◆ ブラザーズ・ソング [01]

 優作の肩の傷もだいぶ癒えてきた夏の初めのこと。
 工藤探偵事務所に、ある依頼が持ち込まれた。家出して行方不明になっている高校生の息子を捜して欲しいという、ある母親からの依頼。進路のことで両親とケンカして家を飛び出したという、ごくありきたりの家出劇。友達のところにも行っておらず、何処に行ったか見当も付かず、工藤探偵事務所に泣きついてきた。
 帰ってきてくれるなら、何でも言うとおりにすると、泣きじゃくる母親。泣きわめく母親をなだめ、必ず捜し出すことを約束し、彼女を駅まで送る。
 母親が帰った後、優作は家出人の写真と資料を見て、彼らの家の平和さをぼやいた。
「世の中にゃ、家族を憎むほど愛していても、家出することも敵わないヤツもいるっていうのに……。ねえ?」
 優作は事務所のど真ん中に鎮座まします、ひよこのぬいぐるみを相手に呟く。ひよこは何も言わない。

 調査を続けるうちに、家出少年は年を偽り、港北のパーキングエリアの売店で深夜のアルバイトをして、自立した生活をしていることをつきとめた。
「港北……」
 優作は、顎に手を充て考えた。英斗と初めて出逢った場所。優作の瞳が鋭く光る。
 その晩、優作は父親のルノー5ターボを無断拝借し、家出少年がいるという港北パーキングエリアに向かった。あまり使われていない車なので、手入れが行き届いておらず、高速を走るのは少し恐かった。
 到着すると、優作の視線は無意識に黒のRZを探す。英斗のバイクがあった。
 まだあいつは春を売っているのだろうか。
 優作は深いため息をつくと、エンジンを止め、車を降りた。
 今回の依頼とは関係ないのに、ついついハッテン場のほうに目がいく。ハッテン場の隅に立っている妖艶な男と目が合う。
 有馬英斗。
 視線が絡み合う。愛おしく、切なく。距離は離れているのに、二人は金縛りにでもあったように微動だにしない。優作ののどが鳴る。目が見開かれ、心臓が高鳴る。声をかけたい衝動に駆られる。でも、何と声をかければいいのか。
 英斗の側に一人の中年男がやってきて、英斗の肩を叩いた。英斗は露骨に優作から視線をそらし、男と話し込む。おそらくは、今日の英斗の客であろう。英斗は話をしている最中も、男の目を盗んで、何度かちらちらと優作を見ていた。
 優作は帽子を目深に被ると、きびすを返して売店の方へと歩き出す。英斗も商談がまとまったのか、男に腰を抱かれ、トイレの個室へと消えていく。



 やりきれない気持ちだけが二人の心を漂う、夏の初めの夜のことだった。





探偵物語

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