西澤保彦  作品別 内容・感想1

解体諸因   6.5点

1995年01月 講談社 講談社ノベルス
1997年12月 講談社 講談社文庫

<内容>
 「第一因 解体迅速」
 「第二因 解体信条」
 「第三因 解体昇降」
 「第四因 解体譲渡」
 「第五因 解体守護」
 「第六因 解体出途」
 「第七因 解体肖像」
 「第八因 解体照応 推理劇 『スライド殺人事件』」
 「最終因 解体順路」

<感想>
 西澤氏の処女作を再読。今読んでみると、昔も今も作風は変わっていないなと。昔からこのような書き方だったのだなと改めて確認できた。ただ、この作品では“バラバラ死体”というテーマのもとに書かれた作品となっていて、西澤氏の作品のなかでも特に本格ミステリ色の濃い内容となっている。と、言いつつも序盤はそれなりにバラバラ死体を用いた展開がなされていたが、後半はネタ切れになってきたのか、ぬいぐるみとかポスターとか、やや変化球気味の“バラバラ”になっていた。

 大半はトンデモミステリ系の内容になっているのだが、それでもここまでやりきればミステリとしてすごいと感じられてしまう。第一話では複雑な死体の状況により、うまくミスリーディングを誘っている。第二話では執拗に細かく刻まれたバラバラ死体の理由をうまくミステリ的に処理している。第三話では、バラバラ死体よりもビデオテープの謎についてのアクロバティックな推理が面白い。

 第四話は大量に買われたエロ雑誌の謎という設定自体が魅力的。第五話は熊の腕が切られているという、どこかファンタジックでホラー的な内容。第六話は単純に思えたが事件から、アリバイトリックものへと発展させている。第七話は切り取られたポスターの影響に対し、その裏をかいたトリックが見事。

 この作品集のなかで一番の見物は一番ページ数が長い第八話の“スライド殺人事件”。推理劇として描かれた作品。これは普通に小説形態で書くと粗があり過ぎる内容なので、あえてこのような形式にしたのだろうなと。それでも首が挿げ替えられ続ける死体の謎に関するトリックはよくできていると感心させられた。

 最終話は、ちょっと蛇足気味であったかなと。前述の話のいくつかをまとめ、どんでん返しをするというものでるのだが、ちょっと複雑になりすぎていたような。なおかつ、まとめぶりも中途半端というような気も。

「第一因 解体迅速」 柱に手錠で拘束された状態でバラバラにされた死体の謎。(匠千暁)
「第二因 解体信条」 結婚に反対した母親が毒殺されたうえ、細かくバラバラにされた謎。(辺見祐輔)
「第三因 解体昇降」 エレベータから突然出現したバラバラ死体の謎。(中越正一警部)
「第四因 解体譲渡」 ゴミ集積場に捨てられたバラバラ死体と大量に買われたエロ雑誌の謎。(辺見祐輔)
「第五因 解体守護」 切断された熊のぬいぐるみの腕とよごれたハンカチの謎。(匠千暁、高瀬千帆)
「第六因 解体出途」 ダンボールで車に積み込まれたバラバラ死体の謎。(匠千暁)
「第七因 解体肖像」 大量のポスターからくり抜かれた首の謎。(匠千暁)
「第八因 解体照応 推理劇 『スライド殺人事件』」 スライドして現れる首なし死体とその首の謎。
「最終因 解体順路」 死体から挿げ替えられた首の謎。(匠千暁)


完全無欠の名探偵   5.5点

1995年06月 講談社 講談社ノベルス
1998年05月 講談社 講談社文庫

<内容>
 資産家である白鹿毛の当主・源衛門は目に入れてもいたくない孫のりんが遠く離れた高知で就職したことに不満を持っていた。何故、りんはわざわざ実家から離れた高知の大学の事務に就職を求めたのか? その真相をさぐるべく、秘書の黒鶴が推薦する山吹みはるを高知へと送り込むことに。その山吹みはるは、名前とは裏腹に2メートル近い巨漢の青年である。彼には不思議な力があり、それは彼を前にすると誰もが心に秘めたことを話さずにはいられなくなるという・・・・・・

<感想>
 ケーキの箱のなかに鳩の死骸が入っていたというプロローグと、白鹿毛りんが高知県に残って何をしようとしているかを山吹みはるが探りに行く、というところから始まってゆく物語。本題としては白鹿毛りんの目的となるのだが、色々と寄り道をしつつ、話が進められてゆくこととなる。

