アンソロジーより        あたたかい雨

           
             
              
 宿屋での夕食中、リナはそんなマルチナの話を披露して、
「と言うわけなの。ね。妙ではあるでしょ?」
 アメリアの隣で静かにスープを口へ運んでいる覆面男の方を振り向いた。
「興味ないと言ったはずだぞ」
「話くらい聞いてくれてもいいじゃない。ねぇアメリア〜」
「マルチナさん真剣に悩んでるんです。そのう、男の人の気持って男の人にしか判らない、ってこともあるでしょう?わたしからもおねがいします。ゼルガディスさん・・・・」
 ゼルガディスはつい、アメリアを見てしまった。
 うるうるうるうる。
 巨大な瞳がみごとにゼルガディスを映して潤んでいる。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・何が聞きたい」
「ゼルガディスさん!ありがとうございますぅ!!」
「あんたの意見。マタニティ・ブルーも入ってんでしょうけどザングルスも確かにあやしい。どう思う?」
「あいつはシロだ」
 ゼルガディスは断言した。
「その心は?」
「一つ、あいつはそんなことが素面でできるほど器用じゃない。これはあいつと同じ男としての意見だ。二つ、少なくとも俺とガウリイはあいつの好みを知ってる。マルチナはそれにぴったり合致する。三つ、お前らと別れた後俺はあの家の使用人に話を聞いた。まんざら知らない仲じゃない。気にはなったんだ。使用人たちはあいつになんら疑惑を持ってなかった。聞いたのは夫婦仲はとても良いって話ばかりだ。この手の噂は使用人連中にはすぐに広がる。だが噂はほぼ皆無。そして四つ、俺はザングルスに会った」
「え?」
「何それ? いつ? どこで??」
「お前さんたちに会う少し前。街道沿いの町ですれ違ってな。俺はそういう気配は感じなかった。リナ、お前があいつの立場に居て、怪しまれることなく国を出ての一人旅をしていたとして、そんな相手が居たらどうする?」
「そりゃあ」
 少なくとも頻繁に連絡は取るだろう。できるなら一緒に旅もしたい。なにせそうないチャンスなのだ。だがリナをも舌を巻かせる観察眼を持つゼルガディスがそんな様子を感じなかったというのは注目に値する。
「じゃあマーガレットって?」
「知るか」
「でもすごいです」
 アメリアは尊敬の眼差しでゼルガディスを見つめ、
「ゼルガディスさん、マルチナさんに赤ちゃんがいるってすぐに見抜いちゃうんだもの。魔法医みたい。どうやってわかったんですか?」
「そりゃアメリア、ゼルには先立つ経験がいろいろと」
「あのな。見れば判るだろうが」
「わかんないわよ。ねえ」
「わかんないです。ねえ」
 異口同音に言われ、ゼルガディスは閉口した。
「・・・・判るものなんだ。慣れればな」
「ほーらみなさい。あるんじゃないよ」
「リナ、お前違う意味を考えてるだろう」
「あのマルチナさんとザングルスさんの赤ちゃんかぁ〜。どんな赤ちゃんなんでしょうね〜〜〜」
「そればかりはねー。生れてきてみないとねえ」
「おかーさんですよおかーさん!いいなあマルチナさん〜〜」
「何、あんた母親になりたいの?」
「え、リナさんはなりたくないんですかっ!?」
「そ・・・・そーじゃないけど」
 母親というのはなりたくてなれるものではないし、一人でなれるものでもない。思わず赤面してこそっと見上げたリナの視線の先には、我関せずと満面の笑顔でひとり食事を貪り食っているガウリイの姿がある。
「わたしも赤ちゃん欲しいです〜〜〜。かわいいじゃないですか〜〜〜〜〜」
「そりゃまあかわいいけどさあ」
「ガウリイさんとリナさんの赤ちゃんは」
「なっ・・!!・・・・ちょっちょっとアメリアっっっ」
「かわいくてかっこいい!おまけに魔法の腕も剣の腕も超一流っ!!けど一歩間違えると世界を滅ぼしちゃいそーですね。結構世界の危機かもです。ゼルガディスの赤ちゃんはどうでしょう?どうかなあ。どんな赤ちゃんだと思います?」
「・・・・ま、まあ、見た目はともかく性格まで似てたら悲劇だわね」
「でもきっととっても頭が良い、優しい子になると思いません? なりますよ! いいなあ〜〜〜。ねえねえゼルガディスさん。わたし、ぜったいぜったいゼルガディスさんの赤ちゃんが欲しいですう〜〜〜〜〜!!」
 リナ、愕然。
 ガウリイ、きょとん。
 ゼルガディスはアメリアを見つめ返し、ぽろ、と手のスプーンを取り落とした。 

