<内容>
「ゴムのラッパ」
「笑った夫人」
「ボートの青髭」
「失われた二個のダイヤ」
「オックスフォード街のカウボーイ」
「赤いカーネーション」
「黄色いジャンパー」
「社交界の野心家」
「恐妻家の殺人」
「盲人の妄執」
<感想>
長らくの積読となっていた1冊。この作品、何気にしっかり復刊されていて、本屋で見かけることもしばしば。それなりにファンを抱えているシリーズなのか?
“迷宮課”と思わせぶりなタイトルであるものの、そんなにミステリ的なものや、警察小説という感じはしなかった。言ってみれば犯罪小説という感じのもの。何しろ警察のスタンスも偶然による出来事により、過去の事件との関連性が見つかり、犯人逮捕につがなるという前提で描かれている。ただ、その“偶然”さえも後半になると、偶然ではなく、普通の警察捜査で犯人逮捕に至っているというような感じになっていっている。
そんなわけで見どころとしては、それぞれの短編に登場する人々が何を持って殺人に手を染めることになったのかという人生の道筋について。その多くは男女関係のもつれを描いたものがほとんど。そういった犯罪に至るディテールを描いた小説としては、つい最近読んだばかりのクロフツの短編集「殺人者はへまをする」を思い起こす。
全体的に劇的な物語というわけでもなく、ミステリ的に栄えているというようなものでもないので、地味な犯罪事件簿として捉えてもらえたらと。
<内容>
メレワース学院にて、毎年恒例の同窓会が開催された。さまざまな職業のものが集まる中、今回の目玉は数々の戦いで功績を治めたガースタング大佐が出席することである。しかし、当の大佐はとてつもなく鼻持ちならない人物で、いたるところで騒動を巻き起こすこととなる。そんな大佐の性格が災いしてか、同窓会にて銃による殺人事件が勃発する事に! 同じく同窓会に呼ばれ出席していたロンドン警視庁のチャールトン警部が見出した真相とは・・・・・・
<感想>
意外ときちんとした論理的な推理が展開されているミステリとなっていたので驚かされた。ラストにおける展開もなかなか考えつくされたもので、綺麗に出来上がった本格ミステリ小説といえるであろう。
ただ、残念なのは事件が起こるまでの展開が長すぎ、そしてその分、事件が起こってから解決するまでの展開があっさりしすぎているということ。このへんはもうすこし分量の調節ができていれば、さらにより良い内容になったのではないかと思える。
ただ、これだけの内容の作品を書いていて、もし、これ以上の代表作というものがあるのなら、この著者の作品をもっと読んでみたいと感じられた。古き英国の同窓会の雰囲気がうまく描かれている小説となっており、それなりに見るべきところのあるミステリ作品といえるであろう。
<内容>
ウォーレン・クランフォードは、20年前の大学時代、仲の良い友人3人と共に過ごし、“四人のキツネたち”などと呼び表して青春を謳歌していた。その後4人は別々の道を進むものの、毎年の夏にはルーン・レイクで顔を合わせていた。その4人があつまる直前、4人組のうちの一人が事故により死亡した。彼の死を悼み、ウォーレンは今年もルーン・レイクにやってきたのだが、そこでさらなる殺人事件に遭遇する。何故、“四人のキツネたち”のメンバーが狙われることとなったのか? ウォーレンは甥のケントと共に犯人を正体と目的を暴こうとするのであったが・・・・・・
<感想>
このケネス・デュアン・ウィップルという作家について名前を聞くのは初めてだと思いきや、以前扶桑社文庫から出た“昭和ミステリ秘法”にて横溝正史が訳した「鍾乳洞殺人事件」を書いた作家であるということをあとがきによって知らされる。どうやらこの作家、長編は3作品しか書いていないようなので、日本でもあまり知られていないらしい。
そして本書であるが、ホラー系のサスペンスミステリといった内容。湖の避暑地に集まったものたちが、次々と何者かに殺害されていくというもの。ただし、閉鎖された場所というわけではないので、本格ミステリっぽさは欠けている。
登場人物それぞれが精神的に情緒不安定であり、どの証言を信じて良いのかわかりにくく、厳密な犯人当てという感じではなかった。精神的に混乱したままの状況でどんどんと話が進んでいくという展開。それでも、真相が明かされる一歩手前くらいのところでは、解決が本格ミステリ風であり、これは見どころがあるのでは!? と感じられた。しかし、最終的な結末が明かされ幕が閉じると、平凡なミステリとして終わってしまったなという感じ。そういったところがなんとなくもったいなかった。最後の真犯人あたりをもう一捻りしてくれれば、もっと読みどころがある小説になったのになと感じられた。
