貫井徳郎  作品別 内容・感想1

失踪症候群   6点

1995年11月 双葉社 単行本
1998年03月 双葉社 双葉文庫

<内容>
 若者たちの失踪の背後にあるものを探って欲しい、という依頼に応えて、環敬吾はチームのメンバーに招集をかけた。私立探偵・原田柾一郎、托鉢層・武藤隆、肉体労働者・倉持真栄。三人のプロフェッショナルが静かに行動を開始する。暴かれる謎、葬り去られる悪。

<感想>
 必殺仕事人風でおもしろい。ただし、関わる事件が一見、複雑そうに見えたのだが・・・・・・その実、少々しょぼすぎ。それにメンバーに個性がありそうな割には役わりが生かしきれていない。三者三様であるのに、全員が身元調査するだけというのも哀しい。

 原田にスポットを当て、家族のつながりを確かめるというテーマは良かったと思うけど、原田ってなんでこのメンバーに入れてもらえたんだろう? 昔、刑事だったというだけ?? それも後に明かされる秘密の一つか?


修羅の終わり   6点

1997年02月 講談社 単行本
2000年01月 講談社 講談社文庫
2017年07月 講談社 講談社文庫(上下)

<内容>
 公安警察の刑事として真摯に業務に勤しもうとする久我、悪徳刑事の鷲尾は謎の売春組織を追い、記憶喪失の男は自らの人生を探し求める。錯綜する三人の人生の果てにあるものとは・・・・・・

<感想>
 昔、単行本で読んだ作品。ひょっとしたら、貫井氏の作品で一番最初に読んだ作品であるかもしれない。感想を書いていなかったのと、講談社文庫から復刊されたのを機に再読。

 内容は、公安警察の活動を主軸として書き表したものとなっている。公安警察に務め、ひたすらその仕事にまい進し、情報源となる協力者を作り上げていく久我。謎の売春組織を追いつつも、次第に自身が罠にはめられることとなる悪徳刑事・鷲尾。記憶を全て失いつつも、徐々に周囲の協力などで過去を思い出してゆく、とある青年。この三つのパートから物語は成り立っている。

 この作品、非常に読みやすく、内容も面白く、最後の最後まで物語に惹かれながら、中味に没頭できる作品。ただ、最後の締め方がちょっと微妙。どこか交錯しつつも、なかなか交錯しない三つのパート。そして、最終的にも・・・・・・。読み終えてしまうと、あのパートの意味は? と疑問を持ちたくなるところも多々。

 まぁ、読んでいる時は面白かったから良かったのかなと。ただ、もっときっちりと整合性を図ってもらえれば、とてつもなく凄い作品になったのではと思えるのだが。


崩れる

1997年07月 集英社 単行本
2000年07月 集英社 集英社文庫

<内容>
 こんな生活、もう我慢できない。自堕落な夫と身勝手な息子に翻弄される主婦の救いのない日々。/昔、捨てた女が新婚家庭にかけてきた電話。/突然、高校時代の友人から招待された披露宴。/公園デビューした若い母親を苦しめる得体の知れない知人。/マンションの隣室から臭う腐臭。平穏な日常にひそむ狂気と恐怖を描きだす八編。

詳 細

<感想>
 題材は皆、日常の家庭風景を描いているのに、そこに見え隠れする暗い部分によってホラー作品のような怖さをかもしだしている。

 誰もが隣人や会社の同僚そして生活の中に不安や不満を少なからずもっているはずだ。自分や身の回りの人の不安が度を越してしまったときにその日常生活にずれが生じ、平穏な生活の中には考えられなかった世界が見えてくる。そしてここで描かれるずれが、超常的なものではなく用意に想像できるものなのでいっそう薄ら寒く感じてしまう。いままで普通に会話していた家族や隣人が後ろからじっと妙な目つきで自分のことを見ているかもしれないと考えると・・・・・・


誘拐症候群   6点

1998年03月 双葉社 単行本
2001年05月 双葉社 双葉文庫

<内容>
 警視庁人事二課の環敬吾が率いる影の特殊工作チーム。そのメンバーのある者は私立探偵であり、托鉢僧であり、また肉体労働者である。今回の彼らの任務は、警察組織が解明し得なかった、自称・ジーニアスが企てた巧妙な誘拐事件。それらの誘拐事件が着々と進められるなか、工作チームのメンバーであり、普段は托鉢僧をしている武藤は新宿地下街で一人のティッシュ配りの男・高梨と知り合う。武藤はその男と少しずつ親しくなっていくのだが、ある日突然高梨の生まれたばかりの息子が誘拐されたという。しかもその身代金の受け渡しに指定されたのは武藤であった! 武藤はその誘拐事件の真っ只中に巻き込まれてゆくことに・・・・・・

<感想>
 物語を楽しむのと同時に徐々に明らかになっていく特殊工作メンバーの背景と一人一人の履歴。今回は托鉢僧武藤が中心となり語られる。前作を読んだときに、なぜ原田がメンバーに入っているのだろう? と思ったのだが、今作品を読んでその辺の理由も明らかになってきた。そういった魅力も十分で読み応えのある本書。

 今回の内容は事件自体よりも武藤が事件に巻き込まれる中での葛藤が面白い。人を寄せ付けず孤独な武藤が高梨と徐々に親しくなっていく様子や身代金の受け渡しの際に悩む様などが、いままで鉄面皮に見えた武藤を非常に人間的に見せている。それに対称的なのが、事件事態さえも色あせさせてしまうほどの環の悪人ぶり。特殊工作チームのリーダーである環が今作でやけに人非人的に書かれているのが印象的だ。これらも次回作への伏線なのだろうか??


