ギルバート1               FLAME2

          

            
     
 リナは小さく笑ってみせた。
「「重要な参考人」でも「犯人」でもないんですね。あれだけ目撃されてるのに」
「そう、皆見ただけだ。詳しい人相など誰もわからぬ。ましてゼルガディス殿の人柄などはな」
「そりゃそーです。で?」
「とは」
「フィルさんは「あやしい岩面男」がやはりゼルだと?」
「ふうむ」
 フィリオネルは奇妙なうなり声をあげて目を閉じた。ややあって、
「わしは指揮のためずっと王座の間にいた。その男とやらをこの目で見てはおらぬでな。見ておらぬ以上言い様がない。決め手となっているのは目元からのぞいていたという岩と膚、そして剣だけだ。決して無視できぬ証言だがその程度の小細工ならやろうと思えば誰にでもできる。そういう人物が他にいるという可能性も考えられなくはない。犯人がゼルガディス殿本人であるという証拠にはならん」
 言いながら苦しげに唾を飲み込む。
「だがアメリアは−−−−」
「アメリア?」
「何も覚えていない、と言っておる」
 フィリオネルは目を開けた。鋭い眼光はしかし一国のトップのものではなく、ひとりの父親としてのものだった。
    
      
        
「わしは事件の後アメリアに会った。ひどい怪我を負っておったが意識がはっきりしていたのは確かだ。助け出された時も捜索隊と言葉を交わしておる。事件のことを覚えていないということはありえん」
「ほら、フィルさんの顔見てほっとしちゃって・・・とか」
「正確には「あやしい男」にまつわる記憶だけあやふやになっておるのだよリナ殿」
 フィリオネルはリナたちに背を向け窓辺に立った。
「実際事件前後のことは覚えている。事件の最中のことも、どこそこで爆発があった、人が何名どこそこから出てきた−−−−後でわかったのだがどうやら侵入者はひとりではなかったようなのだ−−−−、そういうことは具体的に記憶している。だが主犯と思われる、おそらく誰よりあれの近くにいたであろう例の人物のことになると、わからない、覚えていないと言う。瞳を伏せ、沈んだ顔で、辛そうに」
 鳥がさえずりながら向うの空を渡っていく。
「−−−−娘は嘘をついている。誰かをかばおうとしておる。誰か?それはあの男だ。多くの人間に目撃され、自分を傷つけた誰より憎いはずのその男を、あれは懸命に守り通そうとしておるのだよ。父親のわしにさえ下手な嘘を吐いて」
「それは・・・つまり−−−−」
「犯人がゼルだってこと、か?」
「少なくともアメリアはそう信じておる。その証左であろうな」
 静かな声で言い終えるとフィリオネルは二人の方に向き直った。青天をバックに、フィリオネルの巨体は薄墨色にくすんで部屋に溶け込んだ。
「そこでなのだリナ殿。ゼルガディス殿を見つけてきてはくれまいか。待遇はもちろんあくまで我々の知人として、この度の事件の参考人としてだ。我々もゼルガディス殿を探しておる。しかし一向に行方がつかめぬでな。そなたの力でゼルガディス殿をここに連れてきてもらいたい」
 リナは軽く頷いた。しかし笑みを浮かべたままの口許とは裏腹に深い視線をフィリオネルの影へ投げかけ、
「もし−−−−ゼルが本当に犯人だったとしたらどうします?」
「おとといであったかな」
 フィリオネルはリナの問いには答えず、再び窓に向き直った。
「同じ城に住まいながらしばらくろくに顔も合わせていなかったものでな。庭の四阿におると聞いて会いに行った。−−−−泣いておったよ。ゼルガディス殿の名を呟いて。とても声などかけられなかった」 
「・・・・」
「国王代理の権限で単なる参考人としてまず話を聞くよう命じはしたが、わしにできるのはそこまでだ。正直に申せば他の者はゼルガディス殿が犯人だとほぼ確信しておる状況でな。すべて我が国を思い我が娘を案ずる皆の平和を愛する心が為せる業とはいえ、このままでは正義が行われるとはとてもではないが思いがたい。国王代理として実に遺憾な事態ではあるが・・・」
「・・・・」
「わし自身ゼルガディス殿を知らぬではない。そう−−−−多少斜に構えてみせてはいたが−−−−リナ殿たちとパーティを組めるだけあっておもしろい男であった。そなたたちがそうであるようにわしもあの者を信頼しておる。それだけはわかってもらいたい。仮に真実犯人であったとしても、わしの名に賭けて決してゼルガディス殿の名誉を穢すようなことは起こらぬと約束しよう。すべては・・・・−−−−すべてはゼルガディス殿と会ってからだ」
    