<内容>
キャンプ場にて、いくつかの恋愛騒動が持ち上がり、諍いが起こる。それはやがて殺人事件へと発展する。殺害された男は、その妻を巡る恋のさや当てにより殺害されたのか? それとも被害者がちょっかいをかけていた女性に対し、怒りを覚えた者による犯行か? さらには、被害者を付け狙うギャングの存在までが・・・・・・。休暇でキャンプ地に来ていたスコットランドヤードの刑事、トレヴァー・ディーンが事件調査に乗り出す。
<感想>
何とも惜しいと感じられる作品。内容は普通のミステリという感じ。ただ、そうしたなかで探偵役のトレヴァー・ディーンという刑事が魅力的で、これはなかなか楽しめるのではないかと期待させるような登場を果たしている。まるでシャーロック・ホームズばりの推理を見せて、ワトソン役である作家を驚かせるところはなかなかのもの。
ただ、中盤に入ると、その探偵役であるディーンの魅力を見せつけるところがほとんどなくなってしまったのが残念なところ。また、殺人事件がひとつだけ、ということもあり、中盤の捜査の場面がちょっと退屈な感じになってしまったかなと。
被害者は、何かの存在に脅えているという様相のみならず、キャンプ地内ではさまざまな痴情のもつれによる諍いが起こっていた。そうしたなかで、何故に被害者は殺害されたのか? そして誰が? 事件当時アリバイがない者は? といったことが焦点となっているミステリ。
探偵役のものが、もっと非凡な活躍を見せれば、さらに注目されそうな作品になったのではないかと思われて、ちょっともったいなかったかなと。
<内容>
アモリー家に伝わる由緒ある屋敷、ローン・アベイ館。昔その館で殺人事件が起こり、今は誰も住む者がなく荒れ果てるままとなっていた。その屋敷を前内務大臣であり、アモリーの血を継ぐウィルフレッド・アモリー卿が買い取ることに。アモリー卿の甥であるテレンス・ダークモアは屋敷の下見に来ていた。するとそこで、謎の美女“灰色の女”と劇的な出会いを遂げる。女は何故か必要にアモリー家と接触をはかろうとし、気に入られようとする。そして、テレンスのほうも“灰色の女”に恋をし、夢中になっていく。やがてローン・アベイ館に新たに住むこととなったアモリー卿やテレンスを巻き込むさまざまな事件が起こることとなる。その中心にいる“灰色の女”の目的とはいったい何なのか?
<感想>
これは思いもよらぬ収穫と言えよう。分厚い本なので、つい敬遠してしまっていたがもっと早く読んでおけばよかった。本書が描かれたのは1898年ということで「月長石」や「ルルージュ事件」などと比べれば、そこまで古くはないのだが、そういった系譜を継ぐ代表的な古典ミステリ作品と言ってよいであろう。
また、この作品はさらなる曰くをもっている。それはかつて黒岩涙香が「幽霊塔」という題で翻案し、それをさらに江戸川乱歩が新たなる「幽霊塔」としてリライトしたことである。しかも、その原書となる作品が長い間はっきりしなく、1980年代半ばになりようやくこの「灰色の女」という名が知られることとなったのである。ただし、それがわかった後でもなかなか入手することができず、2000年になりようやく原書をおめにかかることができたのだそうである。
そうした曰くがある本なのだが、内容はミステリとしても冒険小説としても盛りだくさん。謎の屋敷に怪しげな時計塔、幽霊の伝説と過去の殺人事件、先祖により隠された秘宝、さらには現代に起こる怪事件の数々。登場人物も怪しげな者たちが多く、かなり雰囲気の出た作品となっている。さらには、恋愛小説として読むこともでき、これでもかと言わんばかりの天こ盛りの逸品。
欠点と言えば、やや主人公がおバカなところくらいか。恋は盲目というか、あまりにも猪突猛進過ぎるように思われた。また、一番残念だったのは、謎を解き明かす“名探偵”が存在しないこと。最後の最後で探偵が全ての真相を解き明かすという大団円があれば、まさに完璧としか言いようがなかったのだが。
この本が出た当時は、それほど話題にはならなかったような気がする。しかし、実際に読んでみると久々に大作を読んだと充実することができる稀有なものであった。過去に日本風にリライトされた「幽霊塔」という作品があるので、それを読んだ人にとっては冗長に思えたとか、新鮮味がなかったとかいったことがあったのかもしれない。個人的には、埋もれてしまうのはもったいないと思える作品。古典ミステリ好きな人は是非とも一家に一冊!
