アンソロジーより        あたたかい雨

             
              
     
 ゾアナ王国王宮
 と通称されているやや大きな規模の民家の中で、
「マーガレットマーガレットマーガレット!!誰よマーガレットってーー!!もうう許せないんだから〜〜〜〜〜っっ!!!」
 うわああああん。
 大泣きしているのは、マルチナ=ゾアナ=メル=ナブラチロワ王女その人。
「あたくしのザングルスさまが〜っ。ザングルスさま〜〜〜〜。ああんもうリナ〜〜〜〜!!」
「どやっかましーわーーーーーーー!!!!」
 どっかーん。
 来客用のわりと小奇麗なテーブルを一撃で蹴り壊すと、リナはむんずとマルチナの襟首を掴み上げた。
「マーガレットだろーがパンジーだろーがラフレシアだろーがあたしの知ったことじゃないわっ。あれは何っっ!!」
「だってマーガレットが〜〜〜」
「あれは何っっっ?!」
 リナの指差した先、客間の窓の向こうに拡がるのどかな田舎の畑風景の中、見るからに小さいお子さま用のブランコやら滑り台やら登り棒やらがいくつか固めて置いてある。
 そしてそれらを囲った柵の正面にでかでかと記されているのは・・・・
「ユニバーサル・スタジオ・イン・ゾアナよ」
「タダの公園でしょうがあれはっっ。どの辺がユニバーサルでスタジオなのよっっっ」
「ゾアナでは公園のことをそう呼んでるわ。なあにリナ、あなたそんなことも知らなかったの? おーーーっほっほっほっ!」
「だったらフリーパスなんて作るなーーー!!」
「パスがある方が気分が出るじゃない!」
「気分って?」
 居眠りをこくガウリイと他人同然にそっぽを向いているゼルガディスを代表してアメリアが聞く。
「ただの公園に遊びに行っただけで、とってもいいとこに遊びに行ったよーな気になれるじゃないの!!」
「アメリア。防御結界、フルパワーだ」
 ゼルガディスがアメリアにそう耳打ちした次の瞬間。
「なれるかーーーーー!!
 
ドラグ・スレイブーーーーー!!!

 
 ドゴオオオオオオッ。

 悪夢再び。
 天才魔道士の裁きの雷が再びゾアナを焼き尽くした。 

「つまり、ザングルスさんがマーガレットさんて人と浮気をしているらしい。で、リナさんやわたしたちに事の真相を突き止めてもらいたい、と、こーゆーわけですね」
「わたくしは本気よ」
 マルチナはあちこち焼け焦げた白いハンカチをきりりと噛みつつ涙を浮かべ、
「もし本当ならぜったいぜったい許せないっ。わたくし、実家に帰らせていただきます」
「あんたの実家はここでしょーが」
 呟いてリナが脱力する。
「マーガレットさんが見つけて・・・・どうするんです?」
「決まってるわっ。ぎったぎたのぐっちょぐちょのミンチのスプラッターにしてやるのよっ」
「ひえええ。ス、スプラッターですかあ?!」
「でもなー。あのザングルスが浮気っていまいちピンと来ないのよね。ゼルはどう思う?」 
「さあな」
「さあなってあんた」
「俺は興味ない。宿屋に居る。気が済んだら来てくれ」
 相変わらずの無関心極まりないセリフだったが、リナの眉がぴくりと動いた。「気が済んだら」という表現はこういう時にゼルガディスが使う言葉としては頻度の少ない類である。つまり何か意味がある。
「どういうこと?」
 ゼルガディスはリナを見返し、軽くため息をつくとマルチナに向き直った。
「何ヵ月だ」
 不思議そうなアメリアの横で思いきり仰け反るリナ。
「え!?えええっ??どぇぇええええっっっっっ!?!」
「4ヵ月よ」
 マルチナはなおぐしぐしとハンカチを噛みながら、あっさりそう答えた。
「マルチナ、あんたが?あんたが・・・・ま、まままママになんの?!!」
「すごーい!!おめでとうございますマルチナさん!!」
「そういうことだ」
 ゼルガディスは関心のないことにはとことん冷淡である。それだけ言うと、軽く片手をあげて立ち上がり、他の連中に背を向けた。
「ゼル?!待ちなさいってば!」
「気ィつけろよ〜」
「ちょっと!ガウリイッ!!」
 ゼルガディスにしてみれば当然である。人が身体をもとに戻すというもはや呪縛に近い自分の夢を叶えるために必死になって遺跡をまわっていたと言うのに、騙されるようにして連れ出された挙げ句が実体のない痴話喧嘩とあっては正直救いようがない。
 ぼかっ。
 おそらくガウリイが頭を小突かれたのだろう。背後で鈍めながら響きのいい殴打音がする。
 アメリアの声がした。
「すご〜〜〜〜〜いっ。それで?もう名前とか決めたんですか??」
 お子さまは思わぬ事態に興味津々のようである。
 ゼルガディスはフードを被りなおすと、無言で独り外にでた。

