「永遠の戦士エルリック」  (Michael Moorcock)


  01. メルニボネの皇子
  02. 真珠の砦
  03. この世の彼方の海
  04. <夢見る都>砦
  05. 神々の笑うとき
  06. 歌う城砦
  07. 暁の女王マイシェラ
  08. 薔薇の復讐
  09. 魂の盗人
  10. 闇の三王
  11. 忘れられた夢の隊商
  12. ストームブリンガー

  13. 夢盗人の娘
  14. スクレイリング樹
  15. 白き狼の息子

 マイケル・ムアコックの小説を読むのは「ルーンの杖秘録」と「ブラス城年代記」を読んで以来。エルリックはファンタジー史上、様々なところで語られているので名前くらいは聞いていた。また「ブラス城年代記」にもエルリックが登場してはいたのだが、この作品の中での印象はほとんど残っていない。

 そんなわけで、一度は読んでおきたいと思っていたエルリックの物語であるが、実は「メルニボネの皇子」だけは以前、ハヤカワ文庫から出ていたものを単品で購入していた。しかし、導入部分をちょこっと読んだだけでそのまま放置してしまい、今現在にいたる。そんなわけで、一度挫折してしまったエルリック・サーガが新版として未訳作品も含めて甦るということで、再びチャレンジしてみることにした。

 ということで、色々ありつつなかでようやく読み始めることとなったエルリック・サーガであるが、今現在、どのような印象を与えてくれることとなるのか。


メルニボネの皇子   Elric of Melnibone

1972年 初出
2006年03月 早川書房 ハヤカワ文庫<永遠の戦士エルリック1>
<内容>
 世間から隔絶された、忘れられた帝国“メルニボネ”。その帝国の最後の皇帝エルリック。彼は病気がちであり、薬を飲みながらでなければ普通の生活ができない体であった。しかも、普通のメルニボネ人とは違いって野心的ではなく、許婚の従妹のサイモリルと共に静かな生活を送ることを望んでいた。サイモリルの兄である従兄のイイクルーンはそんなエルリックに反感を抱き、謀反を企て・・・・・・

<感想>
 以前、読んでいる途中で投げ出してしまった「メルニボネの皇子」。再読してみて、あぁなるほどと腑に落ちた。この作品は、最初のとっかかりの部分が少々読みづらいのである。しかし、その部分を超えることさえできれば、あとはすんなりと物語の中へと入って行くことができる。よって、以前の私と同様に最初でつまづいてしまったという人は、なんとかその序盤だけでも、がんばって読み通してもらいたい。そうすれば、本当のエルリックの物語に触れることができるようになるであろう。

 そして全て読んでみての感想と言うと、主人公が変わっているなと・・・・・・。どこが変わっているのかといえば、このエルリックという人物は基本的に自分のことしか考えていないのである。通常のファンタジーであれば、周囲の人との関係とか、さまざまな出来事を協力して乗り越えてと、そのような様相が描かれるのが普通であろう。それがエルリックに関してはそのような事が全くといっていいほどない。

 これはエルリックの立場が皇帝であるというところから始まっているゆえであるとは思えるのだが、この自分自身の殻に閉じこもるような描写の様が独特の雰囲気をかもし出しているのかもしれない。

 ただ、その中で感じられたのが、このシリーズが“ダーク・ファンタジー”と呼ばれていることは有名であるが、この作品を読んだ限りでは必ずしもそうとはいいきれないのではということ。それは、エルリックが自分の殻に閉じこもっているといいつつも、基本的な考え方は人間に近いように思われる。それが人間ではない、人間の立場から見れば邪悪ともとれるメルニボネ人らしくなく、その事がさらにエルリックの孤立感をあおっているともいえよう。

 ゆえに読んでいる側からすれば、エルリックは“希望”ともとれなくもなく(ただし、そのことはメルニボネにとっては絶望なのかもしれない)、ただ単純に“ダーク・ファンタジー”とは言い切れないと思われるのである。

 ただ、エルリックが常に抱え続ける、“孤独”や“絶望”、そういったものは物語を暗く照らし続け、決して従来のファンタジーと比べれば陽気さのかけらもないということは事実なのであるのだが。

 このメルニボネという国に対して抱いた印象は、今まで読んだファンタジー作品の中に照らし合わせると、ダークエルフの世界に近いと感じられる。よって、エルリックの立ち位置を肌の白いダークエルフとなぞらえると、ファンタジー上で理解しやすい気もするのだが、その点についてはエルリックが他の国々へ出て行き、異なる文化に触れていったときに徐々にわかってくるのではないかと思われる。