 この作品ではタイトルとなる“完全無欠の名探偵”山吹みはるが中心となり物語が進行してゆく。ただし、この山吹みはる、単にそこにいるだけで、彼自身が自発的に何かするということはない。彼の持つ不思議な雰囲気に駆られて、人々は自然と自身の事を話し出してしまうのである。

 そうした、さまざまな人々のエピソードにより成り立っている物語とも言えるのであるが、推理小説としては微妙と感じられてしまう。というのも、あくまでも個人が自分のなかだけで事件について納得するだけで、それについての検証がなされるわけではなく、その妄想が真相と言えるのかどうかも怪しいところ。よって、推理小説というよりも、妄想小説という言い方の方が適当なのかもしれない。

 一応、ラストにおいては、そこまで語られた様々なエピソードがつながり、ひとつの事件に収束する形となるのだが、それも関連というほどでもなく、なんとなく関わっているという程度で、サプライズ的なものは特に感じられなかった。結局は、とある女性の自殺の謎と睡眠薬を使った暴行事件の内容が浮き彫りになるだけで、少々物足りないという感触。この“完全無欠の名探偵”という設定自体が扱いにくかったのでは? という印象。


殺意の集う夜   5点

1996年03月 講談社 講談社ノベルス
1999年11月 講談社 講談社文庫

<内容>
 嵐によって閉ざされた山荘のなかで六人部万理は呆然とした。四月園子が殺されているのだ。園子以外の6人を殺害したのは万理であるのだが、園子のことは手に掛けた覚えがない。いったい園子は誰に殺されたというのだろうか? 六人部万理は、山荘へ来た経緯と、そこに様々な人たちが集まってきたときのことを思い返し・・・・・・

<感想>
 古い作品を再読。西澤氏の初期作品であり、ノンシリーズ長編作品。

 冒頭いきなり、ひとつの死体が発見され、連続殺人の告白がなされる。そこから、それら事件がどのような経緯を経て行われたのかが詳細に語られてゆくこととなる。

 物語のポイントとしては、あとがきで著者自身が語っているように、“事件の犯人自身がとある状況下のなかで推理することを強いられる”というもの。そして実際に殺人犯が、自ら手掛けていない死体について誰が犯行を行ったのかを推理していくこととなる。

 この作品については全体的に強引というか、力技すぎるというか、微妙な部分が多すぎる。特にひとつの山荘に、異常者たちが集うこととなるのだが、それについても後から推測で語られるのみで、実際に個々がどのような背景を持つのかがほとんど明らかにされていない。そういうなかで事件のみが起きたという感じなので、ほとんど、どうこう感じる部分がなかったという印象。ただ単に、突然の嵐に翻弄されて流されるままに、というような感じのサイコ(?)サスペンス小説であった。


人格転移の殺人   6点

1996年07月 講談社 講談社ノベルス
2000年02月 講談社 講談社文庫

<内容>
“入れ替わりの環”という、そこに入ると複数の人物の人格が他の人物に転移してしまうという謎の構造物。しかも一度そこに入ってしまうと、以後その人格転移が繰り返され続けてしまう。政府が調査を進めるものの、科学的な調査も進まず、結局そのまま放置されてしまうことに。そんな“入れ替わりの環”に誤って入ってしまった、国籍もバラバラな7人の男女。そして人格転移がなされた後に、殺人事件が起きてしまい・・・・・・

<感想>
 再読。人格が入れ替わってしまうという装置を用いてのSF・ミステリ群像劇。

 読んでいて思ったのが、前置きが長い。なんとなく、作品の半分くらいが前置きのように感じてしまう。謎の装置の特徴、登場人物たちの背景、そして多数の入れ替わりが起きた時の現状把握。そんな感じで、肝心の事件が起こるまでに、どれだけページ数が費やされるのかと思わずにはいられなかった。

 さらにいえば、人格転移設定ゆえに、状況がごちゃごちゃになってしまうのも難点。しかも後半スピーディーな展開で、一気に入れ替わりが立て続けに起きつつも、その間を縫って事件が進行していくという展開。さすがにもうついて行けないと思ったのだが・・・・・・