<内容>
サンフランシスコの夜。ハリー・ジョーダンが働くカフェにひとりの女が訪れる。文無しでハンドバックを失くしたという女ヘレンをハリーは放っておくことができなくなり、彼女の世話を焼くことに。その後二人は付き合いはじめ、ヘレンが持っていたなけなしの金を頼りに、ハリーは仕事を辞め、一緒に暮らし始めるのであったが・・・・・・
<感想>
各種ランキングで2016年の注目作品としてとりあげられていた作品。ノーマークの作品であったので、慌てて購入して読んでみた。ただ、これはあまりにもマニアック過ぎるような・・・・・・
内容は波乱万丈なミステリというようなものでは決してなく、男女の生活のありさまが欝々と続いてゆくもの。印象としては、ジョルジュ・シムノンの普通小説を読んでいるような感じ。特に事件というようなことが起きるわけでもなく、楽をして暮らしてゆきたいという女(決して贅沢をしたいとか、悪女といった感じではない)と、そんな女を抱えたことに悩む男との物語。
本書の大きな特徴としては、最後の最後で明かされるとある事実。これについては、似たようなものを別のミステリ作家の作品で読んでいたので、驚きはさほどではなかった。ただこの作品は、二度目に読み返すと、一度目に読んだ時とは異なる視点で見ることができるものとなっている。
ただ、サスペンス的な展開を期待できる作品ではないので、万人向けというものではないだろう。なんとなく大人の小説というような味わいの作品。
<内容>
気ままな生活を送る遊び人ユースタスは、借金をかさねて零落の機器にあった。折りもおり、親戚の水死事故の報を耳にした彼は、莫大な富を有する一族の長老、パラディス卿の財産相続権を狙って、立ちふさがる上位相続人の殺害を決意する。思いがけず標的の従兄から鹿狩りに招待され、計画は順調に進むかにみえたのだが・・・・・・
<感想>
なかなかおもしろい本である。ミステリーというよりは、遺産相続をめぐるどたばた劇というないようの物語といったほうが良いのかもしれない。とはいいつつも、ラストにはそれなりの展開をちゃんと用意してもいる。
感心するのは非常に分かりやすいということだろう。遺産相続というややこしくもなりかねない話をかなりわかり易く描き、展開自体にも無理なく読者にもわかりやすく進められていく。
ラストも十分納得のいくものとなってはいるのだが、もう一章ぐらいサービスで付け足してくれてもよかったのではないかと思う。
<内容>
ブロードシャー州警察本部長スコール大尉は復讐を誓う元服役囚に脅かされていた。20年前、森番殺しの罪で裁判にかけられた男は、大尉の証言によって重罪にされたのを恨み、殺人予告まがいの手紙を送りつけてきたのだ。そしてついに、警察本部内に二発の銃声が響きわたった。白昼、執務室で本部長が射殺されるという大事件、しかも厳戒態勢にあった現場から犯人の姿は煙のように消え失せていた。元服役囚の追跡に全力をそそいだ地元警察の捜査が完全に行き詰まったあと、スコットランド・ヤードから派遣されたプール警部は、第二の、恐るべき可能性を模索し始める。
<感想>
事件前の発端から事件発生、そしてその捜査へとスピーディーな展開で読者を惹きつける。そして主人公ともいうべきプール警部の新たな捜査が始まり、異なる視点から事件の捜査が掘り起こされる。前半の展開に比べて、後半にはプール警部が捜査に行き詰まりつつあるのと同様に話の展開も少々行き詰まりを感じてしまう。それでも全体的にうまくまとまっていて、かつ読者を惹きつける不可能犯罪にも面白みがある。
事件そのもの本部長が誰も簡単には出入りすることができない執務室にて殺されているというものである。それに対して、プール警部はまず“どうやって”犯人はその犯罪をなしえたかを調べていく。しかしそこで行き詰まりが生じてしまい、プール警部は“なぜ”犯人はこのような犯罪を犯したのかという点に捜査を切り替える。そうすると想像力というよりも地道な捜査となってしまうので、このへんで人によって好き嫌いがでてしまうかもしれない。ただ、警察小説としてとればあたりまえのことであるし、その捜査展開にも十分な味がある。
ただ、一つだけ大きな欠点としては犯人があまりにもわかりやすすぎはしないかと・・・・・・
<内容>
海辺の村ブライド・バイ・ザ・シーで貧しいながら静かな生活を送っていた画家パンセル夫妻は、ロンドンの喧騒を離れて執筆に専念するためにやってきた小説家ファインズと知り合いになる。人気作家のファインズは名うての女たらしとしてもならしていた。単調で平和な村の暮らしに次第に広がる様々な波紋。そしてある深い霧の夜、塩沢地へ姿を消した小説家は、数日後、泥の穴の中で死体となって発見された!