 と、本書の最後にエルリックは、自分自身の成長のために他の国々を見て回りたいと単独で旅に出ることになるのだが、ここからが本当のエルリック・サーガーが始まりなのであろう。ただ、この作品は序章とはいえ、充分にもう悲劇の種を蒔き終えているようにも感じられるのであるが・・・・・・


真珠の砦   The Fortress of the Pearl

1989年 初出
2006年03月 早川書房 ハヤカワ文庫<永遠の戦士エルリック1>
<内容>
 イイクルーンの反乱を収めたエルリック。ようやくメルニボネに平穏が訪れたものの、エルリックは一旦国を離れ、諸国を旅することを決意する。そして単身で彼が訪れたのは砂漠の国。旅の途中、薬が切れ、瀕死の状態になるエルリックは助けられはしたものの、ゴー卿の罠にはまり、彼のいうことを聞かなければならない羽目に。彼はエルリックに伝説の“真珠”を入手するよう命令する。かくしてエルリックは“夢盗人”たちと謎の真珠を巡る、夢のなかへの冒険へと出向く事に。

<感想>
 いよいよエルリックの旅が始まり、快刀乱麻の活躍が見られると思いきや、いきなり薬が切れて砂漠で瀕死の状態になっている。大丈夫なのか、この主人公とも思いつつ、それでもエルリックはなんとか生き延びて(あたりまえか)、さらに過酷な運命に翻弄され続けることになる。

 この作品では謎の“真珠”を手に入れるように、強制的に依頼され、それを探すエルリックの旅が描かれている。旅といっても実際に現実的な移動をともなうのはごくわずかで、ほとんど多くが夢の中での世界となっている。

 この夢の中という描写に関しては菊池秀行氏が描く、バンパイア・ハンターDの世界が思い浮かばれる。そんな夢の中でさまざまな死闘が繰り広げられるものの、結局は夢の中であるがゆえにどうしても虚構としかとることができない。とはいえ、エルリックは“夢盗人”と協力してなんとか夢の中にて目的を達成しようと力をつくす。

 本書で圧巻と感じられたのは、“夢盗人”のほうが目立っていた夢の中ではなく、現実の世界でのエルリックの立ち回り。ストームブリンガーを持って、何故にこれほどまでに強いのか根拠がよくわからないものの、大勢の悪党をこれでもかといわんばかりに切り倒していく場面はかなりすごい。これだけを見ると無敵のエルリックとしか言いようのないほどであり、それでこそサーガの主人公であるという満足感もわいてくる。

 ただ、今回の作品はエルリックの一人旅の模様を描きつつも、なんとなく外伝的な味わいが強いようにも感じられ、もう少し違った活躍を期待したかったところである。エルリックにきちんとした仲間でもできれば、また違ってくるのであろうが、果たしてこの次ではどのような話が描かれてゆくのであろうか。次の巻も期待して読み続けていこうと思っている。


この世の彼方の海   The Sailor on the Seas of Fate

1976年 初出
2006年05月 早川書房 ハヤカワ文庫<永遠の戦士エルリック2>
<内容>
(未来への旅)
 故郷を離れて独り旅を続けるエルリック。そんなエルリックはメルニボネ人を嫌うものたちによって追われ、息も絶え絶えになって海岸線へとたどり着く。そこで目にしたのは一艘の船。その船の中で彼を待ち受けていたのは、エレコーゼ、コルム、ホークムーンという名のエルリックと同じ宿命を持つ戦士達であった。エルリックは他の3人とそして船に集められた戦士たちとともに“アガック”と“ガガック”という他の次元からきた魔術師の兄妹を倒す事を宿命付けられる。

(現在への旅)
 他の3戦士たちと別れ、船を降り、独り陸地へと分け入っていくエルリック。そこで彼は“紫の街”の海王と名乗るスミオーガンと出会う。スミオーガンが言うには、ここは彼らが住む世界とは別の世界であるというのだ。二人はその世界から抜け出そうと旅をしているとき、過去に存在したメルニボネの貴族サクシフ・ダンの伝説の話を聞きつける。エルリックらはサクシフ・ダンと一組の男女が繰り広げた伝説の中の闘争に巻き込まれることに。

(過去への旅)
 スミオーガンと共に現実の世界へと舞い戻ってきたエルリックはアヴァン・アストラン公爵という冒険家から誰も見たことのない古き都への冒険の話を持ちかけられる。古き神々の伝説に興味を惹かれたエルリック“沸騰海”を渡る冒険へと出かけることになるのだが・・・・・・

<感想>
 最初の(未来への旅)の章でエルリックは他の“永遠の戦士”3人と出会うことになる。あまりよくは覚えていないのだが、ずっと昔にホームムーンが主人公の“ブラス年代記”のシリーズを読んでおり、ホームムーンを主軸としたこれと同じ物語を読んだことがある。そのときの印象自体もかなり薄く、今回もエルリックが主軸となる同じ場面を読んだ感想もまた印象が薄いとしか言いようがなかった。