 ただ、事件が解決してみると、何気にスッキリしたという印象が強い。なんか途中のゴタゴタもうまく処理されているなという感じ。作品を読み終えてから全体を見回してみると、意外としっかりと伏線を回収し、うまく作られていると感嘆させられる。ミステリ的な作品というよりは、SF系の作品として、うまく物語が作り込まれた作品という印象が残った。


彼女が死んだ夜   7点

1996年08月 角川書店 カドカワノベルズ
2000年05月 角川書店 角川文庫

<内容>
 ハコこと、浜口美緒は友人らとの飲み会から家に帰ると、そこで身元不明の死体を発見することに! ハコは明日からアメリカへ1か月の留学をすることとなっており、事件により留学が中止となることを恐れる。ハコはさっきまで一緒に飲んでいたガンタに助けを求めるのだが、ガンタは自分だけでは心もとないと、さらに飲み会にいた、匠千暁とボアン先輩を呼び出す。千暁とボアンは死体を隠ぺいすることに反対するものの、結局押し切られてガンタが一人で死体を別の場所へ運ぶこととなる。そうして形ばかりではあるが、事件は落ち着いたように見えたものの、その後予想だにしない事態に発展していくこととなり・・・・・・

<感想>
 これも再読の作品で、西澤氏の初期作品である。読んだ当時は西澤氏の最高傑作ではないかとも思えたのだが、今読んでみても初期作品のなかでは随一であるという思いは変わらなかった。

 書かれている事件の全体を把握するのは何気にややこしい。というのも、それぞれがあまり関係なさそうな事象がいくつか起きており、それが微妙なところで互いにつながってくるように描かれているからである。

 最初は、身元不明死体の発見とその死体の処理について。そして日にちを置いてその後の顛末と別の人物の失踪事件。さらには、海外留学した娘の両親にまつわる財布の盗難事件。そして失踪した人物の行方探しと、それに関わるヤクザ風の男と水商売の女の登場。それらのエピソードを通して、日にちが経ち、新たな死体が発見されたことにより事件は大団円へと流れ込んでゆくこととなる。

 再読ゆえに、少々覚えているところはあったものの、改めて読んでみると、複雑な事象が絡み合った事件であったということを再認識できた。余計な登場人物がチラホラといたように思えたが、終わってみれば余すことなく登場人物を生かしきっていることに驚かされる。よく出来た作品だと感嘆しつつ、その後のシリーズを読み続けてきた身としては、匠千暁シリーズの長編1作目が彼らの身の回りで起きた大事件を描いたものであったのだなと絶句させられる。


麦酒の家の冒険   6.5点

1996年11月 講談社 講談社ノベルス
2000年06月 講談社 講談社文庫

<内容>
 タックこと匠千暁とボアン先輩、ウサコ、タカチの四人は、車での旅行から帰る途中、車がガス欠となってしまい、見知らぬ土地で彷徨う羽目に。車を置き去りにして、しばらく歩いていると、一見の無人の山荘を見つけ、4人は思わず不法侵入してしまう。すると、その家には一階にはベッド以外の家具は一切なく、2階には冷蔵庫があるのみ。その冷蔵庫のなかにはビールのロング缶96本と13個のジョッキが入っていた。4人はつい、ビールに手を出し、そのビールを飲みながら、この山荘の謎について推理を始め・・・・・・

<感想>
 過去の作品の再読。西澤氏の作品の中で本書は一番の名作というわけではないと思うが、少なくともこの著者の作風を表す代表作のひとつであると言っても過言ではないであろう。以後、西澤作品でよく見かけられる酩酊推理のはしりである。

 遭遇した山荘の不可思議な状況。ベッドひとつと、冷蔵庫に満載されたビール、ただそれだけ。いったいこの家は何のためにこのような状況になっているのかをひたすら推理するという話。物語の中で動きは少ないものの、その推理模様を楽しむことができる。

 実はただ単に不可解な山荘というだけではなく、そこに至るまでにそれとなく伏線が張られている。さらには、後に同じような状態の山荘をもうひとつ見つけることにより、想像力はさらに広がり推理は過熱を増してゆく。

 まぁ、推理というより、飛躍した想像と言えなくもないのだが、ただそれが楽しい。謎の別荘のなかでひたすら推理。また、大学生4人が集まって、和気あいあいとたわいもないことを酒の肴に盛り上がるという状況も心地よいと感じられるのかもしれない。さらには、推理の着地点もそれなりにうまくいっていると思われた。とにかく楽しいミステリ作品。