 妊娠が発覚する前からザングルスの様子がおかしいのには気がついていたそうだ。妙に帰宅が遅かったり、夜中にこっそり出かけて朝方まで帰って来なかった日もあったと言う。
「でもでもあたくしって純真でしょう?ザングルスさまを信じてたの。何も不思議に思わなかった」
「それも変だわね(汗)」
 ところが事態は急変した。ザングルスが出稼ぎに出る前の日の夜(ゾアナ王家のこの入婿は現金収入を得るため遠方へ出稼ぎに行っている)、一つ布団で寝ていたマルチナの耳もとで、寝言にこう呟いたのである。
「かわいいよ。マーガレット・・・・」
 幸せそうに笑みまで浮かべて・・・・。
「可愛いってなあに?!どーゆーことっ!?マーガレットって誰よ!ねえリナ、アメリア、あなたたちもそう思うでしょう?!」
「聞いてみなかったんです?」
「聞いてないわよ。聞けるわけないわよ。あんな・・・・あんなにやさしい笑顔をしてた・・・・もの・・・・。聞けるわけ、ないじゃない・・・・」
 彼女の身近に居る家族と言えばモロス王のみ。親子といえども父と娘。こればかりは口にしがたい話題である。
 そうしてマルチナは一人で悩んでいたわけだ。
「ちょうどあんたたちの事を思い出したのよ。それで相談してみようと思って」
「ユニバーサルスタジオをエサにしたって訳ね。・・・・って、ふつー(普通)に相談しろふつーに!!」
「心当たりはないんですか?そのう、マーガレットさん、に」
「あたくしにはなくってよ。ちなみにゾアナにマーガレットは4人居たわ。1人は70才のおばあちゃん。1人は2才の女の子。残る2人は20代と40代。20代の子は半年前からライゼールに行ってるの。40代の方はウラが取れなかったわ。だんなさまと4人の子供がいて趣味はダイエットとガーデニングで」
「・・・・。あんたそれ全部調べたの?」
「あたりまえじゃない。憎い女のことよ。きーーーっくやしーーーーっ。今は亡きゾアメルグスターさまに呪ってでもこの手で突き止めてやるんだからっっ」
「相変わらず行動力あるわね〜。変なとこだけ(ぼそ)」
「でも」
 マルチナは瞳を伏せた。
「・・・・マーガレットの事は知りたいの。それは本当なの。だけど・・・・」
 いったん口を閉じ、ややあって、
「どうしていいのかわからない。ザングルスさま、ほんとうに・・・・優しい顔をしてたわ。マーガレットのこと、とても愛してるのよ。だったら・・・・その方がザングルスさまにとって幸せなら・・・・あたくし・・・・あたくしは・・・・」
 マルチナの頬を滴がそっと流れ落ちた。

        

             

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