アンソロジーより        あたたかい雨

       
     

 そのチケットには、
「ユニバーサル・スタジオ・イン・ゾアナ」
と書かれていた。

「ユニバーサル・スタジオ・イン・ゾアナ?何ですそれ?」
 アメリアはリナから受け取った紙切れをためつすがめつ裏返したり透かしたりして眺めている。
「何なんだろ」
 リナはぽりぽり頭を掻きつつ、
「とりあえずテーマパークらしいのよ。あたしも良くわかんないんだけどさ」
 懐から同じロゴ入りの封筒を取り出した。上品だがいささか派手な色彩の、まあ個性的な封筒である。表にはきれいな女手で「リナ=インバース様」の宛名。その文字に見覚えがあるようなないような。
「え」
 アメリアが振り返った。
「ゾアナって・・・・もしかしてマルチナさんですか?」
「そーなの。元気にしてるみたい。懐かしーわねー。・・・て、あたし顔も良く覚えてないんだけど」
 マルチナ=ゾアナ=メル=ナブラチロワ。
 冥王との戦いのおりに知り合った、ゾアナ王国のパワフル王女だ。
 あのザングルスと電撃結婚し、復活途中のゾアナ王国にてラブラブハートフルな日々を送っているはずである。
「手紙をくれてね。これが二枚入ってたのよ。フリーパスのペアチケットなんだって。せっかくだしタダだしさ、あんたも一緒にどうかなと思って」
 アメリアの顔が輝いた。
 リナたちとの旅が終わりを迎えてはや数カ月。ドレス姿での公務にもすっかり馴れきってしまい、セイルーン王家特有の悪癖・・・と言っていいだろう・・・が頭をもたげ始めていたところである。しかもテーマパークなどと聞いては、お祭り大好き娘の血が騒がないわけがない。
「行きます!」
 の「い」を言おうとして、しかしアメリアの口許がそのまま微妙に固まった。
「あ・・・でも、ペアチケット・・・なんですよね。・・・・」
 考えてみるとアメリアにはペアになるべき相手がいないのだ。リナとガウリイがそうであるように、かつてそれが当たり前であるかのようにごく自然にペアを組んでいた、そしてアメリアが誰より一緒に居たいと思い続けている人物は、今、果たしてどこにいるのかも・・・・
「そだ!ごめ〜ん」
「?」
「言うの忘れてた。だってー、あんたがお茶請けに出してくれたあのセイルーン名物ココア入りマフィン、すっごくおいしかったんだも〜ん。ウフフフフ」
「はあ・・・・じゃあ良かったらお土産にでも」
「ガウリイとあたし別々に20、いや30個ずつ。いい? やたっ。さっすがアメリア〜!話が判るー!!」
「50個ずつにしときます」
「ほんとっ?!」
「後がいろいろとたいへんですから(ふぅ)」
「あめりあちゃ〜〜〜〜〜ん?」
「は!!! い、いいえ何でも。ちょっとわたし疲れてるみたいで。あははははは」
「あははははは。あとで覚えときなさいっ。・・・ここに来る途中でたまたま幸運にもひょっこりばったり見つけてさ。どうしても来たいって言うもんだからしかたなく連れてきたの。ま〜たその辺の柱の影でひっそりポーズなんか決めて一人で悦に入ってるんでしょうよ。さっさと出てくりゃいいのに、相変わらず根性ひねくれまくってるわよねえ」
「・・・・え?」
  
