1                          白い貌

       

             

「出たのよ」
 入ってくるなり、開口一番にリナは言った。
 麗らかな昼下がり。大通りから一本入っただけの裏通りと呼ぶにはいささか賑やかな家並みに面したカフェテラスは、行き交う人々の雑踏とそこここで交わされる人々ののどかな会話に溢れている。そんな中、返ってきたのはガウリイのやはりのどかな、
「おう。お帰りぃ」
 一言だけ。向いに座っているゼルガディスは例のごとく誰がどう見てもあやしい「覆面頭巾」姿で手元の古書に目を落としたまま顔すらあげようとしない。
「何が出たって?」
 ガウリイは手元のコーヒーカップを一息に空けた。それからもう一度リナを見、
「どうした。ずいぶん青い顔して・・・・なんかあったのか?」
「出たんだってば!」
 リナはわしゃっと両手でガウリイの袖を握った。どうも様子がおかしい。
「だから何が」
 リナが俯き、モゴモゴと口を動かす。しかしガウリイには聞き取れない。と、パタム、と本を閉じる音がして、
「そりゃ出るだろう。いるんだから」
 愛想のない声が横合いから答えるともなく発せられた。リナに袖を掴まれているのでガウリイは首だけひねる。
「何がいるんだよ、ゼル?」
「聞こえなかったのか?」
 白頭巾がやっと顔をあげた。ゼルガディスのエルフ耳にはリナの声が届いたらしい。ガウリイが軽く肩を竦めてみせると、ゼルガディスは興味なさげに立ち上がって言った。
「ゴースト。もう一つの「顔」さ、この世ならざる者たちの」
    

              
 ゴーストだとかゾンビとか呼ばれる類のモンスターは、この世界ではポピュラーだ。そんじょそこらで出食わすものではないが、そういう物がいるということはわりと普通に知られているし、それらを専門に扱う職業人も確かに実在している。ネクロマンサーと呼ばれる人々などがそうである。
 だから、「天才美少女魔道士」とかいう通り名を自分で勝手に(ある意味事実ではあるのだけれど)吹聴するだけでなく異世界の魔王とも面識があったりするこの破天荒な正式通称ドラまた娘、正式呼称ピンクのリナこと彼女リナ=インバースも、ゴーストの存在自体は当然知っている。というより、彼女がこれまでに文字通り吹き飛ばしてきたザコ敵の何割かはこの部類に入るわけで、それ自体が彼女を青ざめさせるということは絶対にない。
「違うの」
 宿屋に戻り、おやつ兼ごはんを一通りめい一杯食べ尽くして部屋に入ると、ようやく人心地ついたのかリナは再び口を開いた。それでもなおガウリイの袖はつかまえたままだ。ゼルガディスは二人から少し離れた窓辺に立ち、窓枠に腰をのせるようにして外に顔を向けている。
「ゴーストはゴーストなんだけど・・・・そーじゃなくて、えー・・・・その・・・・ゆ・・・・幽霊、が・・・・」
「「う〜ら〜め〜し〜や〜」の方ってことか?モンスターじゃなくて」
「そんなことは・・・・言ってなかったけど」
「でも、幽霊ってゴーストなんだろ?」
 ばきっ。
「違うって言ってるでしょーが!このエチゼンクラゲ!!」
 エチゼンねえ。
 なんのことだろう、などと疑問に思いつつ、今日は少々確信犯なガウリイはリナに気づかれないようそっと苦笑した。いたって現実主義なこの元気娘は実は幽霊話をかなり苦手としているのである。それでいてゴーストは平気なのだから矛盾だらけな気もするが、事実だからしょうがない。カフェでのあの怯えかたからそうじゃないかとは思っていたが・・・・なんとかいつもの調子まで気を紛らわせたようだ。ガウリイ、作戦勝ち。
「クラゲにしろゴーストにしろ幽霊にしろ」
 ゼルガディスがリナの後を継いで、
「最初っからわかってただろう。お前らが行ったのは「幽霊屋敷」なんだから」
「そうだけどっ」
 リナは憤然とゼルガディスを睨み返した。
「ゴーストはいたのよ確かに。そっちはいいの。あの子の一発でしっかり吹き飛んで貰ったしね。そうじゃなくてもう一件の方が曲者だったのよ・・・・」
「マリア=クロイスさん探しのことか?」
 ガウリイの言葉にリナが頷く。
「依頼は、屋敷に出るモンスターを倒して欲しい。もう一つ、屋敷のどこかにいるマリア・クロイスを探して欲しい。広いったってしょせん屋敷でしょ。たかを括ってたのは認めるわ。悔しいけど。でもまさかあんなものが・・・・」
            
