第 1 話 ・ So Crazy?

「あんた、絶対おかしいわ」
“絶対”の部分を特に強調して、目の前の友達はあたしにそう告げた。
「えぇ!?どーしてよ?」
「…梓。何もわかってないようねぇ…弁論大会の原稿に、こんな内容はどう考えてもおかしいでしょ!!」
ばしん、と机を叩いて、憤然と講義する目の前の友達の考えがあたしにはさっぱり理解できなかった。
「えー、でも、よく書けてると思うでしょ?舞はどこがおかしいと思うの?」
友達———東堂 舞という、なんともお嬢様ちっくな名前だ———は、ちっともお嬢様らしくない態度で、ちらっとあたしの原稿を見遣りふん、と鼻で笑った。
「全部よ」
「なーんーでーよーー!!」
ややもすると某最弱戦闘員のような声を出しそうになるあたしに、舞はため息をついた。
「いい?あんたね、弁論大会よ、弁論大会!弁論の意味わかってんの!?大勢の前で筋道立てて自分の意見を言うのが弁論よ!あんたの原稿はね、ただの兄貴自慢にしか過ぎないのよ!!!」
エクスクラメーションマーク2、3個は軽くついてそうな勢いで、舞は怒鳴り散らした。何事かとこちらを見る人も多い。
注目を浴びるのももっとも。今は3時間目と4時間目の合間、つまり休憩時間。まだ授業が終わってからそんなに経ってないので、生徒も多い。そんな中、大声で論争してたら当然目立つ、というわけで…。
「いーじゃないよ!筋道立ててお兄ちゃんの素晴らしさを述べれば良いんでしょ!出来てるじゃない!!」
「阿呆かーーーっ!!」
「まぁ取り敢えず、二人とも落ち着け」
いよいよ舞がぷっつんしそうになる直前、救いの手が現われた。
綾川 優哉(あやかわ ゆうや)。
あたしの幼馴染。
そして、ボルテージの上がりきった私達二人を止められる唯一の存在。
ほよーんとしてはっきりしないのに、こういう時はうまく立ち回れる。
「…で、何でそんなにもめてるんだ?」
優哉はやんわりと、でも有無を言わさず、と言った口調で聴いてきた。
舞はため息をついて、机の上の原稿用紙を顎で示す。
「ん?…今度の弁論大会の原稿?」
「そう!意見を聞こうと思ってさ、舞に読んでもらったらダメだっていうのよ!優哉も読んで見てよ。よく書けてるでしょう?」
原稿を手に取って読み出す優哉に、あたしは同意を求めた。ちっちゃい頃から優哉もお兄ちゃんを知ってるから、絶対判ってくれると思って。
「………」
「…優哉?」
「ほら見なさい、綾川君だって固まってるじゃない!」
舞が勝ち誇った様に言った後。
優哉は原稿を机に戻し、がっくりとうなだれてため息をついた。
「な…なんで…」
「梓。一言だけ忠告しとく。このネタだけは止めろ
最後はやたら力がこもっていた。
「なんでよー!!」
納得がいかない。よく書けてると思ってたのに。
どれだけお兄ちゃんがかっこよくて、頭よくて、やさしくて、どんなに完璧かってことをもっと知らしめようと思って渾身の力をこめて書き上げたのに!
「今回ばかりは俺、東堂さんの味方する…いや、梓が昔っから柚樹君のことやたら執着してるのは知ってるからわかる、けど…さすがに、これは…弁論大会だし……あぁもう俺って立場ねぇなぁ…まぁとにかく別のネタで勝負しろ。止めとけ」
優哉は言いにくそうにもごもご言って、じゃあ、と立ち去っていった。
途中よく聞こえなかったけど、あたしはあまり頓着しなかった。それよりも、「書きなおせ」と言われた事に腹が立って。
「なぁんで、優哉にそんなこと言われなきゃならないのよー!優哉のばかぁっ!」
立ち去る背中に怒りをぶつけておいた。
「…ま、十中八九綾川君もそういうと思ってたわ。彼も報われないわねぇ…こんなに判りやすくぶつかってんのに、当人がさっぱり気がつかないんじゃ苦労するわ」
舞は呆れ返ったようにあたしをちらりと見て、軽く笑った。
「……何が?」
あたしにはさっぱりわからなかった。舞が、何のことを言っているのかも。
「…別に。お兄ちゃん大好きっ子の梓チャンには、まだ到底わからないことよ」
舞は、相変わらずうっすら笑みを浮かべて国語の教科書を出し始めた。
「どーゆー事?」
あたしが聞くと、子悪魔みたいな笑顔をこちらに向けて、こう言い放った。
「梓はまだまだお子ちゃまねっ、ってことよ」
あたしは舞のその子悪魔みたいな微笑に一瞬魅せられた。舞はこう言うとなんだけどとんでもない美少女で、黒くて長いゆるやかなウェーブを描く髪がすっごいその顔に似合ってなんだかもう、パーフェクト!って叫びたくなるくらいの容姿を持っている。だけどその性格は———こんな感じなもんだから、普通に笑っても何か裏があるような含んだ笑いにしか見えない。普通、中2でこんな笑い方は出来ないだろう。舞の特権と言うべきか。
ともかく、あたしは舞のその台詞に、深い意味はさっぱり判らなかったけれども頭にきて
「なによ、そ———」
叫ぼうとした途端、授業の始まりを告げる鐘が鳴った。


なによなによ。
お子ちゃま、ってどーゆー事?
なぁんで、お兄ちゃんのことを褒め称えちゃだめなのよーー!?

そう言えば。
優哉は、あたしがお兄ちゃんの話題を出すとつまんなそうにしてたっけ。
お兄ちゃんがあんまりにも優れてるから、やっかんでるのねっ、とか思ってた。
もしや、お兄ちゃんの話題ってそんなに変なのかな?
この歳になって、とか?
でも、あんなに強くって賢くって優しくってかっこいいお兄ちゃんのこと、話さずにいられるわけないじゃない。
………。
よくわからなくなってきた。
あたしは、4時間目の間中そんなことを考えていたので、黒板を写すのを忘れてしまった。

お兄ちゃんのことを書くのが、そんなに変かな?
あたしはお兄ちゃん大好きだし、別に変でもなんでも無いと思うんだけど。
どうしてだろう?