<内容>
賀茂由香里は、人の強い感情を読みとることができるエンパスだった。その能力を活かして阪神大震災後、ボランティアで被災者の心のケアをしていた彼女は、西宮の病院に長期入院中の森谷千尋という少女に会う。由香里は、千尋の中に複数の人格が同居しているのを目の当たりにする。このあどけない少女が多重人格障害であることに胸を痛めつつ、しだいにうちとけて幾つかの人格と言葉を交わす由香里。だがやがて、十三番目の人格<ISOLA>の出現に、彼女は身も凍る思いがした。
<内容>
北島早苗は、ホスピスで終末期医療に携わる精神科医。恋人で作家の高梨は、病的な死恐怖症(タナトフォビア)だったが、新聞社主催のアマゾン調査隊に参加して戻ってきてからは、人が変わったようになり、あれほど怖れていた『死』に魅せられたように、自殺してしまう。さらに、調査隊の他のメンバーも、次々と異常な方法で自殺を遂げていることがわかる。アマゾンで、いったい何が起きたのか? 高梨が死の直前に残した「天使の囀りが聞こえる」という言葉は、何を意味するのか? やがて不可思議な死は、調査隊のメンバーに関わらず、一般の人々さえも巻き込んで行く。『地球(ガイア)の子供たち』というホームページによるチャットから、体験セミナーという手段によって。前人未到の恐怖が、いま社会を襲おうとしていた!
<感想>
前半のありがちな導入も、後半の異常ともいえる恐怖に色あせてしまう。それほど後半の描写は衝撃的である。これはさすがに映画化はされないだろう。
圧倒的な恐怖をまとう作品であるが、前半から後半へ至る過程があまり繋がっていない。その部分が説明文であったりと、沸きあがってきた恐怖感がそこで、中断されてしまう。ここは徐々に恐怖がせまりくるというよう、不吉な羽根音が徐々に鳴り響くように、うまくつなげて欲しかった。
また、主人公の設定がいまいちだったと思う。精神科医の早苗が事件を追っていくことになるのだが、途中から、なんのために事件を追っているのかということがあいまいになってしまったような気がする。また、精神科医という設定もどこまで活用できたのだろうか・・・・・・。もう少し、主人公にも栄えてもらいたかった。
素材は逸品であったので、もっと効果的な盛り付けが欲しかったといったところか。それでも十分に恐いんだけどね。
<内容>
藤木芳彦は、この世のものとは思えない異様な光景のなかで目覚めた。視界一面を、深紅色に濡れ光る奇岩の連なりが覆っている。ここはどこなんだ? 傍らに置かれた携帯用ゲーム機が、メッセージを映し出す。「火星の迷宮へようこそ。ゲームは開始された」それは、血で血を洗う凄惨なゾロサム・ゲームの始まりだった。
<内容>
櫛森秀一は母と妹の三人で暮らす高校生。しかし離婚したはずの元の父親が我が物顔で彼らの家の中をのさばり始めたとき、幸福は音をたてて崩れ始める。高校では普通の学生としてすごしながらも秀一は、ひとつの完全殺人計画を立て始める。罪と罰、学校での生活、恋愛、家族の絆、そして心に燃え立つ青い炎。それらが秀一の心を慰め、そして蝕みつづけ、そして・・・・・・
<内容>
介護会社の社長が社長室で何者かによって殺された。午前中、社員による介護ロボット“ルピナスV”デモがあり、その後昼休みの休憩中の出来事であった。しかし、社長室へ入るには暗証番号が必要なエレベーターを使い、監視カメラが見張る廊下を通り、秘書室の前を通らなければならない。警察の調べによれば不審なものが立ち入った形跡はないという。いったいどのような方法によって、この犯罪はなされたのか? 弁護士の青砥純子が防犯コンサルタント榎本径の協力を得て、密室殺人の謎に迫る。
<感想>
昔のミステリに比べると近代社会においては“密室”というものが立ち入る余地がなくなりつつあるように思える。それは“密室”自体が無くなったわけではなく、機械的な技術が発達したことによって道具による密室性がたかまり、その裏をかく方法が難しくなりつつあるからであろう。しかし、本書はそうした近代的な技術による“密室”に真っ向から立ち向かったミステリとなっている。
その近代技術に対すべく、さまざまな密室の破り方が本書では考えられている。そのひとつひとつが注目すべきものになっており、それらの没になったトリックを使えば短編集ができるのではないかというほどのものである。科学技術の裏をかく方法をこれだけ見せつけられると、まだまだ“近代的な密室”というものが多くの可能性を秘めているのではないかと期待してしまう。まぁ、見方を変えれば“密室トリック”というよりは“泥棒テクニック”という気もしなくはないのだが。