死者は黄泉が得る   6.5点

1997年01月 講談社 講談社ノベルス
2001年02月 講談社 講談社文庫

<内容>
 死者を放り込むと記憶を無くした状態で再び生き返ることができるという機械“MESS”。その機械がある館に次々と訪れる人々はMESSにかけられ、館の住人は次々と増えていくこととなり・・・・・・
 同窓会で久しぶりに会ったクリスティン・ジョーダン、マーカス・ニューボーンら5人。その出会いを果たした次の日、何故か彼らは殺人事件に巻き込まれ、次から次へと何者かの手によって・・・・・・

<感想>
 西澤氏の初期作品を再読。内容はよく覚えていなかったのだが、改めて読んでみるとなかなか面白い作品であった。

 物語は、死者がよみがえりながら次々と住人を増やしていく謎の館の話と、同窓会後に起きた連続殺人事件を追う話の二つのパートが同時進行していく。謎の館の話は、何故か時系列を逆に話が進んでいく。そして、その謎の館の人員と、連続殺人事件のパートに共通と思われる人物がいることから、どこかで話が交錯するのであろうと予測できる。

 最初、話は館の方が主で、連続殺人事件の方が副かと思ったのだが、徐々にページを割く分量が入れ替わり、やがて連続殺人事件のほうが物語のメインパートのような様相をていしていくことに。そして最後に全ての真相が・・・・・・

 話が進むにつれて、予想外の展開がどんどんと続く。まるでこちらの予想の全てを裏切るように話が進んでいくところが面白い。何気に連続殺人事件の真相はさほどたいしたことがないように思えたのだが、読み手側の予想に対する裏切りっぷりが光る作品という感じであった。


仔羊たちの聖夜(イヴ)   6点

1997年08月 角川書店 カドカワエンタテイメント
2001年08月 角川書店 角川文庫

<内容>
 飲んでから解くか、解いてから飲むか。酩酊推理の合体パワーが炸裂キャンパス三人組、通称タックこと匠千暁、ボアン先輩こと辺見祐輔、タカチこと高瀬千帆が初めて顔を合わせたのは一年前のクリスマスイヴ、居酒屋でのコンパでのこと。その日、クリスマスプレゼントの交換をと全員コンビにへ向かい、買った品々をビニール袋に集めている最中、真上のマンション最上階から、一人の女性が飛び下りてきた。
 一年が経ったところで、ビニール袋の中に一つ残っている”プレゼント”が見つかり、自殺した女性のものなら遺族に返そうということに。が、女性の身元をたどるうちに、五年前の同じ日にも、同じ場所から”プレゼント”を手に飛び下り自殺した若者がいたとわかり・・・・・・


スコッチ・ゲーム   6点

1998年03月 角川書店 カドカワエンタテイメント

<内容>
 おなじみタックたちが取り組むタカチの過去の事件。タックらが安槻大学へ入る前。郷里の高校卒業を控えたタカチが学園の寮へ帰ってくると、同性の恋人が殺されていた。容疑者は奇妙なアリバイを主張した。犯行時刻、自宅マンションの入り口で不審な人物とすれちがった。その人物は酒のにおいをぷんぷんさせ、手に一本の高級スコッチ・ウイスキーを下げていた。つけていくと、川原に出、ウイスキーの中身をすべて捨て、川の水で中をすすいでから空き瓶を捨て、去ったと。そして、さらなる第二の惨劇が・・・・・。タックたちは、二年前の悲しみの事件の謎を解き、犯人を指名するため、雪降りしきるタカチの郷里へ飛んだ。


ストレート・チェイサー   6点

1998年04月 光文社 カッパ・ノベルス
2001年03月 光文社 光文社文庫

<内容>
 リンズィは離婚した後、娘を女手ひとつで育てるシングルマザー。そんな彼女はストレス発散のために入ったバーで、名前も素性もわからぬ二人の女性と意気投合する。話をしているうちに、いつの間にか彼女は交換殺人ならぬ、トリプル交換殺人の計画を約束させられる羽目に。リンズィは酒の勢いにのって、つい職場の上司であるウエイン・タナカの名前を殺害相手に指名してしまった。その翌日、そのウエイン・タナカの家で他殺死体が発見される。しかも密室という状況で! あわてるリンズィをしり目に、さらなる殺人事件が続くこととなり・・・・・・