 一応、運命によって4人の戦士が出会い、運命によって魔道師の兄妹を倒すという宿命を負うことになるのだが、あまり必然性が見えてくるような展開とは感じられなかった。このシリーズは書かれる時間軸や順番がバラバラなので、どのタイミングで4人が集まるのがベストだとは、未だ言い切れないのだが、このエルリック・サーガを読んでいる限りでは、この展開は速すぎるようにも感じられる。ただし、今後また4人が集結することがあるのならば、それそうおうの意味を持ってくるのではないかとも考えられる。とりあえず、今はそのくらいの印象としか言いようがない。

(現在への旅)と(過去への旅)は普通に(起こっている事象は普通とは言い難いが)エルリックの冒険が描かれたものとなっている。この二つの物語ではスミオーガンという船乗りを相棒にしてさまざまな局地を乗り切っていくというもの。

 ところでこのスミオーガンという人物なのだが、一応設定では海王ということで船乗りの首領という位置付け。にもかかわらず、名前のイントネーションのせいか、どうもファンタジー上の“ドワーフ”の一族のように感じてしまう。よって、スミオーガンが出ている間はずっとドワーフのイメージで読み続けていた。

 そのひとつひとつの短編としての物語の完成度としては(現在の旅)のほうが高かったと思われる。現実の世界から数百年(数千年?)と続く三角関係の様相と事の成り行きをうまく表わしている感じられた。

(過去への旅)のほうは設定としては面白いものの、未開の地をこの短いページだけで表わすには未消化であったかなと思われた。また、混沌の神アリオッホはどこにでも好きなように現れることができるせいか(まぁ神様だからしかたない)、別にわざわざこんな遠くまで旅してこなくてもという気持ちが残らないでもない。結局あまりエルリック自身に関しては何も残らなかった旅であったかのように思われる。


<夢みる都>   The Dreaming City

1961年 初出
2006年05月 早川書房 ハヤカワ文庫<永遠の戦士エルリック2>
<内容>
 イイクルーンにメルニボネの王座をまかせて旅に出たエルリックであったが、そのイイクルーンがまたもや反乱を起こしたことを知ることに。エルリックはスミオーガンら6人の海王の力を借りて、大船団を率いてメルニボネへと攻め入ることに・・・・・・

<感想>
 この作品はページにして60ページくらいの中編として書かれている。しかし、これは中編くらいの規模で書いていい作品なのか? と疑問に思われた。

 というのもこの作品は「メルニボネの皇子」の最後でエルリックがメルニボネを去った後、国をまかされていたはずのイイクルーンがまたもや反乱を起こし、それをエルリックが討伐するという話。

 故に、シリーズ上非常に重要な位置にある作品ということができる。にもかかわらず、ページ数が少ないゆえにそれぞれの人物が何を考えて行動しているのかがほとんど書かれていない。イイクルーンはエルリックに国を任されていたにもかかわらず、何ゆえまた反乱を起こす気になったのか。エルリックの婚約者サイモリルはエルリックを待つ間何を考えていたのか。そしてエルリックが海王たちを集めてメルニボネを滅ぼそうと思うに到るまで、どのような過程があったのか、等々。

 と、この作品を読み終えてこういったことを考えていたのだが、本書のあとがきを読みこの作品の位置付けを見たときには何故このような書き方をされているのかということに納得させられた。

 というのも、なんとこの「夢みる都」がエルリック・サーガで一番最初に書かれた作品ということなのである。私は、今のシリーズから順に読み始めたので上記のような意見をもったのだが、これが最初に書かれたというのであれば、なるほどと思わざるを得ない。ようするに、本編で書かれた全ての事項を補完するために数々のエルリック作品がつむがれ続けてきたといってもよいのであろう。

 というわけで、本編はエルリック・サーガの重要な分岐点でありながらも始まりの物語でもあるという位置付けの作品。ただし、できればもっとこの作品に肉付けした詳しい物語を読みたいと思わずにはいられない。


神々の笑うとき   While the Gods Lough

1961年 初出
2006年05月 早川書房 ハヤカワ文庫<永遠の戦士エルリック2>
<内容>
 メルニボネを攻め落とした後、失意にくれるエルリックのもとにシャーリラという女性が訪ねてくる。彼女がいうには“古き神々の書”というものが存在し、その在処をしっているというのである。興味を惹かれたエルリックはシャーリラと、そして旅の途中で知り合ったムーングラムという旅人と共に“古き神々の書”を探し出そうとするのだが・・・・・・

