◆或る夜の出来事 [01]


 工藤優作が横浜中華街の片隅に探偵事務所を構えてから3ヶ月が経った。
 探偵事務所などと銘打っておきながらも、これまでの依頼内容はというと、店番、子守、皿洗い、代行運転などで、探偵というよりは便利屋扱いである。
 もっとも、独立起業前からそのような細かい仕事をしていたからこそ、閉鎖的とも言えるこの街に、こうして事務所を構えることができたのだ。優作に否応はない。
 もちろん、たまにはもめ事の交渉を行うことがあるが、優作が期待していたテレビなんかで見るハードボイルドな世界とは、どうしてもほど遠い。

 そんなある日、工藤優作探偵事務所に一人の男がやってきた。
 背は低く、少々肥満気味だが、身なりはいい。丸い顔には愛想のいい笑顔が張り付いているが、優作はこの顔になぜか嫌悪感を覚えた。
 これは仕事だ。ビジネスだ。
 薄気味悪い笑顔と対峙しつつ、優作は心の中で繰り返しそう呟くことによって、目の前の男を殴りたい衝動を必死で押さえ込む。
 依頼人は妙に甲高い声で、自分の名前が高山であることと、依頼は人捜しであることを述べた。
 事務所創立以来、初めての探偵らしい仕事に、優作は現金にも顔色を変えて、揉み手をせんばかりに高山に顔を寄せる。
「そうですか。人捜しねぇ。で、捜索人の名前と特徴とかは」
「それがですねぇ、私も一度逢ったきりで、名前とかはわからないんですよ。ですが、出逢った場所と、あと通り名って言うんですかね。それくらいしかわからないんですが……」
 優作は苦虫をかみつぶしつつ、こめかみを指で押さえた。
 その程度の情報量で、日本全国1億人以上の中から、たった一人を捜し出せというつもりか!
 という言葉が喉まで出かかったその時、高山はバッグから一枚の写真を撮りだしてテーブルの上に置いた
 写真に写っているのは、艶めかしい目をした細面の男だった。
 画像の荒さが気になる写真ではあったが、妖艶とも言える風貌は、その程度では隠しきれない。まるで女だ。
 高山は丸くて短い指で写真を指さした。
「ビデオからプリントアウトしたものなので、画像が荒いのは勘弁していただくとして」
 と言う言葉を皮切りに、
優作 に説明を始める。
「彼の通り名は"ヒデ"と言います。出逢った場所は、高速道路のパーキングエリアのある一角」
「ほほう。パーキングエリアと言っても、いくつかありますが、何処でお知り合いに?」
「私が会ったのは、東名高速の港北です」
「なるほどなるほど」
 淡々と述べる高山の言葉を、優作は几帳面に手帳に書き込む。
 手帳から顔を上げ、優作はさらに高山に質問をした。
「高山さんは、その後ご自身でその……何でしたっけ。あ、そうそう、"ヒデ"とかいう男を捜しに行かれましたか?」
「ええ、何度か。でも、私も忙しい身の上ですから、そうそう探しに行く時間もないのですよ。それに、仲間内の話では、時々場所を変えているということですし」
「仲間? 彼のですか? それとも、高山さんの?」
「私と彼の両方です」
「はあ」
 優作は曖昧に相槌を打ったものの、話の核心がなかなか見えてこず、手帳とにらめっこしながら唸った。
 この高山と、"ヒデ"と名乗る男の因果関係がどうもわからない。そして、仲間内とか場所替えとか、出てくる単語にも、いちいち引っかかるものを感じる。
 優作は意を決して、直に聞くことにした。
「失礼ですが、あなたと"ヒデ"さんの間に、どのようなことがあって、このようなご依頼を?」
 高山は最初嫌そうな顔をしたが、腕を組んでしばらく唸ったあと、まっすぐ優作に顔を向けて言った。



探偵物語

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