いでくれる。
客なら、今以上に店に通い、俺に金を使う。
どちらも、この身の上話を聞かされた自分だけが、特別なんだと思っているんだろう。
金をかけることで、その立場を誇示しようとする。
女たちは、どれも同じさ。
『愛』を金で買っていることに気がつかない。
だけど、その中で清香だけは違っていた。

( 2006/12/10 )