<感想>
 前の冒険により、故郷メルニボネを討ち果たし、魔剣ストーム・ブリンガーとのさらなる強く黒い絆を目の当たりにし絶望にくれ続けるエルリック。そんなエルリックにシャーリラという女性が冒険の話を持ってくる。

 このエルリック・サーガでは誰がエルリックの相棒となり、一緒に冒険にくれることになるのかなと最初は考えていたのだが、ずっと一緒の相棒というのはどうやらいないのではないかとここに来て感じ取る事ができる。最初の作品で出会ったラッキールともすぐ別れ、終生の友となるのではと思われたスミオーガンとも意外な別れ方をしている。この作品の中でもムーングラムという新しい相棒が出来るものの、果たしてどこまでエルリックと共にすることが出来るのだろうか? 結局のところエルリックと共にすることができるのはストーム・ブリンガーだけという気がする(もしくはその逆か)。

 ちなみにこの作品では“古き神々の書”を求めてエルリックが冒険を行っている。ただし、その結末からいってサーガ全体の中ではあまり重要な位置にある作品とは思われないのだが・・・・・・


歌う城砦   The Singing Citadel

1967年 初出
2006年05月 早川書房 ハヤカワ文庫<永遠の戦士エルリック2>
<内容>
 旅のはたごについたエルリックとムーングラムはその国の女王から奇妙な依頼を受ける。その国に不思議な建造物ができたというのだ。その建物は混沌の神がもたらすもので、混沌の神“アリオッホ”と契約するエルリックは興味を覚え、その建物の謎を探る事に・・・・・・

<感想>
 前作に登場したシャーリラと別れたエルリックはムーングラムと共に旅を続ける。その国で起こる奇妙な事件と言うのが混沌の神に関することで、エルリックは興味を持ち、冒険(というより討伐か)に出かけると言うもの。

 この作品のなかでは混沌の神のひとりが登場する。とはいえ、混沌の神の代表者といえばエルリックの運命を握るアリオッホであり、この作品自体も結局アリオッホの存在に支配されてしまっているというひと言につきる。エルリックの大活躍というわけではないものの、トカゲの王を召喚するシーンなどもあり、それなりにエルリックの魔法を用いた戦いなどを楽しむことができる。まぁ、エルリックの小冒険のひとつということで。


暁の女王マイシェラ   The Vanishing Tower

1971年 初出
2006年07月 早川書房 ハヤカワ文庫<永遠の戦士エルリック3>
<内容>
(最後の王の苦悩)
 エルリックとムーングラムは魔道師セレブ・カーナを追い、南の大陸へと渡る。そこで彼らはキマイラの襲撃に遭うもののなんとか撃退する。疲れきった二人が行く当てもなく歩いていくと、打ち果てられた無人の城を発見する。そこで彼らが見たものは魔法により眠り続ける若い女の姿であった。エルリックはその姿を見て、かつてのサイモリルを思いだし、動揺する。

(蒼白の皇子を罠にかける)
 エルリックはマイシェラの魔法の力を借りてセレブ・カーナを撃退したものの、カーナはまだ生きていた。生き延びたカーナは同じくエルリックに恨みを持つ“物乞いの町”のウリシュ王と共にエルリックへの復讐を企てていた。そのことを知らないエルリックであったが、ムーングラムが“タネローン”を見出したラッキールがこの近くに滞在していると言う情報を聞きつけてくる。

(ひとつの目的を持つ三人の勇者)
 ラッキールの案内により“タネローン”を来訪したエルリックであったが、そこでも心の平穏を得る事ができなかった。それどころか、セレブ・カーナがタネローンを襲撃しようとしている現場に遭遇し、それを阻止しようと行動する。しかし、エルリックはカーナの手により他の次元へと飛ばされてしまう事に・・・・・そこでエルリックはコルムとエレコーゼと名乗る二人の戦士と出会うことに!

<感想>
 このシリーズも続けて読んでいるせいか、スムーズに内容に乗れるようになってきた。今作でもまた変わらぬエルリックの様相、そしてその長い旅が続けられている。

 度々、相棒と別れることになるエルリックも何故かムーングラムとはうまくやっているようである。ムーングラムも何ゆえエルリックと一緒にいるのかはわからないが、何か気がひかれるものがあるのだろう。

 この話は魔道師セレブ・カーナとの対決が書かれたものとなっている。セレブ・カーナといえば、前作「歌う城砦」に登場していた魔道師であったが、ここまでエルリックを苦しめる大人物であるとは思いもしなかった(というか、すっかりそんな人物は忘れていた)。またエルリックはただ単にカーナと戦うだけではなく、“眠れる女王”マイシェラを助けようとするのであるが、このマイシェラという人物が物語り与える影響はかなり薄かったように感じられた。