本書は第1部と第2部に分けた構成をとっている。第1部では殺人事件が起き、その事件に対する検討がなされてゆく。そして第2部では、こちらは“密室ミステリ”とはまた異なる展開がなされることとなっている。よって、本格推理小説としては第1部の勢いのまま進めてもらいたかったという気がしないでもない。そういう観点から見れば第2部は「長すぎる解答編」という言い方もできるかと思う。そのへんは読む人によって賛否両論があるかもしれない。ただし、第2部のほうがリーダビリティがあるということも確かなのだが。
私見からすると本書は“これこそ21世紀の本格ミステリである”という内容であると感じられた。これはこれからの本格ミステリの可能性を期待させるものであり、ミステリ界においても大きな意味を持つ小説であると言っても過言ではないだろう。
そして何よりも、本格ミステリとして、またエンターテイメントとしても優れているといえる本書は今年の目玉といえる作品であることは間違いない。ぜひともお見逃し無く。
<内容>
(省 略)
<感想>
考えてみたものの、<内容>に関しては省略することにした。こんな作品のあらすじ、一言ではとても書き表せない。
近年「硝子のハンマー」「青の炎」といった作品が書かれていたためか、貴志氏のことをミステリ作家と認識してしまっていたが、よく考えてみればホラー小説大賞にてデビューした作家である。以前描いていた「クリムゾンの迷宮」あたりを思い起こせば、今回のような作品が描かれたということも決して不思議なことではないのであろう。
本書は遠い未来に住む人類を描いた作品となっている。はるか昔に比べれば人口が大幅に減少しているものの、ひとりひとりが超能力を有しており、村や町そのものが宗教団体のようにもとれるような閉鎖的な社会のなかで人々が生活をしている。しかもやたらと情報統制が厳しくもあり、実社会と比べるとやや退化したような生活をおくっているようにさえ感じられる。そんな村の中で生活を送る渡辺早季という女の子が主人公となり、終始彼女の視点で物語りは語られてゆく。
さらに、この世界に登場する生物群がこの作品を大きく特徴付けるものとなっている。想像もつかないような奇怪とも取れる生物が多々登場し、奇妙なかたちで主人公らに関わってゆくこととなる。そんな中、物語中において大きな存在となっていくのが“バケネズミ”という生き物。読んでいる最中誰もが感じるのではないかと思うのだが、これらの存在こそが主人公達人類よりも、よほど人間くさいと感じられてしまうのである。
こういった奇怪な未来図をこと細かく設定し、やがてその想像した世界に隠されているものを伝説や伝承、はたまた都市伝説というような風潮という形態を用いながら、秘密を徐々に紐解いてゆくこととなる。正直なところ、ここまで設定した不可思議な世界を一冊の本のみで終わらせてしまうというもの惜しい気がする。そう感じられるほどに隅々まで考えつくされた世界なのである。
そうして本書を読んでいるときに常に頭にあったのは、この作品の内容が本当に未来を想像して描いたものなのか、それともこれこそが人類の本当の過去ではないかということである。当然のことながら本書はあくまでも想像上の未来史ということで描いているものなのだが、歴史は繰り返すという言葉どおり、この作品が人類史の前にあってもおかしくないと思えるような様相なのである。特にそう感じられるのは、未来が描かれた作品であるにもかかわらず、そこに生きている人々に先端的なものよりは、どこか懐かしいというような臭いを感じ取ることができるからなのかもしれない。
まぁ、とにもかくにもよくぞここまでの物語を描いたものだとただただ感心したい。この作品は何度読んでも、その都度新たな発見や、新たな考えが湧き出てきそうなさまざまな可能性を秘めた作品といえるであろう。これこそ21世紀の問題作というべき作品ではないだろうか。
<内容>
「狐火の家」
「黒い牙」
「盤端の迷宮」
「犬のみぞ知る」
<感想>
“密室”とは、ミステリファンならば誰しもが恋焦がれるテーマのひとつといえるだろう。その実、扱いどころが意外と難しく、事件の中での密室の必要性やトリックなどと、うまく当てはめることができないゆえに凡作となってしまう作品も多々存在する。
特に現代においては“密室”というものを扱うこと自体が難しいと思えるのだが、そういった背景の中で“近代的な密室”というものを見事に描いている本作品は貴重といえよう。4編のうち、最後の一編はおまけのようなものだが、そのどれもが密室ファンをうならせる出来であるということは間違いない。
