3                          白い貌

   

    

 二人を一室に招き入れると、一族の者を呼んでくるからとフレアは闇に立ち去った。
 屋敷には他にも人が住んでいるらしい。
「そんなふうには見えませんね。全然人の気配しないし」
 暗いからよくわからないが客間かなにかなのだろう。ライティングに浮かび上がったソファセットへアメリアはぽてんと腰をおろした。リナもこちらはああ驚いたなどと呟きながらアメリアの向かいに座り、
「みんなフレアさんみたいに若作りだったらすごいわね〜。ゼル連れて来なくて正解だったかもよアメリア。くすっ」
「ゼルガディスさんを?なんでです?」
「ゼルはねえ、本人は否定してるけどぜったい、若そ〜なおこちゃま〜な子がタイプだと思うのよ。しかもフレアさんみたいになんかこう守ってあげたくなるよーな子だったら、もうどんぴしゃ!ビンゴッ!て奴?うぷぷぷ」
「え゛ーーー!!」
 アメリアは思わず立ち上がって、
「そんなあ。だめですうーーーーーっ!!(はっ)あ、いえ(赤面)・・・その、だ、だってゼルガディスさんはそんな人じゃ・・・」
「わかんないわよ。雰囲気も違和感ないし気ままな独り身だしそのままここに居着いちゃったりして。婿入り。ゼルが婿入りねえ。はっはっはっ最高だわ〜」
 もちろん純真でちょこっとやきもち焼きのアメリアをからかっていただけなのだが、アメリアが瞳を潤ませ始めたので、リナは慌てて手を振った。
 と、闇が動く気配。
 続いて扉の開く音。燭台の火が入ってくる。フレアが戻って来たのだ。
 手を止め、リナが立ち上がる。アメリアもいそいで立ち上がった。
 闇に慣れた目は、確かに燭台の灯りだけで人のシルエットを読み取れる。
 先頭の見覚えのある小柄な影はもちろんフレア。その後ろに一つ、二つ、・・・5つシルエットが続いた。
「お待たせしました。あらためてごあいさつさせてただきますね。わたくしはフレア=クロイス。この家の主です。こちらが息子のセドリック」
 フレアは隣の大きなシルエットを燭台で照らした。
 青年だった。
 黒い瞳と黒い髪は母親譲りなのだろうか。やはりぞっとするほど美しい。背が高く、体つきもしっかりしていて、パッと見ならガウリイといい勝負である。フレアの見た目が若いから並んで見るときょうだいか恋人のようだ。目つきがとろんとしているうえ饐えたような酒の匂いまでするのは、どうやら昼間から飲んだくれていたらしい。母親によく似た長いまつげの瞳が小馬鹿にしたような色を浮かべてリナを見、アメリアを見、それからもう一度リナを見たが、何も言いはしなかった。
「こちらはハーサー。わたくしの姉の息子です」
「よろしく」
 セドリックの隣の、やや小柄な人影は短くそう言った。
 燭台を掲げたのだろう。細面の冷たそうな美貌の青年が闇に浮かぶ。年はセドリックと同じくらい。あくまで見かけは、だが。
 ハーサーは金髪だった。驚いたことに瞳も金色だった。彼はどうやらずっとアメリアを見ていたらしい。目があったとたん煙草をくわえ、すいと視線を逸らせた。
「その隣がハーサーと双児のハヴィル。わたくしの姪です」
「はじめまして。ハヴィルと申します」
 少しおどけたように言って、ゆるやかなウェーブのかかった金髪金瞳の少女・・・こちらも見かけは、だが・・・は小ぶりの冷ややかな美貌にとげを含んだ笑みを浮かべ、ひとしきり笑いこぼれた。大きく開いた襟から豊かな胸元が半ば以上のぞいている。よく見るとそれは寝間着で、乱れた裾から白く長い素足がすらりと伸び出していた。
「それからマーシャ。わたくしの姪で義理の娘です。死んだ弟の忘れ形見ですの」
 そう呼ばれた娘はおびえたように瞳を伏せたまま、何も言わなかった。顔だちは一番フレアに似ている。ひときわ青ざめた美貌は深い悲しみに沈んでいるように見えた。
「あちらはハヴィルの娘のメライン。多分お二方と同い年ぐらいなのではないかしら」
「まあ、そうなの?」
 マーシャから少し離れて一団の最後尾に居たシルエットは、壁にでももたれていたのか、むくりと身体を動かすとリナとアメリアに歩み寄ってきた。
「白魔法のスペシャリストなんておばさまがおっしゃるのだもの。どんな魔法使いのおばあさんがいらしたのかと楽しみにしていたのに」
 リナより頭一つ分背の高い金髪金瞳の美女が灯りの中にあらわれる。リナはさりげなくハヴィルをふりかえった。微かな灯りの中、ハヴィルは寝間着が乱れるのもかまわず兄弟に腕を絡み付かせ、まるで恋人同士のように耳もとで何か囁いている。どちらかというと幼げな彼女の顔だちに似ず、メラインはこの中の誰よりも大人の女性の色香を漂わせていた。紹介がなければメラインが姉、ハヴィルが妹といってもじゅうぶん通用するに違いない。そしてどこかふわふわした口調をのぞけば、この中の誰よりもメラインはふつうに見えた。ついでにもちろん自分達と同い年には見えない。
「残りの人はまた後で紹介しますわね」
 まだ何人かいるらしい。フレアはおもむろに一族へ向き直ると、今度は片手でリナとアメリアを示して、
「さっきお着きになったの。今メラインも言っていたけれど、魔道士協会から来て下さったリナさんとアメリアさん。白魔法のプロフェッショナルなのですって」
 にっこりと微笑みかけられ、リナとアメリアはそれぞれ微妙な笑みを必死で誤魔化しつつ簡単に挨拶をした。リナは実は白魔法が苦手で、アメリアは実は魔道士ではないとは、とてもではないが言い出せない。確かに些細なことではあるのだが。
 一同が揃ってソファに収まると、
「ところでですね」
 なんとなしの心苦しさに愛想笑いなぞ浮かべながら、リナはさっそく切り出した。
「仕事の件なんですけれどね。詳しく説明していただけると助かるんですけど」
 そう、二人はゴースト退治に来たのである。ゴースト退治に来た人間に家族全員を紹介する必要はまったくない。つまりゴースト退治以外の用件が彼らにはあるのだ。フレアは少し困ったように首を傾げていたが、
「リナさんたちはどこまで御存じなのでしょう」
「どこも何も、ただゴースト退治に行ってこいと言われただけで。ねえ?」
 リナがアメリアに同意を求めていると、
「でも、・・・噂は−−−−聞かれましたでしょう。いえ、わたくし達もよく存じておりますの。クロイス家にまつわる、怪談・・・・と言った方がよいのでしょうね・・・」
 眼で確認しあって、これはアメリアが頷いた。
「わたしたちは旅の途中でこちらに寄っただけなので、本当にただの噂でしか・・。白い貌に追いかけられる、というような話は少し耳にしました」
 フレアも小さく頷く。そしてリナとアメリアを見つめ、はっきりとこう言った。
「それはわたくしの姉なのです」
 