<感想>
思ったよりも、なかなか読みやすい小説に仕上がっている。メインとなる登場人物はさほど多くはないものの、それらを取り巻く人たちとなると数多くはなる。しかし、それらの個性がそれぞれわけられていて混同することなく読み進めることができた。また、内容もわかりやすく描かれていて、物語に惹きつけられたまま読み通すことができた。
ただ、これは推理小説なのだろうか? というのが一番の疑問点である。ある意味“物語”で終わってしまっているともいえるのではないだろうか。本書は論理的に事件を解決するとかというものではなく、変形した“倒叙”ものといういいかたがあっているのであろう。ただ、巻頭に地図が載せられていて、さまざまな登場人物がでてきているにもかかわらず、あまりそういったものが推理小説として生かされないで終わってしまうというのは残念なのではないだろうか。ひょっとすると、それこそが著者が大きく仕掛けたものなのかもしれないが。
結局のところ、田舎町で繰り広げられる愛憎劇の顛末を描いた物語という風に読むのが一番良いのではないだろうか。
<内容>
その日、議会では汚職をめぐって、はげしいやりとりが行われた。特に厳しく不正を追求したトラント氏であったが、議会が休廷となった後のわずかな時間の間にナイフによって殺害されたのであった! 議会から人がいなくなり、トラント氏のみが残されたわずかな時間の間に、彼を殺害する事ができたのは誰なのか?
<感想>
議会で起きた殺人事件を描いた作品。動機はともかく、特定の場所、そのとき近くにいた少数の人々、ということなどから犯人の数は限定される。そのなかから誰が真犯人なのかを紐解いていくという内容である。ただし、限定された条件とはいえ、舞台となる議会は密室というわけではなく、何箇所からか出入りができる。さらには、その何箇所かの出入り口も、ずっと誰かが見張っていたというわけでもなく、犯行の条件というものがかなりあいまいなものと感じられた。
そう思って読んでいたのだが、犯人が明かされ、その真相が明らかにされると、これほど条件に見合うものはないとピッタリとその犯人の位置に納まるものとなっている。確かに怪しげな行動が示唆されてはいたが、あまり深くは考えてはいなかった・・・・・・。さらには、犯行をほのめかす重要な伏線も張られていて、物語は序盤から実はその人ずばりを指し示すように語られている。その証拠の指し示し方は見事といえよう。
読み通してみれば、単純な事件を描いた作品とも言えなくもないのだが、最初から最後まで一冊の推理小説としてうまくまとめられた作品とも感じられる。これは本格推理小説という名に恥じない作品と言ってよいであろう。
<内容>
元諜報部員でアマチュア騎手のリチャード・グレアム。彼は友人である出版社の社長ソーンダースから、出版社に送られてきた原稿に目を通して意見を聞かせてもらいたいと頼まれる。その原稿の著者の名はルパート・ロール。その名はグレアムの元上官であり、もう死んだはずの男であった。ロールはグレアムの親友であったにもかかわらず、彼の恋人を奪い、そしてグレアムを裏切り、殺そうとした男でもあった。昔の事件の真相を調べるべく、グレアムは死んだはずの男を捜そうとするのであったが・・・・・・
<感想>
どうしても年代を感じずにはいられないスパイ・アクション小説という印象。
冒険小説であるという事はいいのだが、主人公が冒険に挑む動機と言うか、背景と言うか、そういったものがやけに薄っぺらく感じられてしまった。もっとも昔の小説であれば長大な作品というものは少なかったであろうし、だいたいこのくらいの厚さでこのくらいの内容のものが標準であったのではないかと思う。でも、行き当たりばったりの行動(なんとなくそう思える)を繰り返し、それがそのまま話の流れとなってしまう内容には、いささか退屈さを感じたというのが正直なところ。
あんまり今更訳されなければならない作品だとは思えないのであるが・・・・・・
<内容>
スチュワーデスのヴィッキー・バーは、その好奇心の強さから、とうとうパイロットを目指すことに。休暇の間、地元の小さな飛行場を経営するビル・エイヴリーのもとで飛行機の操作の特訓するヴィッキー。すると、その小さな飛行場を巡るトラブルに巻き込まれることとなり・・・・・・