光と影の誘惑   6点

1998年03月 集英社 単行本
2002年01月 集英社 集英社文庫

<内容>
 銀行の現金輸送を襲え。目標金額は一億円。平凡で貧しい日常に鬱屈する二人の男が出会ったときに、悲劇の幕は上がった。巧妙に仕組んだ現金強奪計画。すべてがうまくいくように思えたのだが・・・・・・男たちの暗い野望を描く表題作ほか、4編。

 「長く孤独な誘拐」 (1994年4月 『創元推理』第四号)
 「二十四羽の目撃者」 (書き下ろし)
 「光と影の誘惑」 (1995年3月 『創元推理』第八号)
 「我が母の教えたまいし歌」 (書き下ろし)

<感想>
 まさにストーリテリングという言葉がふさわしい四編。それぞれ特色の異なる四編の話がそれぞれ異なる見せ方で展開される。なかにはこちらをだますような趣向のものもある。話の内容だけでも十分惹きつけられるのに、その構成までもが読者を惹きつける。

「長く孤独な誘拐」では通常書かれる誘拐者とは異なる方法が用いられ、結末がどうなるかが気になるだけでなく、自分がその立場だったらどうするかと、つい考えさせられてしまう。

「二十四羽の目撃者」はある種の密室殺人。しかしながら四編のなかでこの作品には違和感を感じてしまう。舞台が外国だからというのもあるかもしれないが、これは事件として成り立つのだろうかと余計なことを考えてしまう。

「光と影の誘惑」現金強奪計画。これは内容はもとより・・・・・・どうぞ先入観なしでご覧下さい。

「我が母の教えたまいし歌」伏線が丁寧すぎて結末がわかってしまうかもしれない。それでもなかなかの内容である。中編ならではの作品といえよう。

 こうしてみてみると、ある意味貫井氏の長編の原点となるような作品とも感じられるし、またそれぞれが中編という長さがうまく生かされていると強く感じる。貫井氏の作風が濃縮された中編集。


鬼流殺生祭   7点

1998年08月 講談社 講談社ノベルス
2002年06月 講談社 講談社文庫

<内容>
 維新の騒擾燻る帝都東京の武家屋敷で青年軍人が殺された。被害者の友人で公家の三男坊九条惟親は事件解決を依頼されるが、容疑者、動機、殺害方法、全て不明。調査が進むほどに謎は更なる謎を呼ぶ。困惑した九条は博学の変人・朱芳慶尚に助言を求めるが・・・・・・

<感想>
 本書は2002年出版の文庫版を読了。いや読んでみて驚いたのはその物語の完成度の高さ! よくできているではないか。1998年に出版されたときはさほど話題にはならなかったようであるが・・・・・・

 時代は明治維新以後の変われる日本が舞台。その時代に生きる若者たちがはるか遠くはパリに存在する探偵らのように謎に挑まんと一念発起していく。といってもそれほどポジティブな物語ではない。ちょうどこの時代設定とと時期が重なるのか、登場人物でパリ帰りの者がパリで起きた殺人(どうやら「モルグ街の殺人」)について主人公に語りだす。そんな場面が違和感があるものの、明治維新頃の人たちが推理小説について話を交わしていたらなどと想像するのもなかなか面白い。

 前半の若者たちのポジティブな会話から、霧生家における事件が始まりだすと話はうって変わって陰惨な様相となる。霧生家の当主カツが亡くなり、奇妙な霧生家独特の葬儀が行われ、そこから連続殺人が幕を開けてゆく。“外部の者は誰も屋敷へと入ることのできないはずのなかでの殺人”、または“屋敷の中にいる者ではなしえることのできないはずの殺人”と奇妙な状況での殺人劇が続く。このように設定といい、展開といい、しっかり本格ミステリの様相がとられている。そしてそこには背後にこれらを解くための大きな謎が隠されており、それを暴いたときに事件のすべてが明るみに出ることに!!

 うーん、これは読み落としていた本ながらかなりの出来栄えではないだろうか。解決に関しても無理なく収められており、決して謎となる部分を不本意な形で崩したりはしていない。

 ただ、ここで一言付け加えるならば、本書はある種“わかり易い京極作品”といいたくなるような感がある。あえて欠けていると思う部分を追求すれば、キャラクター設定が希薄であり、また事件の見せ方・解決の仕方が淡白といったところ。本書は見せ方によってはもう一周り大きな作品になったのではないかと思わせるものがある。かえって貫井氏の丁寧さや地味さがあだになったか、もしくはもうちょっとドギツクても読者がついて来るに足りる内容だったのではないのだろうか。

 などと感じたものの、これは久々に読んで良かったと思われる本。読み落とした人はぜひともご覧あれ。


転 生   6点

1997年07月 幻冬舎 単行本
2003年02月 幻冬舎 幻冬舎文庫

<内容>
 心臓を患っていた大学生の和泉は運良く適合者が見つかり、心臓移植の手術を受けることができた。手術後、体調は順調に回復するのだが、和泉は奇妙な夢を見始める。その夢の中には恵梨子という女性が出てくるのだが、そのような女性には今まで会ったことはなかった。それを夢と片付けてしまうのにはあまりにもリアルな夢であった。さらに和泉は自分の身体に今までとの嗜好の違いなどを感じ始める。まさか、移植された心臓がドナーの記憶を持っているのだろうか!?

<感想>
 重いテーマでありながらも、読みやすく爽快に描かれている。主人公の術後の経過が良く、これからの生活に希望を持ち、生き生きと描かれているため、読んでいるほうも気持ちよく読める本となっている。

 前半は小説というよりも実際のノンフィクションのルポであるかのように感じられる。かなり専門的なことが書かれているのだがわかり易く書かれており、ページをめくる手が止まるようなことはない。こういった“移植”というものの知識はほとんどなかったのだが、本書を読むとそれが興味深く感じられるようになる。

 また本書はドナーの記憶というものにからめたミステリーとしての面も持ち合わせている。それ自体のネタとしては珍しいものではなく、ミステリーのみとして考えると弱いようにも感じられる。しかし、本書はあくまでも物語を全面的に押し出したなかでのミステリー小説であり、全体的な“小説”という面から見れば十分に成功している作品といえよう。実際に読み出したら止まらなくなる本であり、夢中であっというまに読了してしまった。これはお薦めの一冊である。


妖奇切断譜   6点

1999年12月 講談社 講談社ノベルス
2003年04月 講談社 講談社文庫

<内容>
 時は戊辰戦争の後。女性がバラバラ死体にて発見される事件が相次いだ。巷のうわさでは、その殺された女性たちは、ある錦絵師が描いた美女三十六歌仙のモデルになった者達が狙われているという。そしてその死体は常に稲荷で発見される。知人に頼まれた九条は病床の友人朱芳の協力を得て連続美女バラバラ死体事件の捜査に乗り出す。