 
「にしてもだ。「あんなもの」はないだろう。引き受けた以上お前さんの失策だ」
「聞いたわよ。聞いてましたよ。でもいきなり出てくるなんてふつう思わないじゃないっ」
 アメリアの言った通り「白い貌」なるものが出るとは聞いていたが、そしてフレアにもその正体を告げられはしたが、それだけのことだと少なくともリナは思ったのだ。
 フレアの話はこうだった。
 30年ほど前、ハーサーとハヴィルの双児を産んで間もなく(というからあの双児は30才らしい)フレアの姉のマリア=クロイスが失踪した。原因は夫の浮気だった。どこかの姫のようにこのマリアには放浪癖があったから、一族の者も短慮に腹を立てこそすれ気にも留めていなかったのだそうだ。
 しかしマリアは還らなかった。
 それから屋敷にはゴーストがあらわれるようになり、それは時にリナ達が最初に立ち寄ったこの町にも出没して、人々に危害を加えるようになったのだと言う。
 ほどなくマリアの夫は原因不明の病で死んだ。そしてフレアの夫やハヴィルの夫も原因がよくわからぬまま死んだ。
 さらに、これは10年ほど前のことだが、町で何件かの惨殺事件が起きる。被害者は皆町で評判の美しい娘達だった。犯人と思しき人影を目撃した娘がおり、彼女も結局被害者の列に加わったのだが、その娘が自分が見たのは「白い貌」だったと生前に証言するに及び、「白い貌」なる化け物の噂がまことしやかに囁かれるようになり、今に至っている。後になってわかったことだが、被害者は全てクロイス一族の男たちとなんらかの関係を持っていた。
 フレアはこれを姉マリアの仕業だと考えている。
 姉にはなみなみならぬ魔道の才能があったことをフレアは知っていたし、何より目撃してしまったのだ。
 姉の姿を。
 五年前のこと。ある夜中、なんとなしの気配を感じ、フレアは日頃触りもしないカーテンをめくって外を見た。
 するとそこに立っていたという。
 フレアの居間は4階にある。その窓の外に立っていたのだ。もちろんテラスなどはない。
 マリアは浮いていた。
 そしてそのまま、旧屋敷の方に飛び去っていった。
   
 旧屋敷と言うのは100年ほど前まで居館だったでかい建物で、リナ達が入ったやはりでかい建物の裏手に建っている。原因不明の火事で燃えるところはあらかた焼け落ちてしまったが、もともと石造りだから建物にそれほど被害があった訳ではなく、ただ住むにはいささか不便になったために今の居館が建てられた。後片付けやらなんやらが面倒だというのでそのまま放置されており、普段は誰も近寄らない。隠れ住むにはもってこいの場所である。そういうわけでフレアも、驚く一方納得もしたのだそうだ。
 もちろんリナも納得した。
 魔道士であれば浮くと言うのは基本中の基本技である。浮けない魔道士というのはまず存在しない。
 かくて二人は「ゴースト退治」と「ゴーストをあやつっている「白い貌」=「マリアさん」探し」を引き受けることとなったのである。金貨50枚は前金で、解決すればさらに金貨100枚贈呈といわれればはっきり言って答えを聞く間でもない。
 ほくほく喜ぶリナの隣でアメリアはいささか気が乗らないでいた。
 彼女は昼間、何かを感じ、何かを見た。
 いい兆候ではない。
 けれど、結局何も言えなかった。
 クロイスの人々は困ってアメリア達に依頼してきたのである。それを断ることなどできるはずがないではないか。
 屋敷を包み込むように、陽はとっぷり暮れていく。
 そして・・・
 アメリアが襲われたのである。

     
       

               

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