 それよりも物語上、印象に残ったのは“物乞いの町”の存在感や、再び登場したラッキールと安楽の場所“タネローン”。さらにはこれも再びの登場となったエルリックと運命付けられる“永遠の戦士”たち。「この世の彼方の海」でも登場した“永遠の戦士”であったが、今回のほうが物語の進行にも関係しており、必然性というものがあったように思われる。

 そんなことで、一連のサーガとしても関係の深い内容であり、またひとつの作品としてもよくできていたと感じられた作品であった。


薔薇の復讐   The Revenge of the Rose

1991年 初出
2006年07月 早川書房 ハヤカワ文庫<永遠の戦士エルリック3>
<内容>
 ムーングラムやラッキールと別れ、平穏な“タネローン”から単騎にて去ることとしたエルリック。そんな彼を待ち受けていたのは、一匹の竜と廃墟となった故郷、そしてその故郷で亡霊となって彷徨い続ける父親であった。エルリックは父親からとある取引を持ちかけられ、その目的を果たすために旅へと出ることに。その途中、三姉妹を追っているという、仮面の騎士・ゲイナー公子と<薔薇>と名乗る女戦士と出会う。いつしかエルリックは<薔薇>が果たさんとする目的と、それを阻止せんとするゲイナーとの戦いに自ら巻き込まれてゆくことに・・・・・・

<感想>
 この作品はかなり冗長と感じられ、しかもそのわりには物語の背景がわかりにくかった。最初にエルリックが亡父から取引を持ちかけられ、それを果たさんと旅たつまではよかったのだが、そこから話が延々とそれていったように感じられた。

 本作で登場するのは、仮面の騎士ゲイナーと<薔薇>という女騎士。この二人の存在もわかりづらかったのだが、さらには途中からの大きな目的となる「三姉妹を捜す」という行為がさらにわかりづらかった。その“三姉妹”自体が最後の最後まで出てこなく、さらには登場してきても物語上の関わりがよくわからない。そんなこんなでとにかくよくわからないという印象くらいしか残らなかった。

 ひとつ見物であったのは、エルリックとアリオッホの関係にとある変化が見られたところ。また、今作でアリオッホがエルリックを守護する目的が明らかにされているので、これは一連のサーガの中では重要な場面であるといえよう。

 エルリックの作品群の中で「真珠の砦」と本作「薔薇の復讐」は1989年、1991年と後から書かれた作品なのだが、これらの作品はエルリック・サーガを補完するようで補完しきれていないように感じられる。よって、その書き足りなさをさらに補完する意味で2000年を過ぎてから新たな三部作が書かれたのではないだろうか。どうやら、新しい作品には、今作のゲイナーや<薔薇>が登場しているようなので、そこで今回語られなかったことが色々と明らかになるのではと期待している。

 そんなわけで、この作品のなかで一番味を出していたのはカエルだったかなと。


魂の盗人   The Steal of Souls

1962年 初出
2006年09月 早川書房 ハヤカワ文庫<永遠の戦士エルリック4>
<内容>
 バクシャーンの都にて、エルリックとムーングラムは商人達から、単独で儲けを得ている商人の殺害を依頼される。乗り気ではなかったエルリックであるが、商人の背後に魔術師セレブ・カーナがついていることを聞き、その依頼を引き受ける。エルリックは敵の軍隊に対するため、かつてのメルニボネの兵士であった<竜使い>ダイヴィム・トヴァーの力を借りることに。今、エルリックとカーナの最終決戦が始まる。

<感想>
 まだセレブ・カーナって生きてたっけ? とか、ムーングラムは他の者達と違って、長くエルリックのそばにいるなぁとか、この本を読み始めて思い至ったのはそんなところ。ムーングラムはともかく、セレブ・カーナとはとっくに決着がついていたと思い込んでいた。

 この作品で印象的であったのは、かつてのメルニボネの国で兵士をしていたダイヴィム・トヴァーらとエルリックの邂逅が果たされること。邂逅といっても、さほど喜んで受け入れられるというものではなく、他に道はなくという気がしないでもないのだが・・・・・・。とはいえ、エルリックが望めば自分の軍隊を動かす事ができるようになったということは物語の進行上大きなことと言えよう。

 この作品によりカーナとの戦いには決着がつけられるものの、エルリックの人生においては、徐々に泥沼にはまり込みつつあるとさえ感じられてしまう。


闇の三王   Kings in Darkness

1962年 初出
2006年09月 早川書房 ハヤカワ文庫<永遠の戦士エルリック4>
<内容>
 旅の途上、敵の手から逃れようと馬を疾走させるエルリックとムーングラムは森に迷い込む。その森で彼らは道に迷うザロジニアという貴族の娘と出会う。彼女を送り届けるために、野蛮な王が支配するオルグの国を抜けようとするのだが・・・・・・