<感想>
スチュワーデス探偵ヴィッキー・バーが活躍するシリーズがあるそうで、本書はその八作目とのこと。スチュワーデス探偵ということなのであるが、この作品ではその主人公がパイロットを目指して特訓することとなり、スチュワーデス成分はほぼゼロ。新米飛行士探偵ヴィッキー・バーといったほうがふさわしい。
内容は、飛行士を目指すヴィッキーが地元の小さな飛行場にて、ビルというパイロットから操作方法を学ぶこととなるのだが、その飛行場がさまざまなトラブルに見舞われることとなる。あまり経営に向いてなさそうなビルを助けて、ヴィッキーが奔走せざるを得なくなる。
一応、ミステリ仕立てになっているものの、ジュブナイル・シリーズ作品ゆえか、その内容が非常にわかりやすい。つまり、悪そうな奴がその印象通り悪く、やりそうだなと思ったことを実際にやってしまうというもの。要するに捻りが一切なく、勧善懲悪ものといったような感じ。
このシリーズ、48年ぶりの翻訳という事であるが、待ち望んでいた人っているのかな? これを含んだジュブナイル・シリーズに関しては、別に論創海外ミステリでやらなくてもよいのではないかと思われるのだが・・・・・・
<内容>
ルイス・ブレイディングが収集した数々の宝石に対して、人々はそれをブレイディング・コレクションと呼んでいた。そのルイス・ブレイディングがある日、私立探偵のミス・モード・シルヴァーを訪ねてきた。ブレイディングは理由はわからないが何となく不吉な予感がするということで、ミス・シルヴァーに相談に来たのである。しかし、ブレイディングの尊大な態度が気に入らなかったミス・シルヴァーは依頼を引き受けずに、ブレイディングを帰してしまう。
そして、その後ブレイディングは自宅で何者かに殺されることに! 彼が殺される直前に遺言を書き換えたという事なのだが、それが原因で殺害されたのか!? 容疑はブレイディングの従兄弟に向けられることになるのだが・・・・・・
<感想>
イギリスでは有名であるらしい、老女探偵のはしりとなるミス・シルヴァーが活躍するシリーズの一冊。日本ではこの著者のパトリシア・ウェントワースの作品というものはほとんど訳されていないらしく、ようやく代表作のひとつがここに訳された・・・・・・ということなのだが、この一冊を読むかぎりでは今後、人気が高まるということはなさそうなのだが・・・・・・もう少し代表作と呼ぶにふさわしい作品はなかったものだろうか。
ブレイディング・コレクションという宝石のコレクションがタイトルとなっているのだが、事件自体があまりこのコレクションにかかわっていなかったように思える。確かに“遺産”という意味ではクローズアップされるかもしれないが、それだけにしてしまうにはタイトルとして寂しすぎるのではないだろうか。
また、事件自体もいたって平凡で、ブレイディング氏が殺害されたきり。それ以外については、サブの主人公のような女性が離婚した相手と出会って、心揺れ動く様が長々と書かれているばかり。しかも、事件が起きてからはこの女性の存在は影をひそめてしまい、そういう点でもバランスが悪いと感じられた。
そして主人公たるミス・シルヴァーもやや厳しい女性というくらいの印象しかなく、この作品の中ではキャラクター性が乏しいと感じられた。
と、そんなこんなで、色々な意味でもう一味足りなかったと思える作品。
<内容>
法では裁けぬ悪人達に死の鉄槌を下す四人組。彼らは自分達のことを“正義の四人”と呼ぶ。今回彼らが狙いを定めたのは、悪法を制定しようとする英国外務大臣。正義の四人は外務大臣が法を制定するのを止めなければ死の鉄槌をくだすと脅迫状を出す。警察らはその予告を阻止しようとするのだが・・・・・・
<感想>
エドガー・ウォーレスという名前は聞いていたものの、作品を読むのは初めて。どうやらこの作家、当時海外では知らぬものがいないというほどのベストセラー作家であったらしい。そして本書こそがそのベストセラー作家の記念すべき第一作とのこと。ちなみに、日本でも過去に何度か翻訳されたことがあるようである。
