渚 水帆の小さな童話 No.5
夢の木
なぎさ 水帆 作
夢の木
松尾 美樹
夢の木はなんでも夢をかなえてくれる
夢の木はなんでも夢をみさせてくれる
そんな夢の木 あったらいいな
教室の後ろに張り出された、みんなの「夢のある詩」をひと通り眺めたあと、 自分の作品の前に立った。
なんだか自分の詩がクラスの中で一番幼稚に思えて、その場でひきはがして 一目散に家に帰りたい心境になった。
教壇付近では、夏休み前のクラスの中の整理がやった終わったところだった。
「この古い本いる人」
「はい」
と数本手が上がって、ひったくるようにして本は誰かさんの手提げ袋の中に入った。
「このヘチマいるひと」
クラス中から笑いがおこった。
「ヘチマもたわしに使ったらいいのよ」
中本先生の助言によって、女の子が大きなヘチマを3つに分けて持って帰った。
「それから・・・」
その時、後ろでみんなの詩を読んでいた私と中本先生の目が合った。
「松尾 美樹ちゃんにはこれをあげるわ」
中本先生の手の中には、今まで見たことがない色の種が1粒あった。
「これなんの種ですか」
「美樹ちゃんが欲しがっている夢の木に育つかもしれないわよ」
先生がふふふっと笑って、教員室に帰っていった。
さっそく育てなきゃね!
急にるんるん気分になった美樹ちゃんは、スキップで家まで帰っていった。
家に着いた時、ちょうど小粒の雨がさわさわと降り始めた。
「ちょうど雨が降り出す前に家に帰れたわね」
お母さんが冷えた麦茶をコップに入れて出してくれた。
「お母さん、学校で珍しい種をもらったんだ」
「さっそく蒔いてみましょうか。種を蒔く時は少し雨が降っている時がいいって聞くし」
お母さんと私は花壇に出て、さっきもらったばかりの種を注意して土に埋めた。
「ずっと見ていても急には育たないわよ」
お母さんが笑って家の中へ引き上げていった。私はしばらく花壇の土を見ていた。
数日経って、花壇をのぞいてみると双葉が芽を出していた。
この双葉の将来を見込んで「夢の木」と呼ぶことにした。
美樹ちゃんの欲しいものがなる木。
緑のベルトの金の時計に、赤いチェックのスカート、 歌のマイク…数え切れない欲しい物たちがみんな大きく育った「夢の木」になっているところを 想像してみた。
ふふふっ。
自然と笑みがこぼれおちて未来にぱーっと光が射したような気がした。
夏休みの自由課題はこの「夢の木」の観察日記をつけることにした。
最初、小さな双葉だった「夢の木」は夏の日差しを浴びてどんどん葉をつけ、どんどん大きくなった。
夏休み最後の日、「夢の木」にたっぷり水をやってから眠りについた。
夢の中で、美樹ちゃんが名づけた「夢の木」はむくむく大きくなって、横に伸びた枝が天井を突き破る くらいまでになった。
驚いてお母さんと猫のミーコと美樹ちゃんが空を仰いでいると、一羽のまっ白な小鳥が降りてきて さえずった。
「この木の種は、遠く遥かな緑の森から風に乗ってここまで運ばれてきたのです。 森の命はこうして受け継がれていくのです」
小鳥はそう言い残して飛び去っていった。
不思議な夢を見た———。
次の日の登校日、学校に行ってクラスの友達にその夢の話と「夢の木」の話をすると、みんなが 美樹ちゃんの家にその木を見にやって来た。
みんなが代わる代わるに水をやって、もっと大きくなるといいねと言った。
こんなにたくさんの友達が家に遊びに来てくれたのは初めてだね、とお母さんがとても喜んでくれた。
次の日の理科の授業は、森と自然の食物連鎖の話だった。
難しいようだけれど、植物も動物も 土の中の微生物まで、命はみんなつながっているという話しだった。
太陽の光と水で植物は酸素を作る、そして、動物はその酸素を吸って生活する。
そして、動物が出した二酸化炭素を今度は植物が呼吸に使う。
植物を草食動物が食べ、その草食動物を肉食動物が食べ、その動物の死体は土に還り、 微生物に分解されて植物の栄養になる。
みんなつながっているんだね。
ふと教室の窓から見上げた太陽は、誇らしげに輝いているように見えた。
こんなにみんなが支えあっている命なんだから、大切にしないといけないね。
きのう家に遊びに来てくれた、なっちゃんが隣の席から食物連鎖の字が間違っているよと ピンクの消しゴムをそっと貸してくれた。
ありがとう。
なっちゃん。
「夢の木」の種がみんなと美樹ちゃんをつないでくれているような気がした。
10年後———。
「夢の木」はすっかり大きくなって、美樹ちゃんの家を見下ろすほどになり、赤い実をたわわにつけた。
今日は10年ぶりの小学校の同窓会の日。
「夢の木」の種を1つずつ袋に詰めて、なつかしいみんなに配ることにした。
みんな覚えてくれているかな。
私はこの春、大学を卒業して地元の中学校の「理科」の先生になることになった。
もう、なっちゃんに指摘された食物連鎖の字もちゃんと書ける。
今度はみんなに、それぞれの「夢の木」を育ててもらうことにした。
みんなの笑顔が楽しみだ。
おしまい
咲夜さん作