リナ 1             FLAME 1

          

            
         
 フィルさんへ。
        
 詳しいこともわからないので、とりあえず、質問の答えとあたしたちが感じたことだけ書いておきます。
 ゼルの居場所なんだけど、残念ながらあたしたちは知りません。噂はちらほら耳にしてたので、そう遠くには居ないだろうと思ってはいました。でも実際のところどうだか・・・。ですからその日ゼルがセイルーンにいたかどうかと言うのもわからないの。あたしたちがいるゼフィーリアに居なかったことだけは確かです。
 もしあいつから連絡があれば必ずお知らせします。あのひねくれ者がまかり間違って連絡してくれたら、の話ですが。
 でもねフィルさん。あたしとガウリイにはどうしても犯人がゼルだとは思えないんです。別にゼルを・・・ゼルガディスをかばって言ってるわけじゃなくて、確かにあいつはそういったことに手を染めてた時期もあったし、かっこつけ野郎で厭味でへそまがりでいじけんぼの頑固者だけど、でも妙にお行儀のいいところがあるの。特に自分が請け負った「仕事」のこととなると笑っちゃうくらいなんです。そのゼルにしてはやり方が下手だし、何より卑怯すぎると思う。ゼルなら別のやり方で、もっとうまくやるんじゃないかって、あたしもガウリイも話してました。
 それに・・・あいつがアメリアを、・・・傷つけるなんて−−−−考えられなくて。これは一応あいつとアメリアの友達としてのあたしの気持です。フィルさん。アメリアから聞いてると思うけれど、一緒に旅をしてた間、あいつがどれほどあたしやガウリイやアメリアのことを大切にしてたと思いますか?あたしもガウリイもゼルを信頼してるんです。仲間として、今でも。
 アメリアのことが心配です。こちらの仕事が終わり次第、セイルーンに行きます。
 アメリアによろしく伝えて下さい。
 何か新しいことがわかったら教えて下さい。
 
                              リナ=インバース

   

・・      ・・      ・・

    

「おお、ようこそ」
 フィリオネル王子はすっかりトレードマークとなっている極悪人相に白い歯をきらめかせながら、両手を広げてリナとガウリイを出迎えた。目許や頬に深い皺が刻まれているのはセイルーンの鮮やかな日射しのためだけではないだろう。フィリオネルに連れられて、二人はそのまま私邸の離宮へと通された。
「こんなに早く来てもらえるとは・・・。リナ殿、申し訳ない−−−−」
「まあね。当然じゃないですかっ。やだなー。そんな畏まらないで下さいってばフィルさんっ!」
 座るなり一国の為政者に深々と頭を下げられ、リナは慌ててフィリオネルに駆け寄った。ガウリイよりさらに二回り近く大きい巨体がしおらしく肩を震わせている。みると、髭と眉に埋まった小さな三白眼が彼の娘並にぐよぐよと潤んでいた。
「えっ・・・と・・・・ですね・・・」
 こればかりは娘と似ても似つかぬあまりの不気味さに思わずひきつつ、
「アメリアは?それに−−−−その・・・」
「そうであった。リナ殿の男意気に感動してつい見苦しいところをお見せしてしまった」
「おとこいき」
 潤んだ目を丸太のような腕で豪快に擦りあげると、フィリオネルはガウリイと固まったリナの顔をかわるがわる覗き込みながら頷いた。
「アメリアは・・・部屋におる。あれ以来・・・元気そうに見せてはおるが、すっかりふさぎこんでしまっておってな・・・。だがその前に話があるのだ。リナ殿・・・無理を承知で言わせてもらうのだがのう・・・。わしの話を聞く前に、「引き受けた」と一言言って下さらんか。思うに、これはリナ殿にしか頼めぬ話・・・なのだ。もちろん報酬は・・・」
「引き受けます」
 憔悴仕切った表情でくどくどと俯き加減に語るフィリオネルを、リナは大声できっぱりと遮った。
「しかも!報酬はいりません」
「えええっタダッ!!リナがっ!??」
 ガウリイがリナの隣で盛大に仰け反る。その背中にハイキックをかましてリナは続けた。ふふん、と笑って、
「アメリアはあたしたちのかけがえのない友達ですから!−−−−とゆーことにしときます。もちろんこれはこれでほんとですけど、ね!」
 軽く目配せをフィリオネルに送る。フィリオネルは唖然としていたが、次の瞬間にはそれで全てを呑み込んだようだった。
「リナ殿・・・。そなたはリナ=インバース殿、であったな・・・」
 すっかり涙もろくなっているらしい。フィリオネルの小さな瞳がぎらぎらと再び潤み始めた。気持はわかるのだがはっきり言って気色悪い。急いで明るめの声で−−−恐怖のあまりいくぶん声を裏返させながら−−−、
「ふぃふぃふぃフィルさん。話話。聞かせて下さいっほらっ。大事なんでしょっ」 
「そ・・・そうであったそうであった。リナ殿の図太さと逞しさに感動してつい」
「ずぶ・・・・。あたしはおばさんか−−−−!!!」
 どごっっ。 
 リナの右ストレートがフィリオネルの頬にめり込んだ。                        

       

・・      ・・      ・・

      