また、本書は「硝子のハンマー」で活躍した女弁護士と防犯ショップの店長が活躍する作品であるので、シリーズものとしても楽しむことができる。
「狐火の家」は日本家屋における密室殺人を描いた作品。しかもただ単に密室ではなく、家の中からかなりの重量がある金塊が無くなっているというところもポイントのひとつである。二転三転する展開、そしてラストで明かされる真相には、なるほどとうなる他はない。
「黒い牙」は数多くの毒蜘蛛が飼育されている部屋の中で起きた密室殺人を描いている。これはホラー作家ならではの力量が炸裂した作品である。また、蜘蛛を中心においた密室トリックは、色々な意味ですさまじいとしかいいようがない。
「盤端の迷宮」はホテルの部屋で将棋のプロが殺害されている事件を扱ったもの。もちろんその部屋は密室である。以前に読んだ柄刀氏の短編にもあったが、本編は犯罪者よりも被害者の知略が生かされた事件となっている。将棋士ならではの読みが密室の秘密をあらわにしている。
「犬のみぞ知る」は密室や複雑なトリックといったミステリ思考を逆手に取った作品となっている。ページ数が短いからといってあなどるなかれ。
<内容>
蓮実聖司は町田の高校にて、英語教員の職についていた。その高校で蓮実は熱心な教師として知られていた。自ら問題児を集めたクラスの担任となり、日々生徒の指導で駆け回り、教師間の問題についても積極的に仲介し、仲を取り持つということを行っていた。誰もが蓮実の評価を高める中、ひとりの女生徒が彼のことを漠然とではあるが、恐怖を感じていた。やがてその恐怖が現実のものとなり・・・・・・
<感想>
また、すごい話を描くなぁと・・・・・・これは「バトルロワイヤル」を読んだとき以来のインパクトのある小説であった。内容云々は関係なく、とにかくすさまじいの一言。
序盤は熱心な青年教師の奮闘ぶりが描かれている。自ら積極的に生徒指導をし、クラスでの小さな問題でも決して無視したりせず、きちんと解決を図ろうとする。その熱心さには目を見張るものがあるが、少々やりすぎではないかという想いにかられるのも事実である。
やがて蓮実聖司という人間の本性が読者に対して明らかにされてゆく。しかし、話の中の生徒達のほとんどはそうした気配に気づくことなく、普通に日々を過ごしてゆく。少数の人間が漠然と、どこかおかしいということに気づくものの、さすがに彼らが想像する以上の狂気にかられた人間の本性にまで気づくことはない。そして、蓮実行き過ぎた行動をとるなかで齟齬が生じてしまい、唐突に大きなカタストロフィが訪れることとなる。
昔、読んだ貴志氏の作品で「青の炎」というものがあった。これは完全犯罪をなそうと苦悩する少年の様子が描かれた作品。しかし、その苦悩に反して彼の完全犯罪は簡単には成し遂げることができないものとなっている。その自らの作品に反するように次々と完全犯罪を成し遂げてゆくのが本書の主人公である蓮実聖司。この二人の違いは、モラルにあると言ってもよいであろう。方や苦悩しながら犯罪を成し遂げようとし、もう片方は苦悩とは無縁にごくあたりまえのように犯行を繰り返してゆく。このモラルなき行動力が数々の完全犯罪を成立していったということになるのであろう。
本書でやや惜しいと思われたのは、徐々に明らかになってゆく蓮実聖司の本性について。怪物めいた人間であるということは事実であるものの、思っていたよりも俗物すぎるような気がして、そこはやや本書の趣旨に合わないのではという気がした。もう少し、“怪物”的なものを強調するような動機であったほうがよかったように思われた。
とはいえ、とにかくインパクトのある作品であることには変わりない。細かな部分など気にならなくなるような内容なので、物語に入り込んで一気読みしてもらいたい作品。事実、私は下巻は1日で読みとおしてしまった。「悪の教典」の名にふさわしい、悪魔的なリーダビリティのある作品と言えよう。
<内容>
気がつくと塚田裕史は見知らぬ部屋にたたずんでいた。その部屋には自分を合わせて18人の男女がいたのだが、全員が人間らしくない奇妙な姿をしていた。彼らはいつしか、軍艦島をモチーフとした島の上で、将棋やチェスの駒のような役割を持ち、赤の陣営と青の陣営に分かれて戦うこととなっていた。塚田と戦う相手は奥本博樹、かつて将棋の奨励会で共に戦った人物であった。先に4勝したほうが勝ちというデスゲームで塚田はこのゲームのルールを受け入れ、奥本の陣営を倒すことができるのか!?