<感想>
 物語は女の惨殺死体が発見されることから始まっていく。基本的な物語の視点は前作と同様の九条の視点によって語られていく。惨殺死体が発見された事件のことで、九条が知人から相談を受けることになり、そして九条は友人である朱芳をまた巻き込んでいくというもの。

 また、物語は九条の視点だけではなくおちぶれた武士・田村喜八郎の視点によっても語られてゆき、それぞれが交互に並行に話が進められていく。本作を特徴づけるのはこのもう一つの視点、喜八郎の存在である。この武士の存在は起こる事件の原因とは直接関係していない。しかし、それが介入することによって事件を複雑化させ、または事件のヒントとなる存在でもあるのだから面白い。

 今作は前作「鬼流殺生祭」に比べるといささか事件が単純にも感じられるが、その分事件自体が“深い”と感じられる。事件の真相によって感じることのできる、その悲しき性と恐ろしき執念。そして直接のつながりというわけではないのだが、事件の背景が九条の悩みとも関連している。それによって物語り全体がひとつの流れで構築されているようにとらえることができ、全体的な内容としても深みを増している。これは物語とミステリー性が一体となった一冊と表現してもよいであろう。


迷宮遡行   6点

2000年11月 新潮社 新潮文庫(「烙印」を元にした書き下ろし作品)

<内容>
 平凡な日常が裂ける。突然、愛する妻・絢子が失踪した。置き手紙ひとつを残して。理由が分からない。失業中の迫水は、途切れそうな手がかりをたどり、妻の行方を追う。彼の前に立ちふさがる、暴力団組員。妻はどうして姿を消したのか? いや、そもそも妻は何者だったのか? 絡み合う糸が、闇の迷宮をかたちづくる。

<感想>
 速いスピードで展開される良質のサスペンス。だめ男の主人公が必死になって妻を探す姿には、なさけないと思いつつも、応援もしたくなる。主人公が自分自身をだめ男だと認めながらもヤクザになさけなくとも立ち向かっていきながら、謎を少しずつほぐして様にはページをめくる手を休めることができなくなる。

 そして最後に謎が解決されるわけなのだが、事件があまりにおおごとになった割には・・・・・・と思う。結末を聞くと、ふと、なぜこんなおおごとになったのだろうかと考えたくもなってしまう。とはいえ、ラストには涙を流さずにはいられなくなってしまうのだが。


神のふたつの貌   6点

2001年09月 文藝春秋 単行本
2004年05月 文藝春秋 文春文庫

<内容>
 牧師の息子に生まれ、神の声を聞かんと日々神に祈り、問いかけ続ける少年・早乙女輝。ある日、父と母と3人で静かに暮らす早乙女家のもとに突然一人の男が居候することになった。その男はヤクザから逃げているというのだが、牧師の父親は素直にその男を教会に受け入れてしまう。しかし、その日から徐々に早乙女家の平穏は乱されることになり・・・・・・

<感想>
 また、奇妙な問題作を放ったものだと思わずうなってしまう作品。本書は宗教的な色合いがかなり強い作品になっていると思う。主人公が神に問いかけ、祝福の声を聞くにはどうすればいいかと悩み、周囲の人々へと問いかけてゆく。その問いかけには決して答えはないと思えるのだが、本書の登場人物たちは、それぞれ自分達なりの答えを見出そうとし、それにのっとった行動を起こしてしまう。例えそれが悲劇的であり、一般には認められないことであったとしても。

 と、本書が宗教的な色合いが濃いということは間違いないのだが、だからといって難しい読みづらい話になっているかといえばそうでもない。相変わらず、この著者は難しい話をわかりやすく、興味深く読者に伝えるよう書いてくれているので、すんなりと読むことができてしまう。

 また、当然本書にはミステリ作家ゆえの仕掛けもなされている。当初は、なんらかの仕掛けがしてあるんだなと見破れそうな気がしたのだが、それがいったんすかされた形になり、そして最後にドドーンと落とされたという感じであった(意味が伝わらりにくければ、ぜひとも読んでみてもらいたい)。

 相変わらず、ただでは済まされない作家であると再認識させられてしまう。まさに21世紀の「罪と罰」というにふさわしい作品。


殺人症候群   7点

2002年02月 双葉社 単行本

<内容>
 警視庁内には、捜査課が表立って動けない事件を処理する特殊チームが存在した。そのリーダーである環敬吾は、部下の原田柾一郎、武藤隆、倉持真栄に、一見無関係と見える複数の殺人事件の繋がりを探すように命じる。だが倉持はその依頼を断った。一方看護婦の和子は、事故に見せかけて若者の命を次々に奪っていた。息子の命を救うために。

<感想>
 読み始めると、登場人物が多く、多面的な視点からさまざまな話しが平行して語られる。最初はこの書き方に本筋だけに絞って書き上げたほうが良いのではないかと思ったが、読んでいるうちにテーマの重さからさまざまな事例をあげることが重要として書かれているのではないかと気づく。今回のテーマは題名のとおり“殺人”。本書ではこの重いテーマをまっこうから捉えている。

 ここでこのテーマについて述べるのは非常に難しいので、本書を読んでもらいたいというしかない。当然、かならずしもそれが結論付けられるはずもないのだが物語を通して登場人物の結末によって形付けられている。

 本書は“特殊チーム”としての三作目。一作目で原田、二作目で武藤、そしてこの三作目で倉持の存在がクローズアップされる。倉持こそがこのテーマである“殺人”というものに深く関わっていて、さらには彼自身の“殺人”に対する捕らえ方、チームの一員としての考え方が明らかになって行く。前半チームを離脱する倉持自身のことがあまり語られないものの、終盤になり倉持の内面が語られて行く。

 当初このシリーズは三部作の予定であったと思う。そしてどうやらこの作品でシリーズの終わり告げるような出来事も起こる。しかしながら、読者としてはこれで終わるのは不満としかいいようがないだろう。それはリーダーである環の存在である。三作品を通してあまりに特殊な存在として書かれていた環であるが、彼の存在を書き表してこそこのシリーズの終焉となるのではないだろうか。ぜひとももう一作と著者に頼みたいものだ。


被害者は誰?   6点

2003年05月 講談社 講談社ノベルス

<内容>
「被害者は誰?」 (e-NOVELS:2001年10月23日〜2002年1月15日号、週刊アスキー2001年11月6日〜2002年1月29日号)
 豪邸の庭に埋められていた白骨死体は誰なのか? 事件の当事者が黙秘する中、押収された手記から被害者候補と思われる者達の名が・・・・・・。安楽椅子探偵、吉祥院慶彦がその手記から被害者の名前を特定する!

