すっかり日も暮れて暗くなった海岸を、二人は寄り添うように歩いていた。
 ベスパを駐輪しておいた場所に戻ると、濡れた足や手を拭いて、靴を履く。
「さて、腹減ってこねぇか?」
「そうだね。優作は何が食べたいものある?」
「中華以外なら何でもいい」
 普段、事務所の近場で済ます優作は、どうしても中華料理を食べる機会が多い。
 せめて、湘南まで出かけてきたのなら、他のものを食べたくなるのは仕方がないだろう。
「じゃあ、パスタにでもしようか。ボンゴレが食べたい」
「そうだな。この辺を適当に走っていれば、どっかにあるだろ」
 優作はそう言うと、ヘルメットを悠人に投げ渡した。



 しばらく海岸線沿いを走っていたら、悠人がイタリアンレストランの看板を見つけたので、そこで夕食を取ることに決めた。
 ちょっと路地に入ったところにあるそのレストランは、規模は小さいが雰囲気はとても良かった。
 夕飯時なので狭い店内はお客でいっぱいだったが、二人は何とか滑り込みセーフで座ることができた。
 二人が席について優作が煙草を一本吸い終わった頃、ウェイターが注文を取りに来た。
「ご注文はお決まりですか?」
「悠人は決まってンのか?」
 優作が二本目の煙草に手を出した。
 悠人は穴の空くほどメニューを凝視したあと、メニューを指さしオーダーを述べる。
「ボンゴレとアイスティー。あと、デザートにミックスベリーケーキを」
「かしこまりました」
 ウェイターがオーダーシートに悠人の注文をメモする。
「優作は?」
「オレ、スパゲッティー」
 悠人は飲んでいた水を思わず吹き出しそうになった。
 イタリアンレストランが、近所の洋食屋にでもなったかのような言いぐさだ。
「お、お客様。それをいかがいたしましょうか」
 ちょっと困ったような顔をしてウェイターが再度伺う。
「どうって?」
「ちゃんとメニューをよく見なよ、優作」
 悠人にメニューを手渡され、いろいろな種類のパスタを見比べる。
「じゃあ、このナスと挽肉のやつと、地魚をナニしたやつね。それと、生ハムとチーズのオードブルを。あとパンある?」
「今はフランスパンとクロワッサンがございますが」
「じゃあ、フランスパンでいいや」
「かしこまりました。お飲物の方は」
「ビール。中生を大ジョッキで」
 アルコールの注文は、すかさず答える。
 ウェイターはオーダーを承ると、厨房の方へと行ってしまった。
 それにしても、こじゃれたレストランに来ているとは思えない注文に、悠人はすっかり呆れ返る。
「何だか、自宅で晩酌するような注文だったね」
「そうか?」
「だって、イタリアンレストランまで来て、ビールなんてさ」
「オレ、ワインってあんまり好きじゃないんだよ」
 優作は口許を歪めて笑うと、くわえっぱなしだった煙草に火を付けた。
「そういう悠人はどうなんだ? マサのトコでも、酒飲まなかっただろ」
「今までお酒って飲んだことないよ」
 大学生の台詞とは思えない悠人の発言に、今度は優作が呆れる番だった。
「飲んだことないって? 歓迎コンパとか、友達と飲んだりとかしたことはないのか?」
「サークルとかは入っていないから。それに、友達と集まっても、飲みに行くこととかないし」
「今日び珍しく健全なことで」
 優作が苦笑いを浮かべて紫煙を吐き出すと、ウェイターが飲み物とオードブルを運んできた。
「食うか?」
 オードブルの皿を指さして、優作が尋ねる。
「うん」
 悠人は頷くと、優作と一緒にオードブルをつまんだ。
 オードブルをつまみながら雑談をしていると、メインのパスタがやってきた。
 あまりの量の多さに悠人はぎょっとしたが、注文した優作が平然とした顔をしているので、多分残ることはないだろう。
 食べている間の優作は、信じられないほど静かだった。
 口の中に放り込むのが忙しいのか、とにかく食べる食べる飲むで、悠人はただ呆然と優作の食べっぷりを見るだけである。
 それでも空腹が満たされると、優作もようやく落ち着いてきて、悠人にもっと食べるように促す余裕さえでてきた。
 空になった皿を脇にやり、追加のビールに口を付けながら自分を見つめる優作に、悠人はちょっとどきりとした。
 優作の目があまりに真剣なのだ。
 軽い雑談や冗談を言い合っているときの顔ではない。
 口に運ぶフォークを持つ手が、一瞬止まる。


探偵物語

<<back   top   next>>