      
 この付近ではもっぱら「幽霊屋敷」で通っている、土地の名族クロイス家の屋敷からリナ達にお呼びがかかったのは、別に偶然でもなんでもない。
 魔道士協会を通して依頼があったのである。
 ときに国も潰しかねないほどの常識はずれなパワーを発揮するくせに、リナはこれで親(姉という噂もある)の指導が行き届いていて、というか単に後が面倒だからでもあるのだが、移動先の魔道士協会へ所在照明のためきちんと顔をだしている。この街に着いた時も、リナはめんどくさいとかなんとか愚痴りつつまあまっ先に魔道士教会へ赴いた。何週間かぶりにあの親父さんへ手紙を書いたというので、投函ついでにアメリアがリナについて行ったから、その辺りのことを男連中、つまりガウリイとゼルガディスは全く知らない。が、その折にリナは協会からこの依頼を受けていたのだった。
「屋敷にモンスターと思しき奇妙な物が出没する。自分達には手に終えない。魔道士を派遣してほしい」
 というのがそもそもの依頼だった。リナはこの時まだクロイス邸が幽霊屋敷というなんともドリーミーな呼ばれ方をしていることなど知らなかったが、紹介してくれた協会員の様子がどうもおかしい。問いつめて・・・・というか脅しに脅して・・・・それが判明したのである。
「土地の者は・・・・あの家には近づきません。呪われますから」
「はぁ」
 予想のままの内容のない答えだったので、リナは拍子抜けして変な声を出してしまった。
「呪い、ですか?」
「追いかけられます」
「追いかけられるって?どういうことですか??」
 横合いからリナより高めの少女の声が勢い良く割り込んできた。違う意味でどきりとし、リナは恐る恐る横を見る。
 やっぱし。
 アメリアの瞳にきらきらと輝く二条の星。「愛と友情」か「正義と真実」か、どちらにせよまあそんなところだろう。
「いや・・・・う、噂ですから、私もよくは・・・・」
「ここまでいっといてそれはないんじゃないの?あたしが聞かなきゃ口を拭ってああラッキー、そのまま旅の魔道士が面倒に巻き込まれようと俺の知ったこっちゃない。そーゆーつもりだったんでしょーが」
「それすなわち悪!」
 にゅっ。
 アメリアは人差し指を協会員の鼻先へ突き付けて、
「人の不幸を黙って見過ごす。なんて卑劣な態度なの。そんな行為を愛と正義が許すわけにはいかないわ!」
 二条の星は今回「愛と正義」だったらしい。
 リナは「このアメリア=ウィル=テスラ=セイルーンが・・・・」とかなんとか続けている口をむんずと押さえ込むと、
「まあ、これはともかくとしてですね。教えてもらえますよねえ?その噂っての」
 にんま〜りと微笑んだ。
 でも目は笑っていない。はっきり言ってかなり怖い(笑)
「は・・・・はあ・・・・」
 協会員はおどおどと辺りを見回して誰もいないのを確認し、やがて意を決したようにリナを見据えた。
「あの家には・・・・魔物が棲んでるんです。魔物に害をなそうとする者は呪われて、死ぬまで追いかけられます。死んで魂になっても、死体になっても追いかけられるという話です。だから呪われた者は、魂はともかく・・・・死体も見つかりません。追いかけられ、逃げ続けているから」
 よく判らない。
「今回の依頼が、その魔物の御機嫌を損ねる、と?そうおっしゃりたい」
「そう・・・・です」
「で、何に追いかけられるんです?」
 肝心なところをきいていなかった。協会員の額から汗が滴り落ちる。暑くはない。彼は格闘しているのだ、自制心と。
 協会員の口がゆっくり動いた。
「・・・おに」
「?」
「「白い貌(かお)」、に」
 協会員は、そう言ったのだった。

        

                 

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