さわさわ、とゆれた樹の葉がこすれて音を立てる。 春風が、頬をすべる。 足元には一面ピンクのれんげ畑が広がって、そろって風に靡く。 空には綿菓子みたいな雲がぷかぷか浮いて、のんびり流れる。 「あずさちゃん」 あずさちゃん、と呼ばれた小さな女の子は、花輪を作る手を止めて声のしたほうを振り返った。 「なあに、ゆうくん」 『あずさちゃん』は折角集中していたところを邪魔されたためか、少し声が尖っていた。 「う…ごめん。邪魔しちゃって…」 『ゆうくん』と呼ばれた小さな男の子は、その声音に少し怯えたようだった。 「あとで、いいよ」 そういって、『ゆうくん』は『あずさちゃん』と背中合わせに、すとんと腰を下ろした。 「…なぁに?」 『あずさちゃん』はれんげを摘む手を休めて、いくらか口調を柔らかくして背中の『ゆうくん』に話しかけた。 「え?」 「あずさに言いたいこと、あるんでしょ」 「あ…うん、えと…」 『ゆうくん』は言いにくそうに口篭もった。 さわさわ、と木の葉が揺れる音だけが辺りに響く。 「ゆうくん」 『あずさちゃん』は何時の間にか『ゆうくん』の真正面に移動してきていた。 何だか泣きそうな顔をしていた。 「あずさ、何かわるいこと、した?ゆうくんは、それでおこってるの?だったら、あずさ、」 しゃくりあげて、目にはみるみるうちに涙がたまってきた。 「ち、ちがうよあずさちゃん。ぼく、おこってないよ」 慌てて『ゆうくん』は首を振った。 「ぼく、ただあずさちゃんにお願い事があっただけなんだ」 「…お願い事?あずさに?」 『あずさちゃん』は目を瞬かせた。涙はもう引っ込んだ様だ。 「なぁに?」 「あのね…」 ざあ、と強い風が吹いた。 「ぼくの、およめさんに、なって?」 風が止んで、れんげ畑はいつものとおりになった。 『あずさちゃん』は一瞬びっくりしたようだったが、笑顔でこう言った。 「だぁめだよ。あずさは、おにいちゃんのおよめさんになるんだもん」 「むりだよ、だって、あずさちゃんとゆずきくんは兄妹だもん」 「むりじゃないもん!あずさは、おにいちゃんのおよめさんになるんだもん!きめたんだから」 「でも」 「きめたん…だからぁ…っく」 『あずさちゃん』は大きな瞳からぼろっと大粒の涙を落とした。 「あっ、あずさちゃんっ、泣かないで…」 『ゆうくん』はうろたえて、繰り返し「泣かないで」と言うしかなかった。 「…ゆうくんの」 「え…?」 「…ゆうくんのっ、ばかぁっ!!」 「あ、あずさちゃんっ…待って…」 「うああぁぁあぁん」 その日はそれきり『あずさちゃん』が戻ってくる事は無かった。 どうしていつも泣かせてしまうんだろう。 ぼくは、ただ。 きみが好きなだけ、なんだ——— |