「目撃者は誰?」 (メフィスト:2002年5月号)
 同じアパートに住む女性と不倫をしている男。ある日、何者からかの脅迫の手紙が・・・・・・一体誰が見ていたのか? そして事件は思わぬ方向へと進んでいくことに。

「探偵は誰?」 (メフィスト:2002年9月号)
 作家にして安楽椅子探偵の吉祥院慶彦によって書かれた新作。それは彼自身が経験した事件を描いたのものだという。名前はすべて偽名を使っているというその作品。さて、吉祥院慶彦はその登場人物のうちの誰?

「名探偵は誰?」 (書き下ろし)

<感想>
 著書自らが「毒入りチョコレート事件」のようなものを考えているうちにというだけあって、読んでみてシェリンガム(アントニイ・バークリーの作品における探偵)を意識したのかなと感じられた。どの作品も一定のパターンをとらない、一筋縄ではいかないものばかり。

 また、名探偵という銘を打って登場する吉祥院慶彦の存在も面白い。なにが面白いのかというと、はっきりいって全編どれも名探偵が必要な事件であるとは思えないところである。しかし、この探偵の存在というものも物語を構成する一つの要素となり、ある種のパロディとして探偵小説を盛り立てている。

「被害者は誰?」
 本短編中では一番長く中編といってもよいであろう。しかし、本編の中では一番地味な作品である。また、その内容が読んでいてかなりストレスがたまるものとなっているので、もう少し短くしてもらいたかったというのが正直な感想。

「目撃者は誰?」
 私にとっては本編中のベストであった。予想だにさせない展開と人をくったような終わりかたは、なかなか印象的。

「探偵は誰?」
 犯人当ても含んだ探偵当て。伏線を張ることにも重点がおかれており、気づけば内容の濃い犯人当て作品となっている。

「名探偵は誰?」
 これはおまけ的なもの。とはいうものの、あなどることなかれ、気を抜いていたら足元をすくわれることになる(私はまんまとだまされた)。


さよならの代わりに   6.5点

2004年03月 幻冬舎 単行本

<内容>
 劇団<うさぎの眼>に所属する若手俳優の和希、彼の前に祐里という少女が現れる。彼女は劇団に興味があるのか、和希に興味があるのか、よくわからない理由で和希にしきりに付きまとう。そんな折、劇団<うさぎの眼>の公演中に殺人事件が起こる。どうも祐里はこの事件が起きることを知っていたようなのであるが・・・・・・
 殺人事件は誰の手によってなされたのか? そして祐里とはいったい何者なのか??

<感想>
 本書を読み始めたときは、これはミステリではないのかなという印象を抱いた。しかし読み進めていくと、途中で殺人事件が起き、ミステリ小説として展開し始めるようになる。とはいうものの、ミステリとしては弱いと感じられ、恋愛小説(もしくは青春小説)というような印象のほうが強く感じられた。

 そうして物語がラストへと突入していくと・・・・・・これは“やられた”と思った。本書は“これはミステリである”と言っても良いと感じられた。それだけの衝撃があったとここで言っておきたい。いやはや、ここまで考え抜かれていた小説だとは思わなかった。

 本書においてミステリの要素となりうる部分の一つは“殺人事件”が起こること。この事件には不可解な点があり、それがどのような形で行われたのかということが追求される。しかし、この部分は前述したようにミステリとしては弱いと感じられた。この部分よりも、本書がミステリとして優れていると感じられたのは、もう一つの要素についてである。それは“祐里という少女の存在”である。彼女はいったい何者なのか? その正体は? 目的は? とこういった点が本書における大きな謎となっている。ラストにおいて、この謎が明かされたときには、読んでいるものは驚かずにはいられないであろう。どのような驚きなのかは実際に読んで確かめてもらいたい。

 正直言って、最初は(というよりラスト直前まで)本書の物語の展開が歯がゆく感じられ、私の好みには合わない小説であると思いながら読んでいた。しかし、ラストの衝撃によって、そういう思いが全て吹っ飛んでしまった。これは、ぜひとも多くの人に読んでもらいたい作品である。

 また、本書を読んだ人は講談社から出版されたアンソロジー作品集「エロチカ」の貫井氏の短編を読むとさらに楽しむことができると思う。こちらには、本書のパラレルワールドともいえる設定の登場人物が出てくるので、ぜひご一読されたし。


追憶のかけら   6点

2004年07月 実業之日本社 単行本

<内容>
 大学講師の松嶋は交通事故によって妻を失ってしまった。また、自分の不注意により娘の親権をも妻の両親にとられかねない羽目に陥ってしまう。しかもその妻の親というのが恩師であり、自分が働いている大学の直属の教授なのである。そんな失意にくれる松嶋であったが、ある日知人の紹介という者から“佐脇依彦”という自殺したマイナーな小説家の遺稿を入手することになる。松嶋はこの遺稿を元にして一文学家として再生を果たそうと考えるのであったが・・・・・・

<感想>
 今年2冊目の新刊であるが、いまさらながら安定感のある作家だなと感じざるを得ない。貫井氏の本はハズレが無いので安心して読むことができ、本書も十二分に水準を満たしている作品だと感じられた。

 本書は妻を失った大学講師が昔の作家の遺稿を手に入れたことにより、再生をはかろうとする作品といってよいであろう。そしてその遺稿が作中作として掲載されているのも、また本書の目玉となっている。さらに本書ではその遺稿が現代にどう通じるように物語が流れてゆくのかということもポイントとして描かれている。

