其の拾弐

「本当にすいませんでした!」
真下が畳に額を擦り付けんばかりの勢いで土下座する。
「知らなかったんです、お二人が好き合ってたなんて」
「…もうお気になさらずに、お顔を上げて下さい…悪いのは俊作なんですから」
名指しで「悪い」と言われた俊作は、しゅんとしょげ返る。
その仕種が可愛らしくて、藤室はくすくすと笑った。
「…笑う事ないんじゃない?」
「お前が悪い」
「で、お詫びと言ってはアレなんですけど、今夜の花代は僕持ちってことで」
真下は今夜一晩藤室を買い上げた。
俊作の稼ぎでは一晩買い上げる事など到底出来ない。けれど二人にはどうしても
お詫びがしたいと思い、考えた結果がこれである。

「でも一と切は一緒に飲みましょう」

という条件の元。
「申し訳ございません」
「いえいえ、僕も太夫とまた御一緒出来て嬉しいです。父も宜しくと」
「またお待ちしておりますとお伝え下さい」
ふわりと笑って、藤室は酌をする。
真下は初めて見る優しい微笑みに内心驚く。そしてその笑顔は、俊作がいるから
だと改めて気付いた。
「俊作さん、太夫を泣かせたら僕が承知しませんからね」
「おお、男らしいねえ真下。で、どうするってえの?」
「俊作さんの現場には材木回しません」
「それは勘弁して!」
あはは、と部屋に笑い声が響いた。








 


「真下屋の息子には悪い事をしたな」
「う〜ん、でも楽しんで帰ったからいいんじゃない?」
二人並んで、寄り添い合うように座る。
真下は条件通り一と切で帰ってしまった。
肩に触れる俊作の身体が、とても暖かいと思う。
「お前が脅したんじゃないのか?」
「まさか」
日に焼けた胸にそっと掌を滑らせる。愛しい肌。
「ね、オレね」
「うん?」
「あんたじゃなきゃ、もうダメみたい」
ほら、と手首を掴まれて下肢へと導かれる。
既に熱くなっている性器。
「…ッ…バカ!」
「何でえ?あの時は触ってくれたじゃん!」
「あ…あれはっ」
藤室が言い終わらないうちに口付ける。
触れるだけの口付けを交わし、藤室の唇を舌でなぞる。薄く開いた唇から舌先が
のぞき、くるりと絡め取った。
「…っふ…」
どちらともなく甘い吐息が漏れ、そろそろと唇を離す。
「藤室さん…」
「慎次」
「は?」
「藤室、じゃなくて慎次だ。お前に藤室なんて呼ばれたくない」
「それって…」
「昔の本当の名前、だ」
子供のような顔で、俊作が笑った。







さらさらと肌の上を滑る掌。壊れ物を扱うかのように優しく。
硬くなった乳首を指で弾くと、白い首筋が仰け反った。その首筋に噛み付くよう
に歯を立て、痕を舌で舐め上げる。
背中に回された藤室の手が、ゆっくりと背筋を撫で上げていく。肩を撫で、その
まま胸板に滑り落ちる。
きもちいいよ、と俊作は笑って、乳首をかりりと甘く噛んだ。
「んっ…」
音を上げて強く吸い付き、舌で転がすと藤室の口から喘ぎ声が漏れる。
両手は落ち着きなく俊作の着流しを肩から滑らせ、唇が露になった褐色の肩に触
れる。肩から首筋にかけていくつもの痕を付けてやると、俊作がまた笑う。
「目立っちゃうよ」
「…印だ」







お前は私のもの







「じゃあ、オレも付けていい?」
小さく頷くと、唇が耳の後ろにちゅ、と音を立てて吸い付いた。
そのまま唇が頬を辿り、唇に辿り着く。
もう一度深く口付けをし、手を藤室の内股へ滑らせる。
膝から付け根に向けて撫で回し、ゆっくりと脚を開かせた。両脚の間に身体を割
り込ませ、自分の腿の上に脚を乗せる。
既に先走りの液を滴らせる幹をわざと避け、指先で内腿をなぞっていく。
「やあっ…焦ら…すな…っ」
「ん?」
「もっ…あ…っ…バカッ」
「なあに慎次さん?」
くつくつと笑いながらわざとらしく名前を呼んで、次の言葉を促してやる。
「言ってくんないとわかんないよ…」
「…っ…嘘つ…けっ…」
「本当。言って慎次さん」
く、と目の前の意地の悪い男を睨み付ける。




濡れた漆黒の瞳が本当に美しく、堪らなく淫らだ、と俊作は思う。
その瞳が揺れて。




「…は…やく、触れっ…て!」
返事のかわりに頬に唇を寄せ、性器に指を絡ませた。
先端の窪みを指で押し開き、溢れ出す液と共に包み込んだ指を上下に滑らせる。
「あっ…ああっ…んっ…いっ…」
「きもちいい?」
耳元で囁けば、こくこくと頷く。
藤室の掌が俊作の下肢に辿り付き、やんわりと性器を包み込む。
「…お前も、だ」
細く長い、形の良い指が自分に絡み付いているのを見て、思わずドキリとする。
気を取られていると、藤室は身体を屈めてそれをぺろり、と舐め上げた。
「わ、ちょっとっ…」
「うるさい」
深く口に含み、じゅるじゅると音を立てて吸い上げる。緩く歯を立てると、俊作
の吐息が荒くなるのが分かる。
「…っねえ、オレにもやらせてよ」
俊作を床の上に横たわらせ、その上を跨いだ格好で藤室は再び舐め上げる。
俊作は突き出された尻の割れ目をなぞり、穴の周りをぐるりと舐めた。
唾液で濡らした舌で丹念に解していくと、藤室の腰が小さく揺れる。
「ん…っ」
「もう入っちゃった…」
指を先走りの液で濡らしそっと滑り込ませると、中できゅっと締め付けられる。
「ここ…いいんだよね?」
内襞を擦り上げると、藤室は甘い声をあげる。
抜き差しを繰り返し、柔らかくなってきたのを見計らって指を増やした。
「…いっ…いいっ…しゅん…っさく…」








身体の力がガクンと抜けて、俊作の腿の上に頬を乗せる。
止められない嬌声。
早く、もう耐えられない。








「ん、もお…っ…お願いっ…」
「欲しい?」
「…っあ…ほ…しいっ…」
ずるり、と指が抜ける感覚。
身体の向きを変えられて、一度口付けられる。
「ふっ…くうっ…ああ…んっ…」
指とは明らかに違うその質量に息が止まる。
頬や目蓋に口付けを落としながら、ゆっくりと腰を回し出すと、粘膜が吸い付い
てくるような感覚が俊作を襲う。
二人の間でビクビクと震える藤室に手をかけて、腰の動きに合わせて扱く。
「んあっ…もっとおっ…あ…っ」
「ん…もっと、ね…」










もっともっと。
オレをあげるよ。










背中に回した手が爪を立てて、小さな傷をいくつも作る。
飛びそうな意識の中、この傷は自分が付けたものなのだ、と思う。
無数の火傷の痕に残る、私の傷。
いつまでも残っていればいいのに。











「しゅ…っもお…あっ…ああっ!」
パチン、と意識が弾けた。










「大好きだよ…慎次さん」

+back+ +top+ +next+