聖セイルーン学院高等部 4

       

       

 窓から差し込む陽の光が眩しい。
 それで、最初それは逆光に浮かぶ奇妙なシルエットに見えた。
「・・・ん・・・」
 甘い吐息が聞こえてくる。目が馴れてくるにつれ、扉から顔だけ覗かせた格好のまま、アメリアはもともと大きい瞳をさらにぎょぎょぎょっと見開いた。
 飛び込んできたのはキスシーン。
 スーツ姿の女が、肩を半ばむき出しにしたアラレもない格好でアメリアに背を向けている。
 そしてちょうどアメリアの方を向いて彼女を抱き寄せ、唇を重ねている人影は・・・
(え!!??ぜ、ぜっぜっぜっゼルガディスさんっ!!??)
 あまりのことに硬直しつつ、でもしっかり目も離せないアメリア(笑)
 と、閉ざされていたゼルガディスのまぶたがふいに開いた。
 冷静な、どこか醒め切った眼差しがすいとアメリアを捉える。
 そのまま見つめあうこと数秒・・・
   
 に、
 にひゃ。
  
 ひきつった愛想笑いを貼り付かせて音を立てぬよう後じさると、アメリアは一目散に駆け出した。
       
       
        
 ばこばこばこばこばこばこ。
(び・・・びっくりしたぁ・・・っ)
 心臓が体中を跳ね回っているようだ。
 化学室からはるーか離れた中庭まで走り抜け、胸に手を当てて息を整えていると、辺りを行き来する学生の群れにまぎれて食堂帰りのガウリイとリナが渡り廊下を歩いて来た。
「アメリアじゃないか。ゼルは?居なかったのか?」
 ゼルガディスには親衛隊を自称する女生徒が大量についている。これはアメリアも中等部の頃から噂にきいていたが、それを面倒くさがって本人は昼休みになると人気のない化学室に行っているのだとアメリアに教えてくれたのは、ほかならぬガウリイとリナだった。
「変ねえ。何処行っちゃったのかしら」
「いつもあそこに逃げ込んでんだけどなー」
「あ。いえ、ちゃんと会えた・・・です。けど・・・」
「けど?」
 ・・・思い出してしまった。
 もともと少し赤らんでいた顔をいっそう赤らめて、アメリアは白衣を抱きかかえ、もじもじと俯いてしまう。
 い、言えないっ・・・・。
 のほほんと人の良さそうな笑顔を浮かべてこちらを見ている男の人(ガウリイ)−−−しかも当人の親友だ−−−の前でなんて、と、とても・・・!
「なんで俺の顔見て赤くなってんだ、アメリア?」
「いえ・・・そのう〜〜〜会ったというか・・・目が・・・合った、というか・・・」
 とリナ、ここでアメリアの手の物に目を留めるや、
「待った」
 ぱっ。
 一瞬のすきにみごとな素早さで奪い取った。
 広げてみせたその胸元には、まぎれもないクラスメイトの名前が縫い込まれている。リナはにやりと、
「見覚えがあると思ったのよこの白衣。やっぱりね。ふ〜〜〜〜〜ん。で?アメリアちゃん。アナタがゼルガディスちゃんの白衣を持ってるって、これはいったいどーゆーことなのかな〜〜〜。「ちょっとお話があって」じゃなかったの〜〜〜〜?あたしきーて(聞いて)ないな〜〜〜〜〜」
「ちっちがっ違いますよぅ!ただ貸してもらっただけでっ・・・お話があるのはほんとなんですぅっ」
 ゼルガディスを探している理由を−−−−白衣を借り、その白衣に穴を開けてしまったのを謝ろうと思っていることを−−−−アメリアはリナに言っていなかった。それはたまたまだったのだが、目を白黒させているアメリアの前でリナは思い返したように手を打って、
「そだ。白衣といえばサンキュ!助かったわっ」
「は?」
「白衣よ白衣。昨日洗濯に持って帰ったまま忘れちゃっててさー。あんたの借りてたのよね」
「え」
「だってえ、あんた職員室からなかなか帰って来なかったでしょ。時間なかったし、悪いなと思ったんだけどそのまま使わせて貰ったんだー」
「お前・・・ひとのもの勝手に持ち出してたのかよ〜(汗)」
「リナさんのしわざだったんですか〜!?てっきり忘れてきたんだと思ってたのに〜〜!!」
 アメリアの周囲ではどうやら地軸はリナの足元から地球を貫通しているらしい。
「ふむ。それでこの白衣なわけね」
 リナは微妙に意味ありげな目配せを含み笑いとともにアメリアによこしつつ、
「あたしはあんたから借りてあんたはゼルから借りて、全部丸く収まったんだからいーじゃない。陰険で冷たいゼルガディスちゃんともお話できたんでしょ?ほら、ガウリイまでそんな顔しないのっ」
 ゼルガディスの白衣を投げて返した。
「んじゃ、放課後星火荘で」
 星火荘はリナとアメリアが愛用しているカフェだ。古風な名前のわりにお洒落で安くておいしくて、学校近辺では知る人ぞ知る穴場である。
「しっかり聞かせてもらうからそのつもりでね♪もちろんあんたのおごり〜♪行きましょガウリイッ♪♪」
「じゃあな」
 ひらひら手を振りながら二人は立ち去ってしまった。
「リナさ〜〜ん〜〜〜(汗汗)」
 何故かドキドキを高鳴らせつつ(笑)叫ぶ声が空しく響く。
 そして手元に目をやって、アメリアははたと我に返った。手に残るは一枚の穴開き白衣。
 そうだった。
 これを返すため、今日のうちに彼ともう一度顔を合わさねばならないのだ・・・。
        
     
    
 午後の授業は上の空で終わった。
 彼のことがなぜか気になる。そうとしか言えない静かで不思議な胸騒ぎにアメリアは満たされていた。初めての経験だった。
 ともあれ手元にあるのは穴開き白衣一つのみ。昼のことを思うとひときわ妙な気分で、それでも前向き元気娘ゆえに笑顔を浮かべてアメリアが終業後の2-Sを訪れた時、すでにゼルガディスはおらず、部活に行ったというので体育館を覗いてみたがこちらも姿が見当たらない。胴衣姿のガウリイが遠くからアメリアを見つけて、
「ゼルなら今日は化学部だぞ」
 と教えてくれた。そうだった。そもそも昼休みに白衣を返しに行ったのは、ゼルガディスが放課後すぐに使うと言っていたからなのである。目を合わせただけで逃げてしまったから結局返せなかったわけだが・・・。
 かくしてアメリアは、昼と同じ実験室の前に再び・・・今度は幾分赤らんだ面持ちで・・・立つことになった。
 コンコン。
「失礼します。ゼルガディス、さん・・・・?」
 やはり返事はなし。そしてやはり準備室の扉が少しだけ開いている。アメリアはおそるおそる準備室に顔を覗かせた。 
           
  
 
        

                  

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