<感想>
 久々の再読。“最後の一行で読者はのけぞる”といううたい文句の元、発売された作品であり、そのうたい文句が決して大げさなものではないということを保証したい。

 その最後の一行に関しては印象が強いので、覚えていたのだが、この作品が交換殺人事件を用いた内容だという事はすっかり忘れていた。さらにいえば、一見、ここで起きる事件は主人公とも言えるリンズィとは関係のなさそうな、外側で起きているように感じられる。しかし、実はそれらの事件はリンズィ自身に密接にかかわるものであることが徐々に明らかになってゆく。

 この作品、最後に明らかになる真相を読むと、そんな馬鹿な! と感じてしまうかもしれないが、それを知ったうえで読み直してみると、あぁ、なるほどと思えてくるように作られている。なかなかの怪作であると思われる作品。


猟死の果て   6点

1998年06月 立風書房 単行本
2000年12月 角川春樹事務所 ハルキ文庫

<内容>
 卒業を間近に控えた青鹿(おうが)女子学園の生徒が、<市民公園>で全裸死体で発見された。性的暴力および強盗目的の痕跡がないことから、動機として怨恨の線が強まるのだが、捜査中に同じ青鹿女学園の、同じクラスの生徒が全裸死体で発見されてしまう。そしてさらに第三の事件が・・・・・・。名門女子高に潜む殺意とは一体何なのか?

<感想>
 事件においてのいろいろな証拠や要素が多く、一見、それらの内の多数はレッドヘリングではないかと疑ってしまう。しかし、それらが見事に一つに収束し、一つの解答を導き出してしまうのは見事である。

 事件の結末も、たぶんこれのみを持ち出されても、納得のいかない解答であるかもしれない。しかしその解答へといたる話の持っていき方によって、納得させられる答えとなっている。登場人物たちがやたらと病理的で、普通では思っても口にすることはない、神経剥き出しの訴えが、あまり心地よいものではなく、少々うんざりさせられてしまうところもある。しかし、それがまさに今回の作品の主題であり、著者の新境地へ取り組みでもあるのだろう。

 だけど最近、西澤氏の話は妙に暗い物、人の暗い部分を取り扱ったものが多いが、一歩間違えて社会派の方へとは踏み切らないようにしてもらいたい。


ナイフが町に降ってくる   5.5点

1998年11月 祥伝社 ノン・ノベル
2002年03月 祥伝社 祥伝社文庫

<内容>
 女子高生の真奈がなんとかあこがれの先生に近づくきっかけを得られないかと、教師の家の周辺をうかがっていた時、突然周囲の時が止まった。すると一人だけ普通に動いている男に出会うこととなったのだが、その男の前には刺殺体が転がっていた。その男、末統一郎が言うには、彼が“謎”に遭遇すると、突然時が止まり、その“謎”を解き明かさなければ、時間は元に戻らないという。しかも、そのとき必ずだれか一人を巻き込んで今うといい、それが今回は真奈になったということなのだ。二人は事件の謎を解き明かそうと町を巡ると、次々とナイフに刺された人々を発見することとなり・・・・・・

<感想>
 この作品はノン・ノベル版で読んだので、20年前に読んで以来ということになる。これも感想を書いていない作品であったので、久々に再読。

 時間が止まっての謎解きというような状況は憶えていたのだが、細部に関しては全く覚えていなかった。謎を解かなければ、時が止まった状態から逃れられないという不思議な体質を持った男と、共に閉じ込められた女子高生が謎に挑む。そして二人が挑む謎は単純なものではなく、複数の人々がほぼ同時刻にナイフで刺されているという不可思議な謎を解き明かさなくてはならない。

 趣向は面白いのだが、謎自体が特殊過ぎる故に、どうしても犯行方法が限定されてしまっている。それゆえに、真相もあまり驚くほどのものではないのかなと。それでも、真相が明かされれば、最初に戻って流れを確認したくなるという魅力は持ち合わせている。

 設定は面白いと思われるが、この作品以来続編が書かれていないところを見ると、なかなか扱いにくい設定の作品であったのかなと。今となっては、隠れざるSF系ミステリの珍品といったところか。