<感想>
 あまり物語上、大きな進展のない作品。ただし、エルリックとザロジニアが出会うということだけはサーガ上、大きな分岐点となったと言えるのかもしれない。とはいえ、本当にザロジニアが出てくるためだけの話という気がする。

 この物語の前後では、エルリックが“混沌の神アリオッホ”を呼ぼうとしても、ほとんど応えてもらえないことが多かったのだが、この作品のなかではわずかながら力を貸してくれている。この後の作品を読んだ後に思いをはせてみると、ここでアリオッホがエルリックに応えたということが実に貴重なできごとであるかのようにさえ思われる。


忘れられた夢の隊商   The Flame Bringers

1962年 初出
2006年09月 早川書房 ハヤカワ文庫<永遠の戦士エルリック4>
<内容>
 エルリックはザロジニアと結婚し、カーラークにて静かに暮らしていた。しかし、その暮らしもつかの間、かつて共に旅をしていたムーングラムがエルリックの前に現われた。彼が言うには<炎の運び手>テラーン・ガシュテックというものが疫病を操る魔術師の力によって、国々を滅ぼしまわっているというのである。そして、その魔の手はエルリックらが住むカーラークに迫っていた。エルリックはストームブリンガーを手にし、再び戦いの場へと立つことに。

<感想>
 何よりもエルリックが結婚して、一国の貴族として収まっていることにびっくりさせられる。とはいえ、当然のごとくそんな暮らしもつかの間のこと、すぐに戦いの場に引き戻されることになるのだが。

 今回は、恐ろしげな敵という前ふりのわりには、その正体というか実体があまりにもなさけない。高名な魔術師と猫の魂が入れ代わっただけという、なんとも言えないあっけなさ。ただし、その魔術師により滅ぼされた国にとっては笑うに笑えないことなのであろうが・・・・・・

 ひとつだけ注目すべき点は、最後の物語でエルリックらと共に活躍する事になる<竜使い>ダイヴィム・トヴァーの息子ダイヴィム・スロームが初登場しているということ。


ストームブリンガー   Stormbringer

1965年 初出
2006年09月 早川書房 ハヤカワ文庫<永遠の戦士エルリック4>
<内容>
 妻のザロジニアと共に静かに暮らしていたエルリックであったが、世界を揺るがす大きな戦争が起こり、ザロジニアは何者かに連れ去られてしまう。妻を取り戻すため、世界を混沌から守るため立ち上がるエルリックであったが敵の勢力は強大であり、徐々に王国は魔の手により侵食されてゆく。さらには、今までエルリックの守護神として力を貸してくれた混沌の神々までもがエルリックの前に立ちはだかる事に・・・・・・

<感想>
 とうとうこれがエルリック・サーガ、最後の物語となる(実際には、この後しばらくたって続編が書かれることとなるのだが)。この最後の物語で印象的なのは、世界の全てを巻き込んでの大戦争が描かれているということ。

 いままでの展開を思い起こせば、エルリックはメルニボネを捨てた後は、常に個人として行動してきたように思われる。よって、最終的にも個人のみでの行動により、その物語が収束していくのだろうと思っていた。しかし、実際には結婚したことによる領主としての立場と、元のメルニボネの<竜使い>らの軍隊を率いていたということもあり、世界を揺るがす混沌との戦争の中で中心に立ち、人類のために敵と立ち向かうこととなる。

 そして、ここでの戦争もエルリックの物語らしく常に暗くおどろおどろしい雰囲気の中、明るさが微塵もない状態で敵との戦いに苦戦し続ける様子が描かれている。この戦争の様子などは、まさに“ダーク・ファンタジー”を名乗るに相応しい展開と言えよう。ここまで不利な立場におかれ、戦に負け続ける主人公というのも珍しいであろう。しかも、その戦いでは希望の光すら射さない状態の中でエルリックは必死に混沌に立ち向かい続けなければならない状態に追いやられるのである。

 さらには、エルリックの前にたちはだかる<混沌の神>らの存在もまた絶望に拍車をかけることとなる。今までの作品では超絶的な力によってエルリックを支援してきたあのアリオッホがここではエルリックの敵として現われることになる。そして、その他の強力な神々もエルリックの前に立ちはだかってくる。

 やがては、この物語も大団円を迎えることとなるのだが、たぶん多くの読者がこのような終り方しかないだろうと予想するような終幕が待ち受けている。これぞ悲劇の王に相応しい終り方だとしか、もはや言いようがない。エルリックの側にいた人々の死が悲劇を増長し、その悲劇によりエルリックはさらなる絶望に押しひしがれ、絶望は更なる絶望を呼ぶこととなる。そして、ストームブリンガーとエルリックの物語は多くの流れた血を吸い果たし、幕を閉じることとなる。