 感想としては何はともあれ、物語の転がし方がうまいということに尽きる。挿入された作中作が謎を秘めたままで終り、その謎が果たして現代にどのような形で甦るのかというところに興味が惹かれ、思わずページをめくる手が止まらなくなってしまった。

 そしてその内容自体もなかなかうまく練られており、都合よすぎる偶然と考えられたものも実は必然であったということに気づかされ、うまく創られていると感じざるをえない構成となっている。

 ただ、正直言って最後は心情的にどろどろな部分もあり、きれいさっぱりといかないところが好みによって分かれるところではないかと思う。また、物語が悪いほうへ向かってしまうのも、実は主人公がとった浅はかな行動のせいに過ぎないと考えると冷めてしまうという部分も感じられた。

 とはいうものの、総合的にはなかなかよくできたミステリーであるといって申し分のないできである。そこそこ分厚い本であるのだが、その厚さも感じさせないほど読みやすい内容となっている。これも今年の見逃せない作品のうちにひとつといってよいであろう。


悪党たちは千里を走る   6点

2005年09月 光文社 単行本

<内容>
 詐欺師の高杉は相棒の園部と共にカード詐欺などを行い、日々あぶく銭をかせぐ毎日。たまには大仕事をと思えば、それを同業の女詐欺師に邪魔される始末。それがいつの間にやら高杉はその女詐欺師と共に仕事をする羽目になる。その仕事とはペットの誘拐。さっそく、下調べを行おうとする3人であったのだが・・・・・・

<感想>
 クライム・コメディと言えばよいのだろうか。全編ユーモアタッチで展開される3人の詐欺師の物語である。犯罪の内容としては“誘拐”という重いものを扱っているにもかかわらず、全編安心して読めてしまったりする。また、そこそこ厚い本にもかかわらず、あっという間に読めてしまうライトな感覚のミステリーとして仕上がっている。

 という反面、貫井氏の小説としては“ぬるい”とも感じられてしまう。詐欺師の物語として書かれているものの、その他の登場人物らに関しては適当にしか書いていないように思われる。特にそう思われたのは警察について。誘拐事件が起き、そこに警察が配備されるものの何の役にも立っていない。これではあまりにも警察の反応が鈍すぎて、肝心のテーマとなるはずの“誘拐”そのものが希薄に感じられてしまう。これならば、かえって警察を登場させなかったほうが良かったのではないだろうか。

 ただ単に、軽いノリにしたかったのか、はたまた陰惨な内容にはしたくなかったのか、色々な思惑があると思うのだが、もう少し全体をきちっと締めてもらいたかったと感じられた。軽く読んでみる本としてはよいかもしれないけれど、それならば文庫を待ってからでも良かったかなと・・・・・・


愚行録   7点

2006年03月 東京創元社 単行本

<内容>
 一家四人が殺害されるという事件が起きた。仕事のうまくいっている裕福な若い夫婦と幼い子供達。彼等は何故殺されなければならなかったのか? ひとりのルポライターが殺害された夫婦の送ってきた人生を調べようと、さまざまな人たちにインタビューを行っていく。そこで、明らかにされる真実とは!?

<感想>
 一家殺害事件の真相を求めて、ルポライターが殺害された家族のことを知っている者たちにインタビューを繰り返していく(インタビューといっても、相手側の独白のみであるが)というもの。話が進んでいくにつれて徐々に、一家夫婦の過去が明らかになっていくという展開は面白いのだが、後半はなんとなく話しの本題からずれていくように感じられた・・・・・・と、思っていたら、それらも考慮されたうえでのことであったか。いや、最後の最後で真相が明らかにされたときには、なるほどと納得させられてしまった。これはこちらが思っていたよりも、本書は考えに考えた内容・構成になっているということが理解できた。

 実際には伏線どころか明らかな明示までされているのに、読んでいる途中ではぐらかされたかのように忘れてしまい、最後の最後で気がつくという始末。また、本書がなぜルポライターによるインタビューという形式がとられているのか、ということについてもラストにて納得させられてしまう。

 また、“愚行録”というタイトルも良いと思える。読んでいるときは、結局この“愚行”を書き記した内容という事ではぐらかされたまま終わってしまうのかなとも思っていたのだが、決してそんな事はなかった。これも著者によるテクニックの一貫であったのか!? と考えるのは深読みしすぎであろうか?


空白の叫び   6点

2006年09月 小学館 単行本(上下)

<内容>
 人と共に行動する事を嫌い、学校でも一人で過ごす14歳の少年・工藤。工藤は小学校のころはいじめられていたものの、中学になりとある出来事からその立場は逆転した。そんな今の生活に満足している工藤であったが、新任の女性教師・柏木が来てからその静かな生活にひびが入り始め・・・・・・
 医者の息子であり、裕福な家庭に生まれ育った14歳の葛城。何不自由ない暮らしを送り、孤独ながらもそれなりに満ち足りた生活を送っていたのだが、彼にはひとつだけその生活を乱す者が存在していた。それは使用人の息子である粗暴な英之の存在であった・・・・・・
 祖母と叔母との三人で暮らす14歳の神原。母親は生きてはいるがある理由から別居している。それでもそれなりに幸せに普通の生活を送っていたのだが、祖母の死を迎えたことにより、彼の平和な暮らしにヒビが入る事に・・・・・・
 犯罪に飲み込まれることとなる14歳の三人の少年の物語。

<感想>
 この本は単体でも分厚く、しかも上下巻となっており、結局読むのに年をまたいでしまった。本は分厚いものの、決して読みにくい文体ではない。むしろ読みやすいくらいといってもいいかもしれない。しかし、その内容が読み進めづらいものであった。いじめ、殺人、負の感情、少年院での出来事などと、読んでいて途中で乗ってくるどころか、読むのを止めたくなるような描写が多かった。そんなわけもあり、読むのにいささか時間がかかってしまった。