「使者から聞いておられると思うが・・・・そうだな。わしの口からもう一度、きちんと事の成りゆきを話しておいた方がよいであろうな。
 半年前、我がセイルーン領のとある遺跡からクレアバイブルの写本が発見された。どうやらある種の魔法の原理が記載されている−−−−らしい。真偽のほどはまだ分かっておらんが、解読にあたっていた魔道士の話によれば、おそらく本物ではなかろうか・・・ということであった。らしいというのは彼ら5名が皆死んでしまって詳細がわからんままになっておるからでな。約4ヵ月ほど前の事だ」
「死んだ?・・・どういうことなんだ?」
「一応すべて自然死、事故死、病死などとして扱われておるが・・・わしは何者かに殺されたのではないかと考えておる」
「穏やかじゃありませんね」
「写本の見つかった遺跡の存在は我が国でもごく一部の人間しか知らぬのだ。写本の発見も写本の解読も極秘裡に運ばれておった。それを知り、かつ狙う者がいた・・・としか考えられぬ」
 リナは深々とため息をついた。
「王位継承問題ですか、お得意の」
「はずかしい話だが・・・。これについてはまた後で詳しく話そう。写本の方はその後王宮宝物庫におさめられた。クレアバイブルの写本ともなると並み大抵の知識では歯が立たん。相応しい識者が居なくなったため解読を一時中止することにしたのだ。・・・そして、−−−−3ヵ月前の事だ・・・・」
 フィリオネルはテーブルに両肘を付き、重く肩を落とした。
  
  
「ある晩、宮殿内を見回っていた宿直兵がアメリアの部屋の窓が割れているのに気が付いた。中庭に面した窓の数枚が大きく破れておったという。部屋に立ち寄るとアメリア本人が出てきた。格闘の技を試していて誤って割ってしまった、と言ったそうだ。あれはもともとよく窓を開け放して眠る癖がある・・・・そのまま城外へ遊びに出ていることもあるようだが・・・宿直兵によれば他に異状はなかった。風邪をひかぬようにというような話をして兵はその場を去っている。ただあれの顔色が妙に悪い気はしたそうだ。
 それからそう経たぬうちに今度はその中庭で血痕と不審な人影が見つかった。マスクとフードをかぶり外套ですっぽりと全身を覆っていたため詳しい人相などはわかっていない。その者はエルフのような耳をしていて、わずかにのぞいていた目の周りに何やら妙な物が付いていたという。まるで石粒か何かのようなでこぼこしたものが、な」
 そんなに都合のいい顔の人間がぞろぞろいるとは思えない。
「もしそれが・・・・、・・・・ほんとうにわしやリナ殿の知る人物であったとしたら、そう聞いておったならば・・・・誓ってこんな対応をとりなどしなかった。しかしのう。この時わしと警備隊長が受けた報告は、人型のモンスターが王宮内に入り込んだ、というものであったのだ。すぐに緊急配備が敷かれ一斉捜索が始まった。だが城は広い。王族墓地が捜索範囲に入ったのは朝も近くなってきた頃だった。そして・・・・アメリアが発見された。墓地の端にある小さな礼拝堂の中で、変り果てた姿で。そしてそこにいたのは−−−−モンスターなどではなかった−−−−。
 その礼拝堂は地下宝物庫へ直接つながる秘密通路になっておった。このこと自体は我が国の主だった人間なら誰でも知っている。ただし開けられるのは王族でもごくごく限られた人間のみ。それゆえ秘密の通路として機能しておったわけなのだが」
「開けられるのは誰なんですか?フィルさんと」
「我が父王、クリストファー、そして我が娘二人。この五人だけが開け方を知っておる。そして本人でなければ開けられぬ。そういう仕組みになっておった。開けるには、呪文の詠唱とその者の魔力の波動、そしてその者本人の血が必要なのだ」
「−−−−」
「発見したのが女官の捜索隊であったのがせめてもの救いであった・・・のかもしれぬ。アメリアは−−−−乱暴されていた・・・」
 知ってはいたが、改めて聞かされると顔から血の気がひいていくのが自分でもわかる。
「大丈夫か?」
 リナは差し出されたガウリイの手を強く握りしめた。
「−−−−続けて下さい。フィルさん」
「・・・うむ。いたのは男だ。そやつは女官1人を斬り殺し、アメリアにまで斬りかかった。しかし騒ぎを聞き付けた他の捜索隊が到着したため逃走した。宝物庫の宝を奪ってな。もちろんその中には写本も含まれている」
「含まれている?写本じゃない物も取って行ったんですか?」
「我が王家の秘宝数点がなくなっている。前日の警備ではそれらは確かに宝庫にあった」
 リナはかすかに首を傾げた。彼女がこの事件を最初に知ったのは一月前フィリオネルの使者がゼフィーリアに彼女を訪ねてきた時だったが、その時から感じ続けていた思いがいっそう強くなっていく気がする。
 不審な逃亡、殺人、暴行−−−−
 写本以外のものを一緒に奪って行くということ。
 ひどく「彼」らしくない行為ではないか。
「この時多くの者が男の姿を目撃した。中庭で見つかった人影と同じと見てほぼ間違いない。エルフのような耳、わずかにのぞいた目元からきらきら光る白っぽい髪がこぼれ、膚は青くとても人のものとは思えなかったそうだ。そして目の周りは確かに石のようなもので覆われていた。武器はブロードソード。鍔が二側に別れそれぞれ上下方向に大きく鎌状に迫り出している。マスクとフードをつけ外套ですっぽりと全身を覆っていたため詳しい容貌はわからない。
 アメリアは重傷だった。ここが白魔法都市セイルーンでなかったらあるいは命を落としていたかもしれん。魔道士たちや医者団はよくやってくれた。アメリアは命をとりとめ、ケガもほぼ完治した。だが・・・娘の受けた心の傷を癒すことは誰にもできぬ。いやむしろ・・・」
 フィリオネルは言葉をきり軽く目を細めた。
 しばらく沈黙が続いた。
「−−−−いまさら言う間でもないことだが、目撃者の証言は1人の人物の特徴と酷似している。セイルーン王国は彼を参考人として手配した。・・・ゼルガディス=グレイワーズ。リナ殿の・・・娘の・・・知る、あのゼルガディス殿だ」       
         
                

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