 ・・・・・・というはずだったのだが、ここまで見事な結末を付けながら、よくぞこの続きを書く気になったなと、ただただムアコックに感心するばかりである。


夢盗人の娘   The Dreamthief's Daughter

2001年 出版
2006年11月 早川書房 ハヤカワ文庫<永遠の戦士エルリック5>
<内容>
 第二次大戦前夜のドイツ。フォン・ベック伯爵ウルリックの元に従兄でSS将校となったゲイナーが訪れた。ゲイナーはウルリックにベック家に伝わる<黒の剣>レーヴンブランドの引渡しを要求する。ウルリックは断り、ゲイナーは立ち去ることとなるのだが、その後ウルリックはドイツ軍に連行され、拷問されることに! ウルリックは反ナチ組織の力を借りて、なんとか死の危機から脱することに成功する。そして、ゲイナー率いるナチス軍から逃亡する最中、徐々に自分の分身らしきエルリックの記憶が現れ始め・・・・・・

<感想>
「ストームブリンガー」で終結したエルリックの話がどのように語り継がれるのかと興味深く読んでみたのだが・・・・・・微妙。

 なんと本書の舞台は第二次世界大戦前夜のドイツという、現代より少し前の時代。主人公はフォン・ベック伯爵ウルリックという人物であり、終始この人物の視点で語られてゆく。よってエルリック・サーガというお題目自体が少々おかしいのではと思えなくもない。

 また、現実の世界から始まってゆくこの世界観になかなか入り込みにくかったのだが、これは時系列順で言うと今現在日本で出版されている「エレコゼ・サーガ」と「フォン・ベック・サーガ」の後に書かれた話ということのようであり、先にそちらの作品を読んだほうが話しについて行きやすかったのではないかと思われる。さらにはこの作品で主人公の“フォン・ベック”が主人公の物語が出るようなので、そちらを読んでからでも本書を読むのは遅くはなかったのかもしれない。

 というわけで、まだこれらの作品を読んでいない人は「エルリック・サーガ」の1〜4まで読み、「エレコゼ・サーガ」「フォン・ベック・サーガ」と読んでから2000年以降に書かれた「エルリック・サーガ」の5〜7を読むことをお薦めしておく。

 本書の内容であるが、言いたいことは山ほどある。まずひとつはエルリックの登場に関して。「ストームブリンガー」という作品にて終焉を迎えたはずのエルリックがどのように物語に現れるのかと期待してはいたのだが、だいたいの想像通り「ストームブリンガー」までの話自体を無視して、多重構造の世界ゆえにエルリックが生きていることは不思議ではないというような話の展開であった。

 まぁ、エターナル・チャンピオンという話自体が元々そのような語られ方をしているので、特にこの展開に失望はしなかったものの、こういう書き方であれば結局のところなんでもありになってしまうという整合性のないうやむやさが全編につきまとうことになる。ただし、今まで書かれたエルリック・サーガも時系列順に書かれていなかったりと、整合性についてはうやむやに感じられるところもあるので、元々期待すべきところではないのだろう。

 また、舞台についてだが何ゆえファンタジーの世界ではなく、現実の世界である大戦時のドイツというものを選んだのかについては疑問を感じてしまう。なんとなく、ムアコックが第二次世界大戦というものについての自身の思想を書き上げたいという気持ちは伝わってくるのだが、そこにエルリックを持ち出す必要があるのかは微妙なところである。そういうこともあってか、本書を読んでいる中で、あまりファンタジーというようには感じられなかったしだいである。

 そういうわけで、作品に対する批判云々というよりは、これはムアコックがエターナルチャンピオン・シリーズに対して取り組むべき姿勢が大きく変わってきているということなのであろう。確かに、1960年代くらいに書かれたエルリックの初期作品に対して、1980年くらいに書かれた追加作品の様相は変わってきていると感じられた。それが1990年から2000年にかけて作家としてのムアコックの心情がさらに大きく転換していったようである。

 この遍歴を理解するには、現在早川で出版されているシリーズのようにエルリックの年代記順に追うのではなく、ムアコックが書いた時系列順に読んだほうがより理解できるのかもしれない。

 といったことで、従来のエルリック・ファンを納得させることができるような作品ではないのだが、一応先の作品も読み進めていきながらもう少し詳しく新シリーズについての感想を語りついで行きたいと考えている。


スクレイリングの樹   The Skrayling Tree

2003年 出版
2007年01月 早川書房 ハヤカワ文庫<永遠の戦士エルリック6>
<内容>
 「第一部 ウーナの物語」
  夫のウルリックが拉致されたのを目の当たりにしたウーナは夫を助けるために異世界へと旅たつことに。
 「第二部 エルリックの物語」
  エルリックは“千年の夢”のなかでニフルヘイムの刀鍛冶を探す旅に出ていたのだが・・・・・・
 「第三部 ウルリックの物語」
  アメリカの先住民のような者たちにさらわれてきたウルリック。彼はまたもや“宇宙の天秤”を保つための戦いに巻き込まれ・・・・・・

