魔剣士小話                  窓

  
                  
              
 雨の中をアメリアが帰ってくるのが見える。
  
    
 知らない男の傘に入って通りをこちらへと歩いてくる。
 小さな袋を大事そうに抱えてにこにこと話をしている。
 傘に遮られて男の表情は見えない。
 帰りが遅いので迎えにでようとした矢先、突然降り出した雨だった。 
 飛沫にくもる窓に映る二人の姿が一つに歪み解け合いながら滴とともに流れ落ちていくのを、ゼルガディスは無言で眺めている。
 

 傘の下に寄り添う人間の男と女。
 連れ立ったきっかけは知らないが、雨の中傘の下で微笑みあう、そんな男女の姿はどこの街角でも見られる些細な日常の光景にすぎない。 
 それは日常的でない存在を確かに拒む空間だった。
  
  
 ゼルガディスは窓辺を離れた。
  
  
「ゼルガディスさーん?」
 灯りのついていない部屋に廊下の光がこぼれ、小さめの影が床に延びた。
 それは何やらおもむろに両手を腰に当て、
「どうして手を振ってくれなかったんです?もうぅ」
「?」
「ゼルガディスさんドアの横に立ってたでしょう?わたし一生懸命振ったのに〜」
「・・・・見えなかった」
「大丈夫ですか?風邪でもひいちゃったんですか?」
 足音がためらいがちに近づいてくる。それは窓の向うの少女となって寝台に転がっていたゼルガディスを心配そうに覗き込んだ。
「どこに行ってた」
「お買い物です。コーヒー豆屋さんに」
「・・・」
「ブラックで飲んで一番おいしいっていうの買ってきました。今淹れてるんですよ。良かったらその・・・あ、でも気分が悪いんだったら」
「−−−−貰おう」
「ほんとですか?良かった〜。ゼルガティスさんのお口にあうといいんですけど」   
 ゼルガディスははじめてアメリアを見る。
「早く行かないと売り切れちゃうって聞いて。急いでたらゼルガディスさんどんなのが好きなのか聞くの忘れちゃって・・・」
 アメリアは少し照れたように、
「傘まで忘れちゃって大変でした。でもまかせてください!お豆はしっかりきっちり守って全然濡れてませんから!」
 だってゼルガティスさんおいしいコーヒーが好きでしょう?
 洗いたての黒髪をふさりと振ってそう頷くと、すぐ持ってきますねとうれしそうな声を残して扉は再び閉じられた。
 高めの靴音が廊下を遠のいていく。
 ゼルガディスは身体を起こし、窓を見た。
 暗くなった外はもう雨かどうかもわからない。
 青いゼルガディスと彼のいる部屋だけが硝子にひたりと映っている。

 
  
  
       

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