記憶のかけら                           1

       

         

 午後の図書館。
 柔らかい日射しが差し込む窓際の席に、ゼルガディスとアメリアが腰を下ろしている。
 机の上には本の山・・・しかしゼルガディスが例のごとく土地の歴史書やら古文書やらを片っ端から凄まじい勢いで繙いている一方で、アメリアの前に並べられているのは装丁も鮮やかなヒロイックサーガや騎士恋愛もの。
「きっとお役にたてますから!」
 そう言ってはこうやって半ば強引にゼルガディスについて来てみるのだけれど、セイルーンの巫女頭としてなみならぬ魔法や古の知識を持っているアメリアも、ゼルガディスの多岐にわたる博識ぶりには歯が立たない。仕方なくこのように邪魔にならないよう傍で大人しく本を読む・・・・そしてうつらうつらする・・・・そのうちそれにも飽きてほんのちょっぴりふくれてみたりする・・・・のが彼女のここ数日の日課になっていた。
 が、しかし。
 ゼルガディスは古代文字の判読で幾分ぼんやりした目を上げた。視線の先にアメリアがいる。いつもならこの時間帯は本を開いた姿勢のまま船を漕ぐという器用なことをやっているアメリアだが、今日は珍しいことに目を輝かせてなにやら食い入るように読みふけっている。ゼルガディスの位置からは積み上げられた本の陰に隠れて見えないが、大きさからすると絵本か何かのようだ。
「おい、アメリア」
 休憩がてら茶でも一服、と思ったのだが反応無し。アメリアは返事どころか顔もあげようとしない。ゼルガディスは小さく苦笑して、邪魔にならぬよう・・・普段と逆だ・・・一人そっと席を立った。

     

         

・・・むかしむかし、あるところにひめぎみときしがおりました。
 ふたりはたいそうあいしあっておりました。

 ヒロイックサーガや騎士恋愛ものにはお決まりのパターン。騎士は魔王討伐にでかけ、戦いの末魔王を倒したものの、自らも深手を負ってしまう。魔王は絶え絶えの息の中から姫に問うた。深い、暗い彩りに満ちた声で。

「このままではこのわかものもしんでしまうぞ。それでもいいのかね。」
「このひとはわたしのあいするひと。おねがいです。どうかこのひとをたすけてください。」

 姫の恋心が魔王を付け入らせる。騎士を愛するが故に彼女は魔王に約束してしまうのだ。騎士の命を助けてくれるなら、自分の「記憶」を捧げましょう、と。約束は果たされた。騎士は魔王によって一命を取り留めた。だがその姿を見るもおぞましい魔物に変えられてしまう。

 まおうはいいました。
「おまえたちがもういちどあいしあえたなら、そののろいはとけるだろう。しかしあいしあえなければ、ひめはきおくをなくしたまま、おまえもしぬまでそのままだ。」

「そんなのひどすぎです!愛し合う二人の仲を割くなんてぜったいぜったい悪です!」
 本に向かってアメリアはひとり息巻いたが、もちろん魔王は悪の化身であり、さらに言う間でもなくヒーローは常に悪に勝つものだ。時を経て巡り合う姫と騎士。しかし記憶を奪われた姫は変り果てた騎士に気がつかない。それでも優しい妖精の助けを得て、二人は再び愛し合い、記憶も人の姿もぶじ取り戻すのである。

 そしてふたりはすえながくしあわせにくらしました。・・・

             

 パタム。
 本を閉じて、アメリアはそっと外を眺めやった。
 いい天気だ。空まで柔らかく輝いている。
 その彼方を眺めやるアメリアのため息は少し重い。実は読みながらずっと「姫」と「騎士」に思いを馳せていたのだった。
「わたしだったら・・・」
 ゼルガディスが死にかけている。そんな時、自分の記憶とひきかえに、彼の命が助かるとしたら・・・・。
「ううん、でも魔王の力を借りるなんてそんな。こうゆう時はやっぱり!正義の心で最善を尽くすべきよね!」
 びし。
 アメリア、一人で決めポーズ。
「とりあえず全身全霊を込めて復活をかけてー、えーとそれから・・・・。・・・・うう・・・・」
 そうなのだ。復活は万能ではない。白魔法都市の出だけにその辺りはアメリアも良く知っている。極限状況においては復活は本来の意味をなさない、むしろそんな場合が多い。
「・・・・だったら・・・・わたしは・・・・」
 やはり、誓うかもしれない。
 物語の姫と同じように。
 たとえそれが「魔の力を借りる」という悪であったとしても、アメリアはゼルガディスを守りたい。こんなことを口に出したらゼルガディスに白い目で見られるに違いないが、それでもやっぱり、アメリアは彼を「幸せにしてあげたい」のだ。命があれば、生きてさえいれば、それだけで「正義と幸福に満ちた」(アメリア談)無限の可能性が待っている。もしゼルガディスが姿まで変えられていたとしら、正義の心をもってしてもやはり最初は気付けないかもしれない。しかし彼のことだ、いまさらたとえレッサーデーモンだのしめ鯖だのに姿を変えられたところであの性格が大きく変わるとは思えない。アメリアにはうまく言葉にできないまま自信があった。たとえ記憶も想いも失われていたとしても、やはり自分は彼に惹かれるに違いないのだ。無愛想なところや冷徹なところやそれでも本当はとても優しいところや、何もかも今と同じように全部・・・アメリアが気に入っているのは、他でもない彼そのものなのだから。それ以外に何があるだろう?
 いや、・・・もうひとつだけ。
 そっと。
 小声で。

         

「ゼルガディスさんとわたしが出会うのは、きっと運命だったんだもの」
       
        

            

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