<感想>
 前作「夢盗人の娘」からエルリックの新章が始まったわけであるが、こういう作風はどうも苦手である。どういうのが苦手なのかといえば、地に足が着いていないような設定。従来のエルリック・サーガではメルニボネを中心とする魔術がはびこる世界というものがそれなりに成立していたものの、新しい作品になってからは舞台が夢なのか現実なのかさえわからない状況になってしまっている。そのような背景の中で物語が進められても、生き死にさえ適当であるならば、物語自体が成立しないのではと思えてしまうのである。

 今作はウルリックの妻のウーナがさらわれたウルリックを探すというところから物語は始まる。この第一章に関しても、ファンタジーというよりはロード・ノベルのような、もしくは思想書のような雰囲気に包まれており、あまりにもとっつき難い様相となっている。さらには、思想書であったとしても、結局のところ何が言いたいのかが読み取れないところがさらに物語をとっつきにくくしているように思える。

 第二部になってエルリックが登場するものの、結局この物語で何ゆえエルリックが登場しなければならなかったかがわからなかった。今までのシリーズのように、魔剣を振り回して敵をなぎ倒すエルリックが見られるわけでもなく、ただ淡々と健康な状態で旅を続けるエルリックが描かれているだけなのである。

 さらに第三部のウルリックのパートになると、もっとわけがわからなくなる。ウーナがさらわれたウルリックを探すはずの物語が、いつの間にかウルリックがウーナを探し回っているのである。こうしたつなぎに関してもどうにもおかしいということしか感じられなかった。物語を三部に分けた事によって、どのようにそれらがつながってくるのかが話の焦点になると思っていたのだが、世界観と同じであやふやのまま淡々と語られてゆくだけであった。

 結局のところ伝わってきたのは、アメリカの原住民っぽいものたちの様子を描いてみたかったのかなということくらい。ただ、そうした原住民っぽいものたちの生活様式や儀式などになじむことができなかったので、あまり物語にのめりこめなかったというのが実際のところである。


白き狼の息子   The White Wolf's Son

2005年 出版
2007年03月 早川書房 ハヤカワ文庫<永遠の戦士エルリック7>
<内容>
 「第一部 探し求められた娘」
 「第二部 枝分かれする歴史」
 「第三部 白き狼の息子」
 エピローグ

<感想>
 物語が始まった瞬間は、今まで押さえつけられていたものの鬱憤を晴らすかのように、かつてのエルリック・サーガが始まるのかと思ったのだが、今作でもエルリックの不在ぶりに変わりはなかった。というよりも、どう読んでもエルリック・サーガではなく、これならばウーナッハ・サーガとでも言ったほうがふさわしいと思われる。

 この作品では夢盗人ウーナの孫のウーナッハが主人公となり、多次元の世界を冒険する物語となっている。前作では章ごとに主人公が変わっていたが、今回はほぼ全編にわたってウーナッハが主人公を努めている。

 というわけで、女の子が主人公ということもあり、エルリック・サーガというよりは、どこか「不思議の国のアリス」とか「オズと魔法使い」とか、そういった物語が脳裏に浮かぶような印象の作品であった。

 今回の話の内容はといえば、相変わらず悪の権化として登場する、ゲイナーとクロスターハイムの手からウーナッハがひたすら逃げ回るというもの。さまざまな登場人物が出てくるとはいえ、話の大筋はそれだけに尽きる。

 どうもこの後期シリーズ3作品というものは、今までの作品のなかで既に決着がついたように思えることを、多次元世界の舞台を変えながら同じことをずっと続けているようにしか思えない。

 さて、肝心要であるはずのエルリックであるが、登場回数はやたらと少なく、しかも登場した時でさえもその存在感は非常に希薄であった。今回に限っては、エルリックよりも、度々名前が挙げられるホークムーンのほうがよほど存在感があったとさえ思われる。

 結局、ストームブリンガーを手に入れることができず、なんら行動をとることさえできないエルリックの姿に、“エルリック・サーガ”を感じろといっても無理のあることだろう。

 新シリーズになってからは、エルリック・サーガ云々というよりも、ヒロイック・ファンタジーらしさを全く感じ取ることのできない作品となってしまった。少なくとも従前のエルリック・サーガを求める人にとっては納得のいかないものであることだろう。また、一個の作品としても、特にこれといった楽しみを見出すことができなかったのだが、今後のムアコックの作品というのは、こういった作風であり続けるのだろうか?




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