 本書では14歳の三人の少年を主人公として、少年犯罪に関する動機をえぐった作品となっているようである。しかし、その少年達の性格や境遇が特殊なものであるように感じられ、決してそれらは標準的な少年犯罪を描いたもののようには思えなかった。故に、感情移入しづらく、それもまた物語にいまいちのめり込めない要因となったのではないかと思われる。

 ここに出てくる少年達のなかで、一番普通であると感じられた神原という少年がいたのだが、この少年の生き方についてが一番共感しやすいものかもしれない。また、ラストにおいて、神原という人間についてもうひとりの少年・葛城の口から語られることになるのだが、それがこの物語のひとつの主題であったのかなと感じ取る事ができた。

 と、感じたのはこのくらいであり、あとは作品全体からほとばしる負の感情に圧倒されるばかりであった。なんか、ようやく読み終えてほっとできたという小説であった。


ミハスの落日   7点

2007年02月 新潮社 単行本

<内容>
 「ミハスの落日」
 「ストックホルムの埋み火」
 「サンフランシスコの深い闇」
 「ジャカルタの黎明」
 「カイロの残照」

<感想>
 貫井氏の新作短編集であるが、実はそれほど期待せずになんとなく買ってしまった作品である。そんなわけで、しばらくの間積読になってしまっていたのだが、実際に読んでみるとその面白さに驚かされてしまった。これほど面白く読めた短編集は最近では柄刀氏の「時を巡る肖像」以来である。
 この作品集は、別に連作というわけではなく、海外が舞台になっているということのみでつながっている作品である。にもかかわらず、うまく収録された統一感のある短編集と感じられてしまうのだから不思議である。今年前半期に出版されたミステリ短編集の中では一番の作品といっても過言ではないであろう。

「ミハスの落日」
 会ったこともない大富豪から、その家に招待を受けることとなった青年の話。そこで、大富豪と青年母親の昔の話が語られる。
 一応は密室殺人がテーマのひとつとなっているのだが、それは添え物といってもよいであろう。それよりも、二人の男女の互いの気遣いが物語りに深みを添えており、静かな感動をよぶ作品に仕上がっている。

「ストックホルムの埋み火」
 本書の中での私のベスト作品がこれ。一見、ストーカーによる犯罪が描かれただけの作品のように思えるのだが、うまくどんでん返しが用いられたミステリに仕上げられている。また、それだけではなく、物語上では脇役としか思えなかった刑事が実はもうひとりの主人公であり、彼の人生とここで起きた事件をうまくなぞらえることによって物語に厚みを出している。さらに、最後に明らかになる“おまけ”的なある事実も秀逸。

「サンフランシスコの深い闇」
 夫の死によって莫大な保険金を手にすることとなった女。しかもそれが三度目であるという・・・・・・。
 この物語で印象に残るのは、数々の強烈なキャラクター。あくまでも真面目な物語なのであるが、変な刑事ばかりが登場している。この作品のキャラクターたちはぜひともシリーズ化してもらいたいと思えるほど。
 また、物語としても、内容自体はありがちなものであるのだが、そこを独自の締めくくりを用いているところはさすがだと思わせられる。

「ジャカルタの黎明」
 ひとりの娼婦の視点から、近隣で起こる連続娼婦殺人事件を描いた作品。
 変な言い方かもしれないが、主人公の娼婦の生き様をうまく描いていると感じられた作品。また、ミステリ作品としても、うまく展開されてゆくものとなっている。

「カイロの残照」  一人旅をする女性と、現地のカイロで旅行者のガイドをする男。その女性はカイロで夫が失踪したというのであるが・・・・・・
 あきらかに、何らかの秘密が隠されているというのはわかるのだが、その秘密を片側のみだけでなく、両者に秘密があるという形で書いたところには、思わず“うまい”と唸らされてしまう。


夜 想   

2007年06月 文藝春秋 単行本
2009年11月 文藝春秋 文春文庫

<内容>
 雪藤直義は事故で妻と子を亡くしてから、生きる希望を見失っていた。そんなときに、町でとある少女から声をかけられる。まるで、雪藤の心を読んだかのように。その事が気になった雪藤は、彼女を探し、話をすることに成功する。彼女・天美遙はウェイトレスのバイトをしているのだが、持ち物を通して人の心を読む事ができるというのである。そして彼女が働く喫茶店で、ちょっとした人生相談をしていることを知る。雪藤と遙は、その力を生かし、もっと多くの人々の悩みを解決しようと試みるのであったが・・・・・

<感想>
 パッと見は宗教本のような体裁であるのだが、最後まで読み終えると違った印象を持つ事になるであろう。本書が宗教本のような体裁となっているのは、主人公である二人の男女が不器用であり、うまく互いの感情を表せないがゆえに、そのような形になってしまったのだろうと考えられる。

 本書は不思議な力を持つ少女を中心にして、彼女が多くの人の悩みを解決できるような環境を整えてゆこうと行動する者達の話が書かれている。しかし、その試みについては、どうにも理解できないし、賛同できるものではない。本人達は決して怪しい宗教ではないと言い張っても、どう考えても宗教的なイメージしか持つ事ができないのである。その流れを作っていく事になる主人公の雪藤に対しても、結局何がしたいのかがよくわからず、ただ悪い方へと流されていっているようにしか思えないのである。

 そうした序盤から中盤の流れについては、本書に対して良い印象が持てず、悪いほうへ悪いほうへと突き進んでいくだけのような気がして、読むのを途中で投げ出しかけそうになった。

 ただ、最後まで読んでみれば、さほど悪い物語というような終わり方はしていなかった。結局のところは、主人公とその周辺の人達のための救いが描かれた話というところに落ち着いていったような気がする。それが彼らの不器用さ、もしくはどのような形をとればよいかがわからなかったゆえに、変な方向へと話が進んでいったというようにも感じられるのである。

 終わりよければというほど、すっきりした気持ちにはなれないものの、少なくとも途中で読むのを投げ出さなくて良かったという気にはなれた。とはいえ、ミステリ小説と言うよりは、恋愛小説に近いような気もするので、さほどお薦めの作品というわけでもないのだが。