本書を読んで感じたのは、その時代におけるベストセラー作品だなということ。確かに今の時代に読んでも十分に面白い作品であるがオールタイムベストという作品にまでは到達しないのではないだろうか。
内容は正義の四人と名乗る者達が、外務大臣の暗殺を謀るというもの。今の時代にこういった作品を書くと、“テロ”の一言で終わってしまいそうな気がする。しかし、この作品が書かれた時代には、政府に対して立ち向かうという姿勢が一般市民の目には“正義”というように写ったのかもしれない。
このようなスパイものの作品は怪盗もののようにも感じられ、個人的には好みの内容。ただ一点不満をあげるとすれば、4人のうちの1人がとりあえずこの仕事に加えたというような人物であったこと。できれば、もう少しきっちりと“四人組み”という設定をしておいてもらいたかったところである。
あと、この<Gem Collection>ではまえがきとして「読者へのささやかな道案内」というものが挿入されている。“ささやか”とあるわりには、そこそこのページ数がとられており、正直言って作品を読む邪魔にしか思えないのだが、今回はそこで“スリラー”というジャンルについての説明がなされていて、それだけでも少し役に立ったかなと思われた。とはいえ、個人的にはこの“ささやか”なものは退けておいてもらえれば、もっとすんなりと作品が読めるのにと感じている。
<内容>
「淑女怪盗ジェーンの冒険」
不当に資産を持つ者たちに対し予告状を送り付け、華麗に盗みを働く淑女怪盗フォー・スクエア・ジェーンの冒険を描く。
「三姉妹の大いなる報酬」
田舎に住む三姉妹。長女は脚本家を目指し、男勝りの次女と敬虔なクリスチャンである三女、そして父親と四人でリンゴ農園にて暮らす中、ひとりの男が農場に下宿に来たことから始まる騒動を描く。
<感想>
「淑女怪盗ジェーンの冒険」については、ライトな作品かと思い、さほど期待せずに読んでみたのだが、思っていたよりも濃い内容で楽しめた。盗みの方法については、漫画レベルというような気もするのだが、怪盗ジェーンが単なる愉快犯ではなく、きちんとした目的に沿って行動していることが明かされることにより、それなりのミステリとして読める作品に仕立て上げられている。
ただ、惜しいと思えるのは短い作品ゆえに、あまり怪盗ジェーンに肩入れする気になる前に話が終わってしまうところ。読む人によって、怪盗ジェーン派か、主任警視ピーター派に分かれてしまいそう。この内容であれば、きっちりとジェーンに肩入れできるように描き上げてもらいたかったところ。
「三姉妹の大いなる報酬」は、若草物語の簡易版といった感じ。ミステリというよりホームコメディであり、とりあえず余ったページに挿入したというような作品。とはいえ、小説として気軽に面白く読めることは確かである。
<内容>
謎の組織、クリムゾン・サークル。その犯罪組織により、殺害される人々。その猛威を止めようと、ロンドン警視庁のジョン・バー警部とサイコメトラーを駆使する私立探偵デリック・イェールが必死の捜査をするのだが、犯人は彼らの手をすり抜けるようにことごとく犯行を続けていくのである。そして、その犯行現場にいつも現れる謎の女泥棒タリア・ドラモンド。彼女もクリムゾン・サークルの一員なのか? クリムゾン・サークルの猛攻を止めることのできないバー警部は退任せねばならない状況へと追い込まれ・・・・・・
<感想>
クリムゾン・サークルという謎の組織と、それに対する警官と私立探偵との戦いを描いた作品。ただ、この“クリムゾン・サークル”という組織がどうにも漠然としすぎるような。
秘密組織を追うというにしては、その組織が大きいのか、小さいのか、とにかく漠然としている。何をしたいのかもよくわからない、なんとなく殺人を繰り返して小金をかせぐ、ということをやっているにすぎないようにも感じられる。まずは、その“クリムゾン・サークル”の設定をきちんと示してもらいたかったところ。
色々な人物が物語をかき回すだけかき回しておいて、最後にはどんでん返しというか、意外な真相が語られることとなる。ただこれについても、元々の設定がきちんとしていないゆえに、意外というよりも、なんとなく程度の印象にしか残らないようになっている。