黄金色(きんいろ)の祈り   6点

1999年03月 文藝春秋 単行本
2003年11月 文藝春秋 文春文庫

<内容>
 中学生の僕が在籍している吹奏楽部でアルト・サキソフォンが盗まれるという事件が起こった。そしてその事件の後、僕のトランペットまでが盗まれる。僕が高校生になり吹奏楽部に入部してからしばらくたったころ、中学生の頃の事件を引きずるように部室からアルト・サキソフォンが盗まれるという事件がまた・・・・・・。そして事件はその後に、とある形に発展してゆき・・・・・・

<感想>
 著者である西澤氏の経歴をある程度知っていると、この本を読んだとき、これは私小説ではないかと感じる人も多いのではないだろうか。別にはっきりと述べられているわけではないので真偽はわからないのだが、少なくともある程度は著者が若かりし頃を振り返って感じた思いというものが込められている気がする。

 そして全体的な印象を述べれば、その私小説めいた部分が多すぎるように感じられる本であった。本書におけるミステリー的なパートは学生時代に起こる事柄である。それならば、その時期あたりに焦点をあてて書いてもらえればよかったのだが、時間はかなり大きく流れることになる。とはいうものの、著者からすればそれを大人になってから振り返るという点が重要であったのだろう。もしくは、これは人生において中途半端な時点では決して振り返ることのできないものであるという考えのもと、書かれたものなのかもしれない。

 ミステリーとしては薄く感じられたものの、西澤氏の本を追ってきた自分にとっては非常に興味深い内容の本であった。


依 存   6点

2000年07月 幻冬舎 単行本

<内容>
 タックこと匠千暁は以前から懇意にしている白井教授の奥さんをみて驚愕した。彼女のことを知っていたかのように!!
 タックはタカチこと高瀬千帆に衝撃の事実を告げる。「あのひとは僕の母なんだ」と。さらに「ぼくには双子の兄がいて、彼女が兄を殺したんだ」と。

詳 細

<感想>
 “依存”なんていう言葉はふだんあまり使うものではないが、受験の時の単語帳にかならず載っていたのを覚えている。“依存”という言葉は“頼る”というような意味でとらえていて、良いイメージがある言葉のように感じる。だがこの小説の内容では悪意のある“依存”というように感じられたので、“寄生”(これでも微妙なずれをかんじるのだが)というタイトルでもなどと考えたのだが・・・・・・

 この話しは匠千暁らが登場する一連のシリーズであり、話しとしても前作の「スコッチ・ゲーム」以後の話しとなっている。ただ、今作は今までのような論理的な推理を繰り返す内容とは異なった印象を受けた。作中ではいつものようにお酒を呑みながら、日常に起きた不思議な出来事を討論する場面も出てくるのだが、それも完全に結論づけずに終わらせたりと尻切れトンボの部分が目立った。

 さらに、話しのメインになる部分も、要は告白だけで終わっているのである。たしかに一つの物語としては衝撃的であり、面白かったりもするが、西澤氏の作風に期待しているいつもの小説とはちょっと違う。匠千暁シリーズの代名詞が“陰惨な過去からの解放”ではなく、あくまでも“論理的な推理による討論”でいてもらいたいものであるが。


なつこ、孤島に囚われ。   5点

2000年11月 祥伝社 祥伝社文庫

<内容>
 異端の百合作家・森奈津子は、見知らぬ女に拉致され、離れ小島に軟禁された。だが、以外にも上機嫌だった。紺碧の海は美しく、毛蟹は食べ放題で、まさしくパラダイス。彼女はこの島を<ユリ島>、向かい側に見える島を<アニキ島>と名付け、誘拐を満喫していた。一週間後、アニキ島で死体が発見された!妄想癖の強い奈津子は“とんでもない推理”を打ち立てるが・・・・・・

<感想>
 西澤保彦氏、女性願望発覚!?
 はたまた、西澤保彦氏、バイセクシャルだとカミングアウトか??
 もしくは、西澤保彦氏、ポルノ作家デビュー!!
 いいえ、やっつけ仕事とはいわせません!!!
 西澤保彦氏による笑劇の問題作。男はなぜアニキ島で腰を振るのか???


転・送・密・室   6点

2000年12月 講談社 講談社ノベルス

<内容>
 分身・時間移動・未来予知・・・・・・密室やアリバイどころか、ミステリーの世界観そのものを破壊する諸要素が存在するのに、「論理的解決」は有り得るか!? 超能力犯罪と対決するのは、三つ編みにリボンをつけた中学生にしか見えない美少女・神麻嗣子と売れないミステリー作家・保科匡緒!