<感想>
ここで行われるゲームは将棋やチェスというよりは、かつて“大戦略”というパソコンによるシミュレーションゲームがあったのだが、そのファンタジー版で、名前を忘れてしまったのだが“モンスターなんちゃら”というゲームを元にしているようである。6角形のヘックスマスに自軍の駒を配置し、戦いながら自軍の駒をレベルアップさせてクラスチェンジさせていき、より有利に戦いを進めていくというもの。本書のなかでもそういったルールのゲームが扱われている。
ただ、そうしたゲームをよりリアルに再現しようとすることは難しいということがよくわかる。基本的にはルールがあるものの、実際に戦っている様子を見ているとルール以外にもさまざまな手が打てそうな気がして、無限にバトルの様子が展開して行きそうに思えるのだ。例えば、駒の強弱に関係なく、実際に存在する瓦礫や物体などで相手にダメージを与えることができるのであれば、トラップにより相手を倒すこともできそうである。また、地形効果により駒の強弱も変わってきそうな気がする。
そうしたさまざまな可能性を秘めつつも、物語上ではある程度制限された中、また相手の姿がうかがいにくいという状況で死闘が繰り広げられることとなる。
ただ、本書に関してはそれだけで終わってしまっているような気がした。当然のことながら主人公たちは非現実のなかで戦っていて、ではどうしてこのような状況になっているのかということも焦点となるものの、そちらに関してはさほど納得のいく回答が得られていない。むしろ、現実世界の話の方があまりにも希薄すぎてしまっているように思われた。これであれば現実世界に関係なく、単なるシミュレーション小説にしてしまったほうが面白く感じられたかもしれない。現実と虚構とのつなげ方が不満足というのが正直な感想である。
<内容>
美人弁護士の青砥純子と防犯コンサルタント・榎本径が挑む4つの密室殺人事件。
「佇む男」
「鍵のかかった部屋」
「歪んだ箱」
「密室劇場」
<感想>
短編集としては「狐火の家」に続く2作品目であるが、前作に負けず劣らず良い内容となっている。これだけ“密室”にこだわる作品というのも最近ではあまり見られない。ここで登場する“密室”はどれもが“どのように構築したのか?”が問題となる。密室を作った理由はどれもが単に「自殺に見せたかったから」、というシンプルなもの。ということで、“HOW”に固執した密室の出来栄えを堪能することができる作品集となっている。
「佇む男」は葬儀会社の社長が唯一出入り可能なドアと重いテーブルに挟まれた状態で座ったまま死んでいるという、なんとも窮屈な状況。とはいえ、そんな状況ゆえに人の出入りは不可能とみなされる。それがとある目撃者の情報からヒントが得られ、真相へと至ることとなる。なんとも葬儀会社らしいトリックと言える作品。
「鍵のかかった部屋」が今作のベストか。新品の鍵が備え付けられた部屋のなかで、引きこもりの少年の死体が発見されるというもの。しかもドアにはテープで目張りがされていた。ドアに目張りというとカーター・ディクスンの「爬虫類館の殺人」を思い起こすが、この作品では別のトリックを用いている。二重三重にトリックを張り巡らしているところが見事である。
「歪んだ箱」は手抜き工事による欠陥住宅のなかで起きた事件。建物が歪んでいるがゆえに、内側からしか閉めることができない扉が二つ。そのなかで死体が発見される。これはバカミスと言ってよいようなトリック。欠陥住宅という特徴を見事に生かし切ったトリックと言えよう。
「密室劇場」は前作に続き、劇団内での事件を扱ったもの。いわゆるボーナストラックであり、2作目にしてもはや恒例となっているようである。たいした内容ではないのだが、他の3作品が優れているので暖かい目で見守ることができたりする。
<内容>
作家・貴志祐介が送るエッセイ集。
<感想>
貴志祐介氏がさまざまな媒体で寄稿したエッセイをまとめたもの。すべてのエッセイをまとめたというものではなく、精選したものらしい。
内容はなかなか面白い。これは下手な短編集を読むよりも楽しむことができる作品である。作中の登場人物の名前の付け方などといった小説を書く上での裏話などは特に興味深かった。
