2                          白い貌

   

    
 協会員は挨拶も告げず逃げるように去ってしまった。
 二人だけが遺された。
    

 宿屋はもぬけの殻。
 近くに面白いマジックアイテム屋があると聞いて男連中はでかけてしまったという。おおかたゼルガディスの用にガウリイがくっついて行きでもしたのだろう。ちょうどお昼時である。ここしばらく野外料理か宿屋の定食メニューだったから、もしかしたらそのまま外で食事を済ませてくるかもしれない。とりあえず伝言だけ言づけてリナとアメリアはクロイス邸に向かった。
 クロイス邸は町を外れた森の中にある。道すがら、街の人々からそれとなく聞き出したクロイス邸の・・・・というよりクロイス一族の評判はひどく悪い。というより不気味で、領主屋敷だというのに土地の人間もろくに近づきもしないらしい。
「だって幽霊屋敷ですよ」
「ゴーストが出るならねー」
「ゼルガディスさんとガウリイさんと・・・みんなで来た方が良かったんじゃ・・・」
「なに、こわいの?」
「そっそっそーゆーわけじゃないですけどっ」
 アメリアはぶんぶんと首を横に振りつつも思いきり言葉をつまらせながら、
「でも、街のみなさん本気で怖がってました。何かあるんですよ絶対。協会の人もすぐに逃げちゃったし、きっとほんとうに・・・」
 ぷ。
 リナは横のおかっぱ頭を見やって、
「なんだかんだ言ってもやっぱりお子ちゃまねー。一応巫女でしょ−に。あんたのメギドフレアでおしまいよ。それとも・・・何だっけ。白い顔?顔だか頭だかしらないけどさ、いざとなったらドラグスレイブでどごおおおおっと!!屋敷ごと吹っ飛ばしちゃえば終わりだし!」
 それも別の意味でこわいよーな。
「行けばわかるわよ、行けば。ほら、もっと気楽にしちゃわないとやれるもんもやれないわ。期待してるからねっアメリアっ♪」
「ゼルガディスさ〜ん(涙)」
「だいたいゼルなんか連れてきてごらんなさい。あの大岩面にびびってゴーストがでて来なかったらどーすんのよ。金貨50枚がパーよパー!!」
「そこが一番あやしいんですよう」
 協会規定の報酬は雀の涙だが、来てくれればクロイス家が別途礼金を出すという。それが金貨50枚なのである。改めて報酬があるというのも珍しいが、
「なんでただのゴースト退治なのにそんな大金を払うんですかっ。あやしさ大爆発じゃないですかっ!!」
「でも50枚だもん」
 ぐら。
 額に手を当ててよろめくアメリアを見ながら、リナはしれっと、
「そうでもしなきゃひとが来ないんじゃないの?考え過ぎよ。それとも何?変な気配でもする?」
「いえ、それは・・・」
「じゃあいいじゃない。あんたは困ってる人を助けてあげるのが趣味なんだし、あたしはおカネがもらえるし。ね、万事問題なしよ。50枚♪50ま〜い♪」
 怖い話は苦手のくせにゴーストは怖くない女、リナ=インバース。
 それに光り物が加わったとなれば、もはや誰にも彼女を止めることはできないのであった・・・。
 
