聖セイルーン学院高等部 3

       

       

 第一化学実験室にて。
 1-Jの学生40名は6つの実験台に分かれてフラスコやらピペットやらを片手に黙々と実験に取り組んでいる。
 ・・・が、実のところ、彼らの視線はもっぱら一人のクラスメイトに集中していた。
 言わずと知れたアメリアその人。
 もっと正確にいうなら、彼女の着ている白衣の左ポケット・・・。
 そうなのだ。白衣は学校指定の物なので、左胸のポケットに必ずクラスと名前が青の刺繍で縫い取ってあるのである。
 アメリアが着ているちょっと大きめの白衣に踊る、
          
 2-S   08   Z=Greywards
            
 の文字、これがクラスメイトの・・・特に女生徒の・・・興味を惹かないわけがない。
 小声でそこここで交わされる、
「あれってあれって、あの人よね?」
「Sだから特進でしょ。こわそうだけどめちゃくちゃ二枚目の・・・・」
「モデルみたいな人っ」
「アメリアさんて、もしかして彼女?」
「いーなー。あたしもあの人の白衣着てみたーいっ!」
 内容が内容だけに、いやでもアメリアの耳に飛び込んできたりして。
(か・・・・彼女・・・・っ)
 ひゃあああああ。
 ピペットを持つ手が震えてくる。自分では判らないけれど顔だって真っ赤になってるに違いない。なにぶん大切に大切に掌中の珠のごとく育てられたアメリア姫、恋愛には全くもって免疫がないのだ。
 一方でこんな声も聞こえてくる。
「グレイワーズ先輩って「来る者は拒まず去る者は追わず」ってタイプらしいし・・・」
「アメリアさん可愛いくてお嬢様だもん。やっぱ頼まれたら断れないんじゃないの、男の人としては」
「それにほら、アメリアさんてインバース先輩と知り合いでしょ。インバース先輩とグレイワーズ先輩ってすごく仲いいしね」

・・・・インバース先輩とグレイワーズ先輩ってすごく仲いいしね。
               
(あれ?)
 なんだか今、一瞬胸が痛かった。例えとかじゃなく本当に。
(どうしたんだろう、わたし)
 リナとゼルガディスが親しいのは聞いている。リナとゼルガディスはクラスメイト、ゼルガディスはガウリイと親友で、ガウリイはリナの「保護者」、そしてガウリイとリナは(本人は否定してるけど)恋人同士で・・・
 思わずピペットを止めたアメリアの脳裏に、今し方会ったばかりのゼルガディスの姿が浮かぶ。冷たいほどに整った横顔。自分を見ようとしなかった透明な瞳。
「どうかしたんですか?」
 クラスメイトの声でアメリアは我に返った。
「あ、いえ・・・なんでも、ないです」
 そうだ。今は授業中、ちゃんと集中しなくちゃ。
 ぎゅっ。
 気合いを込めてピペットを握るアメリア。
 そして次の瞬間、まあ当然の成りゆきとして・・・

 ぽたぽたぽたっ

 白衣から白い煙が立ち上る・・・・
「あ゛ーーーーっ!!」
 アメリアの悲鳴が東棟2階の廊下へ延々ととこだました。

         

 同じ頃、西棟の第三地学実験室。
 こちら2-Sのメンバーもそれぞれグループに分かれて実験に入っている。リナとゼルガディスは出席番号の関係で同じグループだ。ゼルガディスの正面に座っているそのリナの白衣に踊っているのは、
        
1-J   34   A=W=T=Saillune
            
 の文字。
「もしやとは思ったが・・・・やっぱりお前か」
「何が?」
「本人に聞け」
 ゼルガディスは目線でアメリアの名前を差してみせた。リナはてへ、と笑って、
「これのこと?だってー、職員室に行ったとかってなかなか帰ってこないんだもん。1時間だけだしいいか、って黙って持ってきちゃったんだけど・・・。なんかマズかったかな?」
 言ってみたところで今さらどうなるわけでもない。ゼルガディスは机に頬杖をついたままそっぽを向いて、
「ったく、ガウリイの旦那も苦労するな・・・・」
「なんでそこでクラゲの名前が出てくんのよっ!!」
 ごすっばきっめきっ。
 手近に会った岩石標本でゼルガディスを机に撃沈させる赤面リナの姿が目撃されたのだった・・・・。

              

 お昼がきた。
 アメリアはひとり化学実験室の前に立っている。
 時間帯が時間帯とあって実験室が集まっているこの一角は人気もなく、耳が痛くなる程しんと静まり返っていた。微かに漂う薬品の香りが雰囲気をいっそう冷ややかで他人行儀なものにしている。アメリアはこれから会う相手に劣らぬほど青ーくなってしまった顔で大きくため息をつき、ちょっとためらってから、
 コンコン。
「失礼します。ゼルガディスさん・・・・居ますか?」
 返事はなし。暗幕カーテンがひっそり風に揺れているだけ・・・・けれど、よく見ると突き当たりの準備室の扉が少しだけ開いている。アメリアは準備室ににょこっと顔を覗かせた。

        

                  

次のページへ トップへ 小説トップへ