 「現場有在証明」
 「転・送・密・室」
 「幻視路」
 「神余響子的憂鬱」
 「<擬態>密室」
 「神麻嗣子的日常」

詳 細

<感想>
 おなじみのシリーズの続編(またはつじつま合わせ?)に当たる短編集。今回はいままで存在さえあらわにされていなかった<チョーモンイン>たちの支部や他の<チョーモンイン>たちまでもが登場する。これからいよいよ話も佳境に入って行くのか!?

 内容はいつもどおり、ある超能力をもった犯罪者がからむ事件。西澤氏の作品というのは、なにか事件が起きるとそれに対して、さまざまな仮定と推論が繰り返され結末にたどり着く、というのが(特に匠千暁のシリーズ)作調だと感じている。ただ、短編でそれをやろうとすると、ページ数のせいで間にくるはずの討論がなく、いきなり結末がきてしまうことになる。特に神麻嗣子のシリーズは事件以外の説明にページがとられるので、それが強調されてしまう。というわけで、事件の推理を保科がするのだが、いきなり突飛な推理が繰り出されることになる。確かに、事件をうまく説明する結果とはなっているのだが、話が飛躍しすぎる感があるのは否めない。とはいいつつも面白いのは確かなのだが・・・・・・


謎亭論処(めいていろんど)   6点

2001年04月 祥伝社 ノン・ノベル

<内容>
 女子高教師の辺見祐輔は、忘れ物を取りに戻った夜の職員室で、怪しい人影に遭遇した。その直後、採点したばかりの答案用紙と愛車が消失。だが二つとも翌朝までには戻された・・・・・・。誰が? なぜこんなことを? やがて辺見の親友タックこと、匠千暁が看破した意外な真相とは?

 「盗まれる答案用紙の問題」
 「見知らぬ督促状の問題」
 「消えた上履きの問題」
 「呼び出された婚約者の問題」
 「懲りない無礼者の問題」
 「閉じ込められる容疑者の問題」
 「印字された不幸の手紙の問題」
 「新・麦酒の家の問題」

詳 細

<感想>
 私には、西澤氏の短編ではその論理的な謎解きや導き出される結論よりも、その事件の状況が一番面白く感じられる。毎回、数々の奇妙な状況を良く作り出せるなと、感心させられてしまう。今回の短編でもそんな奇妙な事件が乱立する。「呼び出された婚約者の問題」「消えた上履きの問題」「閉じ込められる容疑者の問題」など非常に興味をそそられる状況が見事に作り出されている。こういった、設定の妙というのが西澤氏の本にある。

 ただし、その状況の妙が作品の良し悪しにつながっているかというと、そうともいえない。まず一つには、全編を通して結末に後味の悪さがあることだ。これは別に作品の良し悪しでなく、好みの問題になってしまうかもしれないが、私はあまり好きになれない。また、「閉じ込められる容疑者の問題」などは、もっとひねれば、もっと面白い結末になるのではないだろうかと感じたりもした。このように結末がちょっとはずれた無難な結末に落ち着いてしまうもの足りなさをどうしても感じてしまう。

 それにしても酩酊推理とはいうものの、どう読んでも酔っ払っているようには感じられないんだけどなぁ・・・・・・


夏の夜会   6点

2001年09月 光文社 カッパ・ノベルス

<内容>
 同級生の結婚を機に二十年ぶりに顔を合わせた面々。二次会へと繰り出し、酒を飲みながら昔の話に花が咲く。そして誰からともなく話したことがきっかけで、小学校の頃の“鬼ババア”と呼ばれてい担任のことと、その夏に起きた殺人事件のことを思い起こすことに。錯誤と真実の発見が繰り返され、捻じ曲げられた記憶が徐々に正しいものへと導かれ始める。そして彼らが到達した二十年前の真実とは!?

<感想>
「謎亭論処」で見せた酔っ払いの推理(たわごと?)長編版。といっても今回の題材は推理というよりも記憶である。皆がいかに都合のいいように記憶を捻じ曲げていたか、ということを事実と思われる事象を元に、正しいものへと組み立てなおすといった内容。

 結局は、最後まで到達しても根拠もはっきりしなく、推測的であり、これも都合のいいようにまとめあげているように思える。しかし、その過程の部分は結構面白く、ページをめくる手を休ませない。推理小説というよりは、一種の一夏の昔を忍ぶ大人の物語、とでもいえばいいのだろうか。




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