SAGA                                  1

      

           

 ことの起りは5日前。
 いつもの調子で食事を終えた後、デザートと称してケーキやら果物やらざっと10人前を平げつつ片手でガイドブックを見るという器用なことをやっていたリナが、やおら「今から出発する」などとと言い出したのが、そもそもの始まりだった。
 一見突拍子のない行動に見えるがこれはリナの正常パターンで、いきなり出発なんていうのはこいつの経歴を考えればごくひじょうにたいそういたってまことにもって他愛のない類いに入る。それ自体に格段異議はなかったが、リナがなにやらうれしそうにガイドブックを広げ始めた時点で俺は別行動を決意した。見開きにでかでかと印刷された文字が目に入ったからだ。
「世界の珍味大集合!第12回大美食博すぺしゃる」
 ・・・・スペシャル・・・・。
「あと三日で終わっちゃうらしいの。これを逃したら次は4年後なんだって」
 オリンピックか。
「んなもったいないことできるかってのよねっ。急ぐわよガウリイ、アメリア、ゼル!」
「おうっ!」
「はーいっ!!」
 何故急ぐか。ウワバミなみの食欲が急かしているのは言う間でもないが、地図を見れば一目瞭然、この博覧会・・・・と呼んでいいのか?・・・・が開かれている街というのがここからかなり遠いのである。街道ぞいに繋がっているとはいえ、通常の日程で行けばまず3、4日はかかる距離だ。これでは閉会にすら間に合わない。
「レイウイングでスッ飛ばせば余裕よ。ああっ美味があたしを呼んでいるっ!!」
「じゃあその街で落ち合おう。7日後でいいか?」
 立ち上がった俺に3つの視線が集中した。1つはやれやれ、1つはきょとんと、もう1つは驚いて・・・・それからそっと心配そうに。
「なんだ?ゼル、一緒に行かないのかよ?」
「ああ。行かない」
 俺はもともと食というものにあまり関心をもっていない。旨ければ旨いに越したことはないし、リナ達と違ってかなり繊細な味覚も持ち合わせてはいるが、普段の食事など俺にとってはただの栄養補給に過ぎず、したがってそんなものに行動を拘束されるのは存外だった。予定があればなおさらだ。
「放っときなさいよガウリイ。どうせどっかの遺跡に寄るとかいうんでしょ。7日で大丈夫なの?」
 リナのいう通り、街道ぞいに残っている遺跡をいくつか当たってみるつもりでいた。下調べは済ませてある。
「間に合うだろう。はずれなのは承知の上だが一応覗いておきたいんでな。万が一手がかりでもあったら洒落にならん」
「お宝があったら教えなさいね。ついでに手も出さないよーに(はあと)」
 立て掛けていた剣を腰に留め、リナの言葉に軽く片手を上げて扉に向き直った俺の背に、それまで沈黙していた声が反射した。
 とてて。
 子供っぽい靴音が走ってくる。
「待って下さいゼルガディスさん。わたしも、わたしも行きます!」

        

 副道を通ろうと言い出したのはアメリアの方である。
 この街道くらいの幹線道路になると、街道ぞいの区々を結んで幾つもの副道ができている。副道だから路面は悪いし幅は狭いし、中にはけもの道同然といったところもあるが、人通りだけは格段に少ない。
「ほら、えーと・・・・こっちの方が緑が多くてきっと空気もおいしいですよ!うんうん!ね?」
 「副道」である以上本街道とはさして離れていないところをずっと走っているわけで、緑の量に違いのあろうはずがなく、つまりは人の多い場所を嫌う俺を気づかっているだけなのは見え透いているのだが、極めつけのダイコン役者・・・よくいえば嘘がつけない・・・アメリアが懸命に真顔で言い募るのを眺めていると、そんな些細なことを指摘する気も起こらない。
「好きにしろ。俺はどっちでもいい」
 途端に大きな瞳を見開いて笑顔を返してくるアメリア。
「はーい!じゃあ出発しまーす!!」
 いつの間に用意していたのかリナと同じガイドブックを開いてみせて、
「もうちょっとしたら地元で評判の三食団子を食べさせてくれる御茶屋さんがあるそうですよ。絶対絶対食べましょうね、ゼルガディスさん!」
 やれやれ・・・。
 ともかく、こうして俺とアメリアの旅は始まった。
 これがあんな迷惑きわまりなく悲劇的かつ喜劇的な、ようはとんでもない事態に巻き込まれる最初の一歩であったことなど、その時の俺達が知る由もない。
       

        

 副道は人通りが少ない。
 ということは、それに反比例して「悪」が多い。
 俺としたことがその点に留意しなかったのは迂闊だった。悪、すなわち下心丸出しで絡んでくるにーちゃんや盗賊、追い剥ぎの類を見つけてはその都度木に登り、その都度顔面着地するということを目前で1日平均5回もくり返されれば、道の選択を後悔したくもなろうというものだ。
 おや、姿が見えないが。
 と思ったとたん、林のはるか上方から朗々と響く声。
「例え天が許しても、このアメリアが許しはしないわ。覚悟なさい。あなたの悪事もここまでよ!とうっっ」
 これまたとびきり輝いた顔をしていたりするのだ、このお姫さんときたら・・・・。
 ずべた。
 顔面着地はお約束だが、運悪く顔が地面にめり込む時もある。悪人達の反撃に間に合わない。成りゆき上、仕方なく俺が手を貸すはめになる。とはいえ、こんな雑魚相手に大技をくり出すほど俺は太っ腹にできていない。ため息まじりに紡ぎ出した爆風に飛ばされて目を回した野郎どもを文字通り踏み越え、地面からアメリアをひっぺがしてさっさと元の地点に戻る道すがら、
「俺が目を離した隙を見計らうよーにして木に登るのは止めろとさっきからくり返し言ってるだろう!」
「だって悪がいたんですからしょうがないじゃありませんかっ!!!」
 きらりん。
 アメリア、天の一角を指差して曰く、
「悪が一つ滅びたからいいんです!正義通れば全てよし!正義は貫くためにあるんです!!」
 まあお前が満足しているのならそれはそれで構わんが、そんなクソ恥ずかしい場面を傍から眺めさせられ、場合によってはあたかもお前の仲間であるかのように登場せざるを得なくなる俺の立場も少しは考えてくれ、アメリア・・・・。
「とにかく!いいか。子供じゃないんだ、自分で責任がとれないような行動はするな」
「はあ〜い。・・・」
 しぶしぶうなずきつつ頬はぱんぱんに膨らませている。そういうところがガキだと言うんだ、全く。
 もっともアメリアに話し掛けてくるのはそういう連中ばかりではなかった。
「お嬢ちゃん、大丈夫だよ。さあ、今のうちにお逃げ」
 俺とアメリアの組み合わせは、はたからみると人さらいととらわれの娘さんに映るらしい。まあ無理もないが。
 こういうのはたいていいかにも土地の人間といった感じの、猟の帰りだとか畑仕事の帰りと思われる中年〜壮年の男女で、そのたびにアメリアは俺が正義の仲良し四人組の一員であり、俺がどんなに好い人でどんなに正義を愛しているか(?)をフィルさん譲りの弁論術で熱く語りまくり、その結果、覆面の下で恥ずかしさの余りひとり密かに赤面する俺を尻目に、そのおっさんだかおばさんだかと理解の果ての感動の握手を交わして別れるのが常だった。
 こういってはなんだが、こいつを連れてきたのはやはり間違いだったかも知れない・・・・。

      

      

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