と言いつつも、全ての真相が明らかになってから、本書を読み返せば異なる印象が得られるかもしれない。全部終わって、ようやく全てがわかるというそんな感じ。ただ、肝心のクリムゾン・サークルの目的については最後までよくわからなかったのだが。それと余談ではあるが、この時代に“サイコメトラー”という言葉が既に使われていたことに驚かされた(ひょっとして意訳?)。
<内容>
「詩的な警官」
「宝さがし」
「一 味」
「大理石泥棒」
「究極のメロドラマ」
「緑の毒ヘビ」
「珍しいケース」
「投資家たち」
<感想>
公訴局長官事務所に雇われている探偵、J・G・リーダー氏が活躍する作品集。このリーダー氏、てっぺんが平らな山高帽をかぶり、サイズの合わないフロックコートを身に着け、天気にかかわらず雨傘を持ち歩く、一見頼りなさそうな外見の人物。しかし、彼は探偵として非常に優秀で、多くの犯罪者たちから怖れられている人物。
最初の「詩的な警官」は、銀行で夜警が殺され、現金が奪われるという事件。警察は唯一犯行が可能とみられる支店長を逮捕する。しかし、状況にあやふやな部分があり、リーダー氏が事件を捜査することとなる。単純なのか不可解なのかわかりづらい事件であるが、これを思わぬ形で解決してしまうリーダー氏の手腕が見事。短編集のそれぞれの作品は短めであるのだが、コンパクトながらも、うまく内容をまとめていると感じられた。
二編目の「宝さがし」は、リーダー氏がとある夫人の失踪事件を捜査しようとしたとき、リーダー氏に復讐しようとする犯罪者との諍いが起こることとなる。この二つの件を同時に解決しようとするリーダー氏の手腕が光る。
と、良質な短編が二編続いたのだが、以降の作品はどれも単調。基本的にリーダー氏と悪党との対決を描くのみで、上記にあげた二編のような工夫は見られなかった。残りの作品が最初の二編と同様のレベルで書かれていれば、非常に名高い作品集になったことであろう。他の見どころはリーダー氏とマーガレット・ベルマン嬢とのロマンスくらいか。
<内容>
資産家のジェシー・トラスミアが殺害されるという事件が起きた。しかも鍵のかけられた密室の中で! 容疑者は被害者に恨みを持っていた元の仕事仲間ウェリントンと、事件後行方知れずとなった使用人のウォルターズ。中央警察署の警部カーヴァーは、新聞記者のタブ・ホランドと共に事件を追っていくのであったが・・・・・・
<感想>
論創海外ミステリでは、だいぶお馴染みとなったエドガー・ウォーレスの作品。しかもこの作品、ヴァン・ダインの「ケンネル殺人事件」にて、参照されているといういわくまでがついているよう。
何故、ヴァン・ダインの作品にて引用されたのかというと、それは本書でも密室殺人が行われているからである。それでは、本書が本格推理小説風の作品なのかといえば、実はそういうわけではない。あくまでも、サスペンスミステリ的な作品のなかに、ちょこっと密室殺人が取り上げられているという感じの内容である。
この作品、物語としてはなかなか面白い。ひとつの殺人事件を巡って、警察の捜査が行われていくうえで、さまざまな背景が明らかになってくるように描かれていく。その過程のなかで、最初はチョイ役だとしか思えなかったレストランの中国人支配人と女優の存在が後半になるにつれ存在感が増すようになっていくところは見どころともいえよう。
なかなか面白い作品ではあったのだが、真犯人がわかりやす過ぎるところがちょっともったいないかなと。主要登場人物が少ない故に、自然に明らかになってしまう。ただ、本書はそういった犯人当てを大きな目的としておらず、終幕でなされるとある仁義に基づく行為こそが一番語りたかった部分なのであろう。
<内容>
孤独な中年女性の日常への美しくも不気味な侵入者を描いた「銀の仮面」、大嫌いな男に親友気取りでつきまとわれた男・・・・・・奇妙な関係がむかえる奇妙な顛末「敵」、大都会の暗闇にひそみ異国からきた青年を脅かす獣の恐怖を克明に綴ったモダン・ホラー的味わいの「虎」、ゴースト・ストーリーの古典的名作「雪」「ちいさな幽霊」他、名匠ヒュー・ウォルポール本邦初の傑作集。