   

    

 翌日。
「で?リナ、あんたの方はどうなのよ」
 男二人はリタイアし、結局二人だけでふたたび「王宮」・・・・しかもリナのドラグ・スレイブで再び派手に燃え傾いている・・・・を訪れたリナとアメリアに、マルチナはにんまりとそう言った。
「な、なんの話?」
「とぼけたってむだよ。あたくしのことばかり聞いてないで教えなさいな。ガウリイとはどこまで行ったの?」
「・・・・いきなしなんちゅーことを」
 昨日のアメリアといいマルチナといい、ことこの方面に関してリナはとことん遅れをとっている・・・・ように見えなくもない。
 かあああ。
 派手に赤面しつつも、
「ど・・・・こまで行くとか行かないとか、そーゆー仲じゃあないのっあたしとガウリイはっ。ただのパートナー!」
「でも好きなんでしょ?ハンサムなガウリイのこと」
「そうそう。町とか歩いてたらみんなガウリイさんのこと振り返って歩いてますもん」
「そりゃ美少女なあたしやあんたやゼルも居るからでしょーに」
「売約じゃダメよ売約じゃ。しっかり!買い取って!大切に持ってなきゃっっ。・・・・ほんとに好きなら、ね」
 そんなことはリナだって良くわかっている。どんなに破壊の帝王で食欲大王で希代の魔女でドラまた娘でも、リナとてただの恋する少女なのだ。ただ恋の機構は「わかっているからできる」などという単純な仕組みでは決してない。大切に思うそれゆえに、その反応は驚くほど複雑にして精緻である。
「ガウリイは・・・・ガウリイが・・・・あたしの保護者だっていうんだもん。だから保護者なのよ、あいつは。そう、ただの保護者」
 女の子同士の気のおけぬ会話に、珍しくリナの本音が混じっている。
「でも言ってたじゃないですか。一生リナさんだけの保護者だって言ってくれたって」
「きゃ〜〜〜〜!!!それってプロポーズ?!でしょ?!そうなんでしょ!!!やるわね〜〜〜〜。あんたも奥手なふりして隅におけないわ。おめでと、リナ!!」
「んなっ何言ってんのよもうっっ!いーの!あたしは今がいちばん居心地いいんだからっ。それだけよそれだけっ。こらアメリア!そーゆーあんたはどうなのよっ!!!!」
「えっっどどどどうって」
「思いっきり冷や汗かいてんじゃないわよっ。ほれ、さっさと白状する!「ゼルへの告白その後」!!」
「へ〜!告白したんだ〜!!」
「ずるい男なの。返事留保したくせに「会いには行く」なんて約束してんのよ。ふんとに素直じゃないんだからっっ」
「・・・・でも、仕方ない、です。ゼルガディスさんには夢がありますし・・・・。わたしも今はまだ、セイルーンでしたいことあります、し」
「あんたねえ。昨日あれだけ言っといて何今さら気弱になってんのよ」
「ほえっっ?!わたし何か言いました??!」
 アメリアのことである。あのセリフが意味する実際的な内容まで把握して言っているわけではあるまい、とほぼ確信していたとはいえ、
「・・・・ゼル、くじけちゃダメよ・・・・」
「まあどちらにせよあんたたちは心配なさそうね」
 リナとアメリアを見比べつつ、マルチナがさらりと言った。
「?」
「は・じ・め・て、よ。は・じ・め・て。ガウリイにしろゼルガディスにしろ上手そうじゃない」
 このマルチナの言葉を正確に理解できたのはむろんリナのみ。きょとんとするアメリアの横でわたわたと手を振りつつ、 
「ひいいいい。マルチナ−!!あんたってばもううっ!」
「だってまだなんでしょ?大切なことだわ。初めての時はやっぱり、ね」
「そーゆー問題でなく!!」
「あたくしのときは大変だったのよ〜。あたくしはもちろんだけれど(きゃ)ザングルスさまったらまだ童貞で」
「ドーテー?」
「やだ〜〜〜。アメリアってば知らないの〜〜〜?」
「マ゛〜〜ル゛〜〜ヂ〜〜ナ゛〜〜〜!!」
「オトナのあたくしが教えてあげるわ。つまりね♪・・・」


 と、
 コンコン。
 扉がノックされ、侍女、というよりお手伝いのオバサンが顔を出した。
「旦那さんが帰ってみえましたよ」

              

    

          

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