 
 大きくカーブした馬車道を抜けると突然それは現れた。
「ここ・・・よ、ね」
 見上げたリナがいささかぽかんとしている。
 大きい。
 少なくとも「屋敷」のレベルではない。さすがにセイルーンの王宮には及ばないが、どうみても「城」である。
 しかも、古い。
 石造りの外壁こそそのままだが、二人の前にそびえ立つ鉄扉は一面錆をふき、枯れ果てたツタが編み目のように這い尽くしていて、ここしばらく人が使っているようには思えない傷み方だ。
 リナと一緒に扉に歩み寄りつつ、アメリアは周囲を見渡した。
 後ろには今自分達が歩いてきたばかりの木立がある。そこから左右へ、さらには屋敷の背後へと円を描くようにして続く森の緑。それだけを見れば確かに何の変哲もない風景で・・・。
「すみませーん。魔道士協会から派遣されてきた者なんですけどーっ」
 キイキイキイ。
 リナの手の中でノッカーが派手に軋んだ。
「誰か居ませんかー?すみませーんっ」
 遠くのあの柵は馬場か牧場なのだろう。それにしては何の匂いも鳴き声もしないけれど。いや・・・
 渡る風の音すらしない。・・・気のせいなのだろうけれど・・・。
「クーローイースーさーーん」
 建物は3階・・・いや4階建て。アメリアは手をかざして窓を見上げた。城住まいの彼女の経験からすれば、城主の部屋は4階のあの辺りに−−−−
「ひっっりっりなっリナさっっっ」
「すみませーん。・・・何?声裏返ってるわよアメリア」
「あそっあそこっっひっ人っっ」
「いるの?なんだ。居るんじゃない。ちょっとーっ。す、み、ま、せ、」
「ちちちちがっあたまっあたまっ」
 いきなり扉が動いた。
 ゆっくりと、おそろしく重たげな音を響かせつつ。
 アメリアが・・・リナまでもが思わず一歩後ずさる。
 扉の向こうは真闇。
 そして−−−−
 中央に浮く、かすかな明り。
「ようこそ」
 こちらに近づいてくると、それは燭台を手にした人の形になった。
 若い娘だった。
 二人とそう違わない、せいぜい一つ二つ年上といったところだろう。驚くほどの美少女だ。しかしリナやアメリアが陽の光のような美しさなら、こちらは月の光に祝福された美しさ。瞳と髪はあくまで黒く、肌は白すぎるせいか闇に青白く輝き、やはり青白い丈の長いドレスを纏っている。少女は長いまつげの瞳をはかなげにほころばせ、それからそっと微笑んで細い腕を差し出した。
「出迎えが遅れてごめんなさい。使用人がいないものですから。・・・わたくしが依頼しましたの。フレア=クロイスといいます」
「リナです。こっちはアメリア。こう見えても白魔法のスペシャリストですからっ。あたし達にばーんと!まかせてくださいっ」
 リナとの握手に続いて、白い腕がアメリアに伸ばされる。
「アメリア・・・です。よ・・・ろしく」
 笑顔をひきつらせつつ握ったフレアの手は微かに温かかい。
 アメリアはフレアを見た。
 この人は、
 生きている。
 
 では
 さっき見たのは
 
 窓際に立っていた、あの
 首のちぎれた女性は
 
 ・・・気のせいだったのだろうか−−−−?
 
「どうぞこちらへ。すみません。足元が暗いですからお気をつけて」
 蝋燭の灯りがふわりと遠のき、二人はひき込まれるようにして闇に足を踏み入れていた。
「息子が病をしておりますの。生まれつきなのです。陽の光に当たると発作を起こすので・・・」
「ああ、なるほど」
 それぞれ小さくライティングを灯すと、蝋燭の明りに続く。
「あちこちの魔法医にも診ていただいたのですけれど、やはりむずかしいようですの。お二人とも白魔法のスペシャリストとか。よろしかったら・・・後で、診てやっていただけません?」
 言葉が足りないとはまさにこれ。もちろんリナはそーゆーつもりではなかったのだが・・・。
「リナさん」
 小声でアメリアがリナを睨んたが、リナはまあまあと視線でなだめて、 
「御病気ならしかたありませんけど・・・これだけ暗いと大変ですね。いろいろと」
「20年も暮らせば慣れますわ」
「にじゅうねん?」
 アメリアが反復した。リナは目を見開き、
「ええと、生まれつき御病気の・・・息子さんは、おいくつで・・・」
「二十歳になります。とんだわがままに育ってしまって。ひとり息子ですからついつい甘やかしてしまうのですわ。まったくあきれておりますのよ」
 肩ごしにふりかえったらしい。闇で顔こそ見えなかったが、フレアの笑みを含んだ落ち着いた声音は間違いなく「母」のもの。リナはもうあんぐりと、
「・・・フレアさんて、失礼ですけどお幾つなんですか?」
「ふふ。いやですわ。幾つに見えますかしら」
 闇に浮かぶ蝋燭の小さな灯りが揺らめき、やや間を置いて、
「47になります」
 悪戯っぽい声がはずかしげにそう答えた。
 
  

       

          

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