貴志氏はホラー小説大賞を受賞してデビューした作家であり、順風満帆の作家人生かと思いきや、かなりの苦労人であったようだ。なんと小説家になろうと突然サラリーマンを辞め、そこから数年かかってようやくデビューできたとのこと。よくぞ、そのような決心ができたなと、驚かされてしまった。
個人的には、もう少し時系列順にしたほうがとか、貴志氏が書いた作品発表時の出来事をまとめるとか、もう少しまとまりが欲しかったところ。まぁ、特にそういったまとまりというか、縛りがないエッセイというところが魅力的なのかもしれないが。
<内容>
小説家の安斎は、自分の雪山の山荘で目覚める。そばにいるはずの恋人の夢子はどこにもいない。不快な音に目をむけると、そこには雀蜂が! 次から次へと雀蜂が襲い掛かってくるなか、安斎は必死の抵抗を繰り広げる。車のキーが隠され、雪山の山荘から出ることができなくなった安斎は、なんとか自宅にあるものを駆使して、雀蜂に対抗しようとするのであったが・・・・・・
<感想>
文庫書下ろしの短めの作品。タイトルから想像できるとおり、雀蜂に襲われるという話。ただし、山の中とかではなく、個人所有の山荘のなかで、何者かの計略により雀蜂に襲われるという内容。
個人的には、ホラーなのかサバイバル小説なのか、どちらかはっきりさせたほうが良かったのではないかと感じられた。読んでみて、どうも中途半端な印象が残ってしまう。むしろ、完全に蜂から逃げ回るという形をとるか、もしくはさまざまなものを駆使して蜂を完全に撃退するかというほうが面白かったのではなかろうか。
最終的に、ちょこっとミステリ的なものも盛り込んでいたということがわかるが、結局それすらも中途半端なイメージを強めてしまったように思える。ホラー、サバイバル、ミステリ、さすがに全てを盛り込んで、ひとつの完成された作品を作るというのは難しいか。
<内容>
「ゆるやかな自殺」
「鏡の国の殺人」
「ミステリークロック」
「コロッサスの鉤爪」
<感想>
久々の貴志氏の新作。長編を期待していたところに短編集ということであったので、個人的にちょっとがっかりしていたものの、実際にこの作品を手に取ってみるとびっくり! なかなかのボリューム。これは、短編(というか中編)4作といっても、読み応えがありそうという期待をもたらされた。
そして読んでみると、「ゆるやかな自殺」が個人的にツボで面白いと感じられ、これは他の3作品も期待大! となったのだが・・・・・・他の3作は微妙であったかなと。何が微妙なといえば、最初の「ゆるやかな自殺」は倒叙小説となっているものの、他の3作は別に倒叙小説ではない。にもかかわらう、他の3作品も犯人があまりにもあからさま。まるで倒叙小説のように、犯人ありきで、“HOW”だけを考えさせるというような内容。しかもその“HOW”についても、「鏡の国の殺人」と「コロッサスの鉤爪」は特殊なものを用いての密室トリックゆえに読者に推理させるようなものではない。そうしたこともあって、全体的に微妙な作品という印象。
特に「ミステリークロック」については、犯人の行動があまりにもあからさまで、どう考えても怪しすぎる言動としか言いようがない。作中で、殺人が起きた後に、皆で犯人を指摘し合うというようなことをしているのだが、そこでそれまでの怪しい行動が指摘されないところがおかしいと思えるくらい。そんなわけで、読んでいて物凄く興味が冷めてしまった。
どの作品も密室にこだわっているというところには読み応えが感じられる。また、「コロッサスの鉤爪」あたりは、前代未聞のバカミストリックを楽しむべき作品なのかもしれない。期待が大きかったので、残念と感じられてしまうところが大きかったのだが、通常のミステリとしての水準は十分に達していると思われる。
「ゆるやかな自殺」 密室でヤクザの舎弟が銃で口の中を撃ち死亡していた事件。その真相は?
「鏡の国の殺人」 アトラクションとして作られた迷路の監視カメラを避けて忍び込む方法は?
「ミステリークロック」 限定された時計のある部屋でアリバイトリックはどのようにして構成されたのか?
「コロッサスの鉤爪」 海中でおきた殺人事件。気圧の壁を超える方法とは?