記憶のかけら                         2

    

             

「ゼルガディスさんだったらどうかなあ」
 頬杖をついて外の景色を眺めながらアメリアは想像を膨らませた。ということはゼルガディスが姫、自分は魔王を倒しに行くヒーローで・・・
 にへら。
 笑み崩れる口元を慌てて引き締める。違う違う、もしゼルガディスが今自分の記憶を無くしてしまったとしたら・・・そして再び巡り合えたとしたら・・・、
 ゼルガディスは自分に気付いてくれるだろうか?
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
「あううう・・・・・ダメかも・・・・・」
 悶々とした長考の末、アメリアは机の上にへしゃげ込んだ。非常識な見かけによらず、ゼルガディスは至って常識派の人間だ。巡り合ったところで、「再会」までは納得するかもしれないが、その先のロマンチックなシチュエーションを解ってくれるとは思えない。そもそもよく考えてみると、運命だのなんだのとゼルガディスにとっては本当にどうでもいいことかもしれないのだ。傍から見た今の二人の関係はアメリアからの完全な一方通行、文字どおりの片思いなのである。
(ゼルガディスさん、どう思ってるのかなあ・・・・わたしの、こと・・・・)
 今まで何度となくくり返してきた問いを、アメリアはまた心の中で呟いてみる。本人に聞けば一番話が早い、そんなことは百も承知しているけれど、なんといってもそこは御深窓の御令嬢。軽々しく口になどできるわけがないのだ。
(きらわれて・・・・は、いない・・・・と思うんだけど・・・・な・・・・)
 相変わらず例のごとくむっつり押し黙ってはいるが、こうやって図書館にくっついてきても何も言うわけではなく、ちょっと出かけたい時でも頼めば一緒に来てくれる。嫌なものを嫌と言うことにためらいを見せない男だから、ほんとにうっとうしければ「邪魔だ。来るな」「一人で行け」くらい平気でいうはずなのだが、実のところアメリアは、出会った頃はともかくそこまで冷ややかな言葉を彼から投げ付けられたことがなかった。似たような言葉ならあるが、その場合はいつも「危険だから」とか「お子さまだから」とかいう多少理不尽ながらもアメリアが納得せざるを得ない理由があるのが常である。
 が。
 そうなのだ。
(ゼルガディスさんもリナさんもわたしのこといつも子供子供って言うし!そんなに子供っぽいのかなあ、わたし・・・・)
 開け放たれた窓に映る自分の姿を、アメリアは枠越しにしげしげと見つめた。背丈は確かに低い方・・・ゼルガディスの胸元までしか届かない。細身なのにどこかまるまるしたイメージ・・・があるのは例の「おこさまのくせになまいきな」(リナ談)部分のせいかもしれない。ちょっと自慢の豊かな黒髪・・・は肩の辺りでおかっぱに切り揃えられているし、透けて見える空と同じ鮮やかな青の大きな瞳・・・は愛と正義に向かって今日も元気に燃えている。
(だいたいゼルガディスさんってミワンさんみたいなきれいで髪が長くてほっそりしてちょっと大人っぽくて健気で、守ってあげたい!って思えるような女の子がタイプで・・・)
 かくのごとく、そういう種類の女の子にアメリアは属していない。そんな自分が決して嫌いなわけではないけれど、アメリアも恋に恋するお年頃、ゼルガディスのことを考えると、心の底に堆く沈み積る悩みがあるのである。まあ、幸か不幸かミワンがアメリアの本当の恋敵になることはないとはいえ、好きな人の好みから自分がどれだけ離れているのかを思い知らされるのは、やはりそっと胸が痛い。
(仲良し(四人組)だけど、その・・・こ、恋人とか、・・・そんな「特別な人」じゃない、しかもぜんぜんタイプでもない女の子のことなんて・・・忘れたらそれっきり、思い出してももらえなかったりして・・・)
 は。
 アメリア、急にぶんぶんと頭を振る。
(ダメダメ、物事は前向きに考えなくちゃ!思い出してもらえなくっても思い出はこれからつくっていけばいいんだわ。うんうん。そうよ、正義と真実はいつだって勝つんだもの!)
 が、そこでアメリア再び愕然。
 本人こそ異様に気にしているが、ゼルガディスはあれはあれで二枚目だ。
 スタイルもいいし頭もいいし魔法はできるし腕も立つ。
 性格は確かに世辞にもいいとはいえないけれど、クールで通している割に実はけっこう熱くてそして不器用に優しくて、アメリアは彼のそんなところが大好きなのだ。
 ということは、世間の女の子達だって放っておくはずがない。
 自分と巡り合うまでにミワンみたいな本物の素敵な女性と巡り合ったりなんかしてたりして・・・
 そして自分のことなんかすっかり忘れちゃって、リナとガウリイのように一緒に幸せ一杯の旅なんか満喫してたりして・・・・
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


アメリア「ゼルガディスさん!?わたしのこと思い出してくれないんですかっ?!」
ゼルガディス「今に満足しているからな。昔のことなんか思い出す必要などないさ。愛する女と旅していられるならそれでいい。なあ、ミワン(はあと)」
ミワン(似の彼女)「ええ、あなた(はあと)」
アメリア「あ、あなた〜!?ひどーい!ううう・・・・わたし、わたしゼルガディスさんが思い出してくれるのずっと待ってるのに−!!私だってゼルガディスさんのこと大好きなのに−!!!」
ゼルガディス「お子さまには興味がない。悪いが、そういうことで」
アメリア「そそそんな、わたしはどーすればいいんですかっ!?!」
ゼルガディス「取り合えず元気でな。じゃ。行くぞミワン(はあと)」
ミワン(似の大人っぽい彼女)「ええ、あなた(はあと)」
アメリア「ええええ?!「じゃ」って、ちょっとーーーーーー!!!」


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 しくしくしくしくしく。
「ひっく・・・・ひどいですう。ゼルガディスさん・・・」

              

「そんなに嫌なのか?」
 突如声が降ってきた。
 目を開けると、すぐ傍に湯気を立ち上らせたティーカップが置いてある。その脇に添えられている手は・・・
「いつも紅茶を頼んでるからこれでいいだろうと思ったんだが・・・。コーヒーの方が良かったか?」
「あ、えーと、その、」
 慌てて体を起こすと、アメリアはごしごしと目を擦った。知らず知らず妄想の中の自分の姿にもらい泣きしていたらしい。
「いいえ、そんなことないです!あ・・・ありがとうございます。ゼルガディスさん」
 自分の席に戻っていくゼルガディスを目で追いながら、アメリアはそっとカップを手にとった。
 紅茶の温みが、カップ越しに手のひらに広がる。
 こういう人なのだ、ゼルガディスは。
 何も言ってはくれないけれど、ちゃんと自分を気にかけてくれている。
 自分を見てくれている。
 たとえ、一緒に旅をしているという、ただそれだけの間柄だとしても−−−−−
 でもその優しさが、今は少し切ない。

     

             

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