丘に立っていたのは案の定、人だった。息を切らしながら近づくと、声をかける前に向こうがこちらに振り返った。

「ハァ・・・ハ・・よう、月見かい?」

「ま、そんなところさ。あんたはこんな時間に散歩か?趣味がいいな」

 男だった。なかなかいい声をしている。影になって顔は見えないものの、銀色の髪が月の光を反射してきらきらしながら風にゆれていた。

 2人は互いに名を名乗りあった。男の名はアーツ・ハウルというらしい。どこかで聞いた名前だな、と思っていたら雰囲気で察したのだろうか、笑いながら口を開いた。

「知らねーか?自分で言うのもなんだが、俺の名は有名なはずなんだがな・・・」

 あぁ、そっか・・・リーナに聞いたんだ。

 それからしばらくは(いったいどれくらいだっただろうか)月を眺めていた。

 不意に、アーツが声をかけてきた。

「なぁ、レイル。おまえあの村に泊まってんのか?」

「えっ、そうだけど。なんで?」

 アーツは少し考えるように間をおき、そしてまた口を開いた。

「気をつけろよ。あの村に盗賊さん方がおいでになるぜ。このままじゃ朝方あたりには着くぜ」

 さらりと言ってのける。

「何で、そんなことが判るんだ?」

不思議に思って聞くと、ニヤッとしながら

「オレは夜目が利くんだよ。ついでに耳も良いんだ。鼻も利くし」

と言ってのけた。ならば俺の表情も見えているのだろうか?見えてるなら俺は今、納得しているようなしていないような、情けない半端な顔をしているのだろうな。向こうだけ見えてるなんて何かずるい・・・と思った。

「そっかー、んー盗賊かぁーとうぞく、朝方村にねぇーーー・・・盗賊!?」

「あぁ」

 レイルの声にアーツが肯定の返事を返す。こちらからは見えないが、声と同じような嘲るような笑いを含んだ顔をしてるのだろうか。確認してみたいような気持ちもあったが、今のレイルには盗賊の方が重要だった。

 慌てて身を翻して村に戻った。空はもう白んできている。



 レイルは宿に戻って階段を駆け上った。

「リーナ、リーナ!」

 扉を叩くが返事がない。ノブを回したがガチャガチャと音がするだけで開かない。

 チッと舌打ちをして懐に手を突っ込む。取り出したものは、いつから入っていたのか針金。

「これだけは遠慮したかったんだが・・・・」

 言いながら鍵穴に針金を入れ小さく動かす。「秘技!困ったときの針金くん」昔テレビでやっていたのを見て面白そーだと練習したら出来てしまったというちょっと犯罪的な技である。

   カチッ

 小さく金属音がしてドアが開いた。おしっ、と頭の中でガッツポーズをとってドアノブを回した。音を立てぬよう押し開けると、ベッドにリーナが眠っていた。

「おいっ、おいリーナ」

 そばまで寄って小声で怒鳴る。「う〜ん」とうなってリーナが寝返りを打った。こちらを向いたその寝顔にもう一度怒鳴る。

 「リーナっ、おいリ・イ・ナ!!」

 リーナはめんどくさそうに目を薄く開けた。リーナの体を思い切り揺する。はじめは薄く、とろんとしていた目が次第にしっかりと開いてきた。

「おっ、やっと起き・・・」

  どごっ

 その先は続かなかった。リーナの拳が見事にレイルの顔面を捕らえている。