1  リナガウアメゼル                  IrekawarunZ

       

           

「なあんだ。つまんないの」
 「魔道士必携・コンパクト魔道原材料辞典」を放り出し、リナはめんどくさげにソファにふんぞり返った。
「入れ代わり薬だってさ。どうしろっつーのよこんなの」
「でもおもしろそうですよ。わたし、飲んでみたいです」
「やめときなさいよ子供じゃあるまいし。大体この手のは後先のこと考えられてないから、肌が荒れるとか髪が傷むとか、しょーもないけど切実な副作用が出たりするのがふつう・・・」
 コンコン。
「リナー、アメリアー。入るぞー」
 カチャ。
「そろそろ出発しないか?次の町に着くの、夜中になっちまう・・・って、ん?」
 顔を覗かせたガウリイが、クンクンと鼻をひくつかせた。微かながら部屋一杯に広がっているのは、なんともいえないさわやかで甘酸っぱい香りだ。
「デザートでも食ってたのか?」
「やあね。あれよ、あれ」
 リナは目線で傍のテーブルの上を指した。蓋の開いた茶色い小壜が一つ、慎ましく載っている。
「なんだ酒かあ」
「あのねえ」
 リナは唇の端を引きつらせつつむくりと体を起こして、
「真っ昼間からンなもんするわけないでしょ。薬よ薬。ま・ほ・う・や・く」
 旅のさなかの正義の仲良し四人組。そろそろこの町を出ようというので、女性陣二人が買い出しついでにアイテムショップに立ち寄ったところ、店番のおっさんがサービスでおまけにこれをくれたのである。
「くれたはいいけど入れ代わり薬なんかじゃねー」
 ふう。
 リナ、おもむろにため息。
「もっとこう、あたしの開発意欲をそそるよーな、ハッキリ言えば金もうけに繋がるよーな、そーゆーおまけをあたしは期待したんだけどなー」
「リナさんってば、もう」
 アメリアは吹き出して、
「一番安いハーブ買っただけでつけてくれたおまけなんだからいいじゃないですか。でもほんとおいしそうな匂いですよね。熟れた果物みたいで」
 壜を手にとるとこちらもくんくんと覗き込む。
「飲んでもおいしいのかなあ。どう思います、リナさん?」
「おいしいんじゃないの?一応飲み薬なんだし、まあシャレ薬の類いなんだし」
 魔法薬には、媚薬や変身薬といったそれはそれでそれなりに実用性のある物の他に、こういったパーティージョークのような類いの物もそれこそ数限り無く存在したりする。もちろんそれはそれでそれなりに需要もあったりするのだけれど、「美少女天才魔道士」リナ=インバースの出る幕ではないし、出たい幕でも全くない。
「おっさん新薬の試作品なんて言うんだもの。期待して損しちゃった」
 と、廊下に足音が。
「お前ら、人をいつまで待たせる気なんだ?」
 静かながら怒気を含んだ声に、アメリアが顔を輝かせる(笑)
「・・・ホントすなおよね。アメリアって・・・」
「リナとは大違いだなー・・・」
 ばきっ。
「ぐえ」
 一声呻いてペタンと座り込んだガウリイの横にあらわれたのは、すでにばっちり覆面状態のゼルガディス。両腕を胸元で組んだ姿勢はいつもの通りだが、もともと悪い目つきがさらに険悪になっている。
「予定から何時間遅れてると思ってる。野宿でいいなら構わんが、あとで「やっぱりベッドで寝たい」だの「ちゃんと御飯が食べたい」だのぬかすなよ。だいたいおまえらが出発間際になって買い物に行くとか言い出すからこういうことに・・・」
 やれやれ。
 こめかみに手を当てるリナ。こういう時はあれに限る。
「出番よ、アメリア」
 アメリアの背中なんか押してみたりして。
「ごめんなさいゼルガディスさん・・・」
 押されるままアメリアはおずおずとゼルガディスの前に立った。リナの言葉の意味なぞ分かっちゃいないが、ゼルガディスが怒っている意味は良く判る。しょぼんと俯いて、
「買い物はすぐに終わったんですけど、アイテムショップのおじさんがおまけとか言ってこれをくれたものですから、リナさんと調べてたら、つい・・・。ごめんなさい・・・う・・・えぐ」
 アメリアの青い瞳がアメーバのように潤んでいる。とたんにしどろもどろになるゼルガディス。なんだかんだ言ってこっちも素直なやつである(笑)
「いや・・・別に、その・・・責めてるんじゃなくてだな・・・」
 ふんとにもう。
 おかげで扱いが楽だから助かってるけどさ。
 内心ぶーぶー文句をたれつつ、リナは立ち上がった。
「はいはいはいはい。出発すりゃいいんでしょ。行くわよ行くわよ行きますよ。ほらガウリイもさっさと立つ!」
 が、待ったをかけたのはそのゼルガディスだった。
「・・・おい、リナ」
「何よ」
「・・・おまえ、この説明を読んだのか?」
「説明?」
 アメリアから受け取ったらしい。ゼルガディスが片手の小壜をぽかんと見つめている。
「んなもんがついてたの?」
 知ってたらこうも落胆なんぞするものか。知らなかったからわざわざ成分を辞典で調べたりしたのだ。
 ゼルガディスがポンと蓋を投げてよこす。
「・・・裏、見てみろ」
「うわ、こりゃまた小さい字だな。なになに・・・
             

   パーティのお供にぜひどうぞ 
   入れ代わり薬 イレカワルンZ 
   匂いを嗅いだ人全員をランダムに入れ替えます
   効果持続時間 24時間
   使用に際し頭痛、発疹などの異常が出た場合は
   すみやかに使用を中止して下さい
   御意見御感想は下記まで
   なおこれは試供品につきあしからず
                (株)タイショー魔道製薬
          

 へえ。だとさ、リナ。・・・リナ?」
 呑気に音読を終えて横を見遣り、ガウリイはきょとんとその顔を覗きこんだ。
「抜かったわ・・・」
 リナはふるふると肩を震わせている。この類いの壜に入っているのは飲み薬と相場が決まっているから、深く考えもせずそうとばかり思い込んでいたのだが、
「飲み薬にしちゃ量が異様に少ないからけちくさいなとは思ったのよ。まさか揮発性だったとはね・・・。その辺が新薬だったってわけか」
 と、そのとき。
「ん?」
「何っ?」
 ガウリイとゼルガディスが、全く同時にぐらりと上体を揺らめかせた。そして次の瞬間・・・
「わっ、なんで俺が目の前にいるんだっ!?」
「な・・・俺?・・・どういうことだ・・・?!」

            

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