乱反射   

2009年02月 朝日新聞出版 単行本

<内容>
 なぜ、幼い命は失われることとなったのか!? 現代社会の不条理を描く、社会派エンターテイメント。

<感想>
 文章は読みやすいものの、内容は鬱屈したものばかりが描かれているので、結構読み進めにくい。それでも最後のほうは一気に読み通すことができた。

 本書は現代社会のちょっとしたルールの逸脱について描いた作品。そのちょっとしたルール違反が連鎖し、ひとつの悲劇を生み出すこととなる。そのひとつひとつのルール違反は誰もが経験するものであり、その責任を問われるようなこととなれば、誰もが困惑してしまうであろう。ただ、そういったものが積み重なることによって、大きな混乱を生み出すことになりえる可能性があることをこの作品では示唆しているように思える。

 読んでいて気になったことが一点。この物語の被害者たる人物が何故このようなことが起こったのかを調べて行くこととなるのだが、その際に自分達の家族の行動について何一つ言及していない点が疑問に思えた。なんで事故が起こったのか、ということが確かに主題であるのだろうが、なんでそこを通ることになったのか、ということについて全く触れていないのが気になるところ。


後悔と真実の色   6.5点

2009年10月 幻冬舎 単行本

<内容>
 都内で女性が必要以上に切り刻まれるという殺人事件が起きた。被害者からは何故か指が一本切られて持ち去られていた。これが後に“指蒐集家”と呼ばれることになる犯人による連続殺人事件の始まりであった。捜査一課のエースで“名探偵”と揶揄される西條は執拗に犯人の手がかりを得ようとするのだが・・・・・・

<感想>
 貫井氏にしては珍しい警察小説・・・・・・と思ったが、過去の作品を振り返ると以前は結構警察小説を書いていたことに気づかされる。最近では社会派小説作家というイメージが強まった感もあるが、本書では今までにないくらい濃い警察小説を描いている。

 内容は、かなり良かったと思う。犯人逮捕をめぐる刑事たちそれぞれの意識の違いを表しながら、刑事たちの内面を赤裸々に描きつつ、犯人の正体へと肉薄していく。また、“指蒐集家”と呼ばれる犯人造形もよく、警察の裏をかきながら次々と犯罪を成功させてゆく。そうして、最後には意外なラストが待ち受けることとなる。

 と、良いところばかりの作品のようであるのだが、個人的には好みに合わないところが何点かあった。

 一つは内容が“刑事が解決すべき事件”という風に外側へと広がっていかずに、“刑事たちのための事件”というように内側へ内側へと物語が向かって行ったところ。刑事たちの内面を描くという部分はよいのだが、刑事たちの生活の面まで描き過ぎていたように思える。そうして刑事たちひとりひとりの状況を浮き彫りにした結果、個人個人の存在がどんどんと希薄になっていくこととなった。特に最初は西條と並んで主要人物のひとりになるかと思われた綿引という刑事は、後半ではほとんど存在感を示すことなく終わってしまっている。

 本書ではシリーズ化を目指すというようなことは考えていなかったと思うので、こういった内容になってしまうのはしかたがないと思われるのだが、主人公にはもっと一人の刑事として活躍し続けてもらいたかったところである。物語の前半部までの捜査の様子は非常に好みの警察小説であったので、主人公をめぐる後半の展開が残念でならない。


明日の空   

2010年05月 集英社 単行本

<内容>
 真辺栄美はアメリカで生まれ育ち、高校生になって初めて日本で暮らすこととなった。不安に思っていた日本での学校生活も、すぐに周囲にとけこみ、友人や彼氏もできて順調に過ごすことができた。しかし、クラスにひとり孤立した男子がおり、栄美は彼の存在が気になっていたのだが・・・・・・

<感想>
 本書は3章に分かれた構成となっており、1章と2章はつながりのなさそうな話がそれぞれ描かれている。しかし、3章で事の真相が明かされ、全体のつながりが見えてくるという構成になっている。

 こういう作品を読むとどうしても思い起こしてしまうのが乾くるみ氏の「イニシエーション・ラブ」。本書は別に「イニシエーション・ラブ」とさほど類似しているというわけではないものの、どうにも意識せずにはいられなかった。

 読んだ感想としては単なる“ちょっと良い話”という印象くらいしか残らない。ミステリ的な仕掛けがなされているものの、全体的に“唐突”という印象のほうが強かった。ゆえにミステリ的な効果としてはインパクトが弱く、普通の物語という感じであった。

 個人的に一番違和感があったのが、アメリカで育った栄美が物語上ではうぶに描かれているものの、日本人の高校生に比べればもっと発展的なのではないかと思えるのだが・・・・・・


灰色の虹   6点

2010年10月 新潮社 単行本
2013年11月 新潮社 新潮文庫

<内容>
 江木雅史は、かつてやってもいない殺人事件の自白を迫られ、冤罪をきせられて服役することとなった。そのことにより、一家はバラバラとなり、江木の手元には何も残らなかった。江木は彼に罪をきせた者たちに対し復讐するべく、犯罪を計画する。そして、わきおこる殺人事件。あるとき、警察はこれは連続殺人事件であると気づき、犯人を逮捕し、新たなる犠牲者をださないようにしようとするのであるが、それをあざ笑うかのように犯人は犯行を繰り返し・・・・・・

<感想>
 冒頭にて江木雅史という人物が復讐を計画し、それを実行していくというもの。現在と過去のパートにわかれ、それが交互に繰り返されてゆく。現在のほうは復讐のターゲットとなる者達が主として描かれている。過去のパートでは、江木雅史がどのようにして冤罪という経過をたどったのかが語られてゆく。

 当然のことながら、ミステリとして捉えられる内容ではあるのだが、ミステリ的なネタとしては、実は結構色々な作品に用いられているものなので、真相が明かされたときもさほど意外には感じられたなかった。それよりも、より濃く描かれているものとしては、“冤罪”の構造についてであろう。

 近年、ニュースなどでもよく“冤罪”というものが取り上げられているのだが、実は個人的にはそれがよくわからないでいた。というのも、自白したのであれば、罪を犯したという事は確定であろうと考えていたのである。それが、本書ではあくまでもフィクションであるといえども、警察官が容疑者を犯人と決めつけ、そして自白に追い込むという構図を見ることにより、このようにして“冤罪”ができあがるのだと納得させられてしまった。