 トクン。
  
 アメリアの鼓動が大きくなる。
 リナが言っているのは、それは、まさか、
 その人は、

 
「悪かったな」

 声は不意に後ろからした。
 ずっと聞きたいと思っていた。何度も夢に見た声。だからこそ、振り向くまでに少し時間がかかった。
 ・・・・夢なら、ここで覚めてしまう。
 午後の日射しを受けて輝く回廊の白い巨柱の向こう、アイボリーの外套がはためいている。
 アメリアは駆け出した。
 そのままぎゅっと目をつぶり、柱の向こうのそれに勢い良く抱きつく。まるでタックルである。
 目で確かめてしまうのが、まだ、こわかったのだ。
「おい」
 アメリアは答えず、抱きついた両手に力を込め、思いきり息を吸い込んだ。
「アメリア?」
「いい匂い」
 ようやく顔をあげる。アイボリーのフードの下、緑灰色の静かな瞳がそっとアメリアを見下ろしていた。もうこわがる必要はない。彼はここに居る。
 安心して涙が出てきた。笑い泣きの顏のままゼルガディスの胸にもう一度顔を埋める。
「ゼルガディスさんの匂いがします。・・・・あったかーい。春の風の匂いみたい」
 ゼルガディスは少し変な顔をした。呆れているらしい。

  
  
 ゾアナに向かう道中、アメリアは一人で感激しきりである。
「ゼルガディスさんがこの世界のどこにいるかなんて全然判らないのに、偶然出会えたなんてすごいですよねえ」
「まあね」
 リナは、どこに居るのか判らないたった一人の人間をやみくもに捜す、などという無駄なことはしない主義だ。実のところは調査の結果としてゼルガディスの居所を突き止め、彼をセイルーンに引っ張って行ったというのが正しい。リナはアメリアの気持もゼルガディスの気持も知っている。その上でいまいち微妙に煮え切らぬゼルガディスを「ええ加減腹を括らんかい!」とそそのかすのが、テーマパークを楽しむことと表裏一体となった今回の旅のもう一つの目的である。
「これぞ正義の仲良し四人組の愛の力ですね!!」
「そーそー。ゼルってばあれでユニバーサルスタジオ楽しみにしてるらしいし」
「そーなんですか?」
 アメリアは隣を歩いているゼルガディスを見上げた。
 ゼルガディスは何も言わない。
「へえ。あんなに人の多いとこなのに〜」 
「でしょ〜。ねえゼル。すーっごくとーっても、楽しみにしてるのよねー♪」
 にたりと笑ってリナがゼルガディスを見る。ゼルガディスはリナを一瞥したものの、やはり無言である。
「メリーゴーランドとか〜、ジェットコースターとか〜、あとなんだっけ。バンジージャンプだっけ。あーゆーヤツだーい好きなのよね〜ゼルちゃ〜ん♪(はあと)」
 メリーゴーランドに乗ったゼルガディス。
 ・・・・あのキラキラときらめくメルヘンな空間をどんな顔でぐるぐる回っているのだろう。
 ジェットコースターに乗ったゼルガディス。
 ・・・・クールな表情のまま乗っているのもこわいが泣き喚くゼルガディスというのもかなり不気味だ。
 バンジージャンプをするゼルガディス。
 ・・・・レイ・ウイング日常茶飯事使用の人間にはほとんど無意味なシロモノだが、何より彼の重さならロープが切れるおそれも・・・・
「うわっだめ!それはだめです!ぜったいダメ!あぶないです!」
 ね、止めときましょうねゼルガディスさんっと拳を握って何やらひとり意気込んでいる少女の頭の天辺を眺めつつ、当のゼルガディスはフードの下で苦い顔をしていた。ただし微妙に赤い。
 ゼルガディスは人の集まるところが嫌いだ。ゆえにテーマパークだのなんだのと言った娯楽施設も当然嫌いである。だがそれを言ってしまったら、彼がセイルーンに向かうことになったそもそものきっかけまで告白しなければならなくなってしまう。
 
 アメリアが某国の王子と結婚を決めたらしいという噂があるらしい、というおそろしくベタな口実でセイルーン行を決めてしまった、などとは口が裂けても言えるはずなどないではないか。

 これとて言ってきたのがリナとガウリイだったから、ゼルガディスもうっかり鵜呑みにしてしまったのだ。
 まったく、他人の言うことなどゆめ信用するものではない。
 ゼルガディスはため息をついた。
 前方、言葉を交わしては笑いあっているリナとガウリイ、そしてゼルガディスに向かってなお熱く語り続けているアメリアの背後に巨大なクレーターが見えてきている。
 ナブラチロワ王家の統べる国、リナのドラグ・スレイブの前に跡形もなく滅んだ都。
 ゾアナ王国が近い。

    

         

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