<感想>
たぶん、今回「ミステリーの本棚」という企画にのっていなければ、この著者の作品集というのを読むことはなかったかもしれない。本書の作品はもろ手を上げて、面白いというものではないのだが、“奇妙な味わい”というべきものは確かにある。ただ、ミステリーというよりは文学的に感じられる。
おもしろかったのは、やはり代表作となる「銀の仮面」。また、ブラックユーモア的な「中国の馬」、「トーランド家の長老」がよかった。都会の孤独感を描くかのような「虎」もよい。
これらの作品群はホラーに位置するところもあると思うのだが、全編にいたって人の微妙な不愉快さをうまくとらえて描いている。それらがあまりにも日常的で、読む側にもある種の共感を唱えさせる。“親切心につけいるもの”“通勤途上でのふかいなおしゃべり”“旅先で出会った嫌いなやつ”“過剰な親切を押し付けるもの”“目の上のたんこぶの幼なじみ”そんなものたちが織り成す不快感が文学調で語られ、うまくミステリーやホラーと融合されたかのような味わいを出している。ただし、見事な書き方とはいえ、ある種退屈ともいえなくはないのだが・・・・・・
<内容>
「ジーヴズの初仕事」
「ジーヴズの春」
「ロヴィルの怪事件」
「ジーヴズとグロソップ一家」
「ジーヴズと駆け出し俳優」
「同志ビンゴ」
「トゥイング騒動記」
「クロードとユースタスの出帆遅延」
「ビンゴと今度の娘」
「バーティ君の変心」
「ジーヴズの白鳥の湖」
「ジーヴズと降誕祭気分」
(特別収録作品)
「ガッシー救出作戦」
<感想>
ミステリーにおいて“執事”といわれてすぐに思い浮かべることができるのは、セイヤーズのピーター・ウィムジイ卿の忠実なる執事バンターである。その二人の関係はいかにもわかりやすい、主人と執事という像を作り上げている。しかし、本書を読むと、その“主人と執事”という形にひびが入れられる事になる。本書では主人と執事というのは、実は主導権を握っているのは執事のほうで、その執事のさじ加減によって主人を支配しているのだと思わされる。それが優秀な執事であればあるほど、実はこの作品のような関係になっていくのではないかと疑ってしまいそうになるのである。
と、どこまでがイギリス社会における真実なのか?、とにもかくにも今までの執事像をぶちこわしてしまうユーモア作品集であるということだけは言っておきたい。また、このHPで紹介してはいるものの、別のこの作品はミステリーではないということも付け加えておきたい。
本書の特徴は前述した“主人と執事”像を皮肉ったもののみならず、ここに登場する愉快なキャラクターを楽しむためにあるといっても過言ではないだろう。
一連の作品の語り手であり、主人公は“主人役”のバーティ。この主人公もかなり変わった人物だと思われるのだが、さらに個性的な数々の登場人物により単なる凡人以下という印象でしかない(まぁ、語り役なら当然か)。
そして、なんといっても本書で異彩を放つのは当然の事、執事のジーヴズ。ジーヴズがどのような考え方を元に行動しているかは、彼自身が語り手となっている作品「バーティ君の変心」を読めばよくわかる。もし、ジーヴズ自身が語る作品がこれしかないのだとしたら、これは貴重な一編であろう。
他にも、ややバーティのイメージにより誇張されすぎているように思えるアガサ叔母さんや、女性を見ると次から次へと惚れていくジーヴズの友人・ビンゴ。また破天荒な双子のクロードとユースタス。この双子はまさかと思うが、「ハリー・ポッター」に出てくる双子のモチーフとなったのでは? と思わせるような双子である。
と、このような人物らによって、静かな日常をぶち壊すような物語が突き進められてゆく。
本書が面白いと思えるのは、洗練されたユーモアとその洗練さをぶち壊すようなユーモアが混在しているところではないかと考える。一見、品のなさそうなどたばた劇が繰り広げられながらも、どこか洗練された雰囲気を残しているというアンバランスさが魅力になっているのではないだろうか。
そして、私自身も初めてこの作品によってウッドハウスに触れた事によって、その魅力に惹きつけられたひとりである。