 一方で、この作品では“冤罪”を作った側についても公平に、彼らが普通の生活を送っている様子を描き、決して偏った内容にしていないのである。最初の章で登場する悪徳刑事・伊佐山についてだが、もし彼が100件の事件を解決し、99%は本当に有罪で、残り1%が冤罪だったとして、どのように評価されるべき警官なのであろうか? 当然ながら冤罪を受けた者にとっては、それが唯一で取り返しのつかないこととなってしまうのだが、このように考えると事件の裁きというものがより難しいものだと感じられてしまう。

 余談ではあるが、伊佐山の章に出てきた貝塚という刑事が印象に残り、その後も出てくるかと思いきや、最初の登場のみだったところはやや消化不良。それはさておき、この作品は社会派ミステリとして非常に印象に残る内容であった。冤罪の構図を描く一つの形を描いた作品として、広く読んでもらいたい作品である。


新月譚   

2012年04月 文藝春秋 単行本

<内容>
 新人編集者の渡辺は絶筆した作家・咲良怜花に再び本を書いてもらおうと連絡を取ることにした。渡辺は咲良怜花のファンであり、8年前に50歳を前に新作を書くのを辞めてしまったことを惜しいと感じていたのだった。熱心なアプローチにより、渡辺は咲良怜花と会い、話をすることができるようになった。そうしたうちに咲良は渡辺に、自分がどのような人生をたどり、何故絶筆したのかを語りだすことに・・・・・・

<感想>
 うーん、長い作品であったのだが、それがミステリではなかったとは。ここで語られるのは架空の女流作家・咲良怜花の半生。彼女がどのような経緯にて作家となり、そして絶筆に至ったのかが500ページ以上にわたって書かれている。

 カテゴリとしては、恋愛小説ということになるのだろうか。個人的には、そういった内容の作品は興味がないので、あまり楽しむことができなかった。また、連載という形式で書かれた作品のせいか、全体的なバランスも微妙。前半を長々と書き過ぎて、重要と思える後半が詰まり過ぎていたように感じられた。

 内容云々よりも、題材が趣味に合わなかったという作品。


微笑む人   5点

2012年08月 実業之日本社 単行本
2015年10月 実業之日本社 実業之日本社文庫

<内容>
 エリート銀行員である仁藤俊実の妻子が川で溺れて死亡するという事故が起きた。しかし、事の目撃者の証言により仁藤が妻子を溺れさせた事件とされ、一転して仁藤は逮捕される。そして自白をすることとなるのだが、その動機が不可解なもので世間を騒がすことに。一連の事件に興味を覚えた小説家の“私”は、ノンフィクション小説を書くべく、仁藤俊実の周辺を調べはじめ・・・・・・

<感想>
 不可解な動機により世間を騒がせた事件。その事件の謎を調べようと、小説家である“私”が取材をしていくという流れで物語は進んでゆく。

 小説家である“私”により、容疑者となるエリート銀行員・仁藤についての調査が行われる。その仁藤についてだが、どこで取材をしても、良い人でとてもそんな事をするような人ではないと皆が口々に述べる。たまに、“ずっと微笑んでいる”とか、ちょっとした事があったという程度の意見がでるくらいで概ね評判の良い人という意見が大勢を占める。

 そんな上々の評判の人物であったが、事件を調べていくうちに、徐々に他の事件にぶつかり始める。だからといって、仁藤が他の事件に関与していたとは断定できないのだが、調べれば調べるほど仁藤という人間の奥底に潜む闇が徐々に見えてくるように描かれている。

 そうして最後に決定的な何かが出てくるのかと思いきや・・・・・・微妙な結末へと・・・・・・。要は、こういった事件は普通の小説のようにあっさりと、“何々だから事件を起こしました”というようには、綺麗にまとまるものではないという問いかけをしたかったのかも。ただ、後の判断は読者にゆだねますという感じであるので、小説としては消化不良気味であるのは確か。どうも、結局は何も明らかにならなかったということで、まるでルポライターの失敗談のような気が・・・・・・


ドミノ倒し   6点

2013年06月 東京創元社 単行本
2016年06月 東京創元社 創元推理文庫

<内容>
 地方都市・月影市で探偵業を営む十村。彼のもとに亡くなった元恋人の妹が依頼人として訪れる。彼女は、元彼が警察により殺人事件の容疑者として疑われているので、その疑いを晴らしてもらいたいというのである。月影市に来て以来、探偵らしい仕事を全くしていなかった十村は、幼馴染である警察署長の力を借りて事件解決に奔走するのであったが・・・・・・

<感想>
 田舎町を舞台に繰り広げる探偵物語。ただし探偵と言っても、何の経験もない者が探偵を名乗っているだけで、たいした依頼もなく、事件の捜査方法もよくしらないという始末。そんな探偵が殺人事件の容疑をかけられた男の無罪をはらすために奔走することとなる。

 素人探偵の活動模様が微笑ましい。誰かが目立ったことをすれば、あっという間に知れ渡ることとなる田舎町での探偵活動。しかも当の探偵は捜査の仕方もおぼつかなく、なんとか関係者から当時の話を聞いていく・・・・・・だけ。ただし、警察署長が幼馴染みというアドバンテージがあることから、それを利用しながら(どちらかというと利用されて)捜査活動を続けてゆく。

 本書のタイトルが“ドミノ倒し”となっているのは、探偵が事件を少し掘り下げようとすると、何故か別の事件に出くわしてしまう。そして、最初の事件の見通しが全くつかないうちに、次から次への別の事件の存在がドミノ倒しのように明るみに出てくる。

 こんな形で事態が展開されてゆくのだが、どこかのほほんとした状況でありながらも、“何か主人公をだますためだけの壮大なドッキリではないか?”というような疑念を抱かせる内容。基本的にはユーモアがありつつも、どこか暗い影を落とすような、微妙なものを感じさせる。そして、ラストには何が待ち受けているのかと言えば・・・・・・それは読んで確かめてもらいたい。




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