「今からだと、行ってもたいして遊べないけれど、それでもいいのか?」
「遊びたいわけじゃないから」
「ならいいけど。しかし、その身体で電車で乗せるわけにはいかないな。車でも借りてこようか」
「優作のバイクじゃダメなの?」
「うーん……。125ccだから、二人乗りできないこたぁないけど。ケツに負担かかるぜ?」
「ケツって……」
 他に言い方がないものかと、悠人はひきつった笑顔を浮かべた。
「それに、二人乗りだと高速道路のれないから、今日中に行って帰ってこれるかどうか。もっとも、江ノ島まで高速が通っているわけでもないんだが」
「うん……」
 そう言われて悠人は少し黙り込む。
 でも、優作と一緒にあのかわいらしいバイクに乗りたい。優作の背中越しに風を感じたい。
 悠人はそう思ったから、ベスパに乗りたかったのだが、優作から否定的な言葉を言われると反論のしようがない。
 黙り込んで考え込む悠人の姿に、優作は悠人の心中を察した。
「よし! たまにはのんびり旅気分で出かけるか。ゆっくり一般道を走って、途中どっかでメシ食って、どっかのホテルに泊まって、次の日江ノ島行って帰る、と。これなら悠人の身体に負担のかからないペースで行けるから、いいんじゃないか?」
「優作……」
「そうと決まれば、お昼をめどに出発の支度をするとしよう。支度はオレがするから、悠人はゆっくりと身体を休めておけ」
 まるで遠足にでも行く子供のように喜々とした表情を浮かべる優作に、悠人もついつられて笑った。
 優作は立ち上がって大きく伸びをすると、首を鳴らしながらユニットバスに向かう。
「とりあえず、ツラ洗ってションベンしてくるから、悠人も気力があったら服くらい着ておけよ」
「はーい」
 と返事をして立ち上がったが、急に立ち上がったせいで尻奥に激痛が走り、悠人は立ったまま固まってしまった。
「いたたた……」
 悠人は腰をさすりながら事務所内を見回して、先程から感じていた部屋の違和感が何なのかを考えていた。
 昨日、渋る優作のケツをひっぱたいて、事務所と部屋の大掃除をした。
 夜には見違えるほどきれいに片付いていたはずである。
 悠人が感じた違和感がわかった。
 デスクの上に雑然と広げられている資料や本の山である。
 おそらくは、悠人が起きる前に何か調べものでもしていたのだろう。
 それにしても、優作はタフである。
 悠人を寝かしつけた後もまだ起きていて、少なくとも悠人より先に起きているのだ。
 優作こそ大丈夫なのか、少し心配になる。
 悠人は毛布を身体に巻き付けたままの姿で、デスクの上を片付け始めた。
 デスク廻りにあったのは、黄悠人に関する資料。六法全書。それに孫子……?
 なぜ、法律の本と中国の兵法書が、自分の資料と一緒に置いてあるのだろうか。
 机の上を片付けていて、悠人はさらに疑問を持った。



探偵物語

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