      
             
「だからなんでゼルがこんなことしなきゃいけないのかってのがポイントなのよ。ほんとにゼルだったのならね」
 ゼルガディスにはこういう形でセイルーンを襲う利点がない。フィリオネルによればゼルガディスの持つ豊富な知識はセイルーンにとっても興味深いもので、何よりアメリアにしつこくせがまれてもおり、実際写本を見せる用意はあったという。セイルーン王国そのものに対して何らかの要求があったのだとしても、アメリアを通すなり、あるいはそれこそリナを通すなり、彼なら方法は幾らでもあったはずなのだ。
「そうなのか?」
「そうなの!」
 そうなのかー、などと納得しながらウエルカムフルーツを豪快にかっ込むガウリイを尻目に、リナは頬を膨らませて勢いよくベッドに転がり込んだ。客室に案内されて一息つけたのはいいが、ガウリイ相手にブレインストーミングなど期待した自分が間違いだった。メロンの塊を満足げに頬張っているガウリイの横顔が遠く傾いて見える。
 何故ゼルガディスがこんなことをしなければならなかったのか−−−−本当に彼だったとしたら−−−−。
 フィリオネルがリナたちに提示してみせた鍵がセイルーンの王位継承問題である。
「ギルバート=アルス=シータ=セイルーン。わしの祖父の弟の二男が養子に行った先の舅の兄の息子の妻の兄の・・・」
 さらに数分続柄の連呼が続いて、
「甥の母方の祖父の弟の孫。厳密に言うと三男らしいのだが」
 三男しか耳に残らなかった。
「その・・・えー、三男のギルバートさんが王位を狙っていると?」
「ギルバートは王立学校で我が父に帝王学を教えた人間じゃ。もう90にはなっておる」
「はあ」
「歳が歳ゆえ自身が王位につくことはさすがにあきらめておるだろう。だが孫がセイルーン西部で領主をつとめておる。沿岸諸国連合と一部国境を接しておってな」
「なるほど」
 フィリオネルが描いている図がこれでリナにも読めた。
「連合の国のいくつかを抱き込んで謀反を起こすって筋書きですね」
「証拠はない。だが連合内で不穏な動きを見せている国が確かにある。どれもギルバートと姻戚関係を持っておるのだ」
「いんせき」
 ガウリイが不思議そうにリナを見やった。
「いんせきって何だ?空から落ちてくるあれか?」
「ギルバートさんが隕石に関係あってどうすんのよ」
「あながち見当違いとも言えぬぞ」
 フィリオネルは腕を組み、
「クレアバイブルの写本。あれはギルバートの孫の領地内にある遺跡で見つかっておる」
「てことはギルバートさんて人も写本の存在を知ってたんですね」
「おそらく。そこが問題でな」
 大きく頷いた。
「写本にはある種の魔法の原理が記されていたと見られている。だが詳細は解読出来なかった。担当者が死んだためもあるが、実は重要な部分の記述が欠損していたからでもあるのだ」
「欠損?なかったんですか?」
「もう一歩踏み込んでもらってよい。はっきり言おう。抜き取られた可能性が高い」
 嫌な予感がする。
「もちろん証拠はないのじゃがな。ギルバートの息子はわしが王位継承権を父から譲り受けた際、処罰を受けて死んでいる。ギルバート自身も罪を追及された。しかし処罰には至らなかった。我が父の恩師というあやつの立場もあったが、何より証拠が見つからなかったのだ」
 フィリオネルが言っているのは彼の末の弟ランディーにまつわる事件のことだろう。
「見ようによっては息子を犠牲に命を永らえたとも言える。まだ若かった孫に全てを譲り、ギルバートは陰棲した−−−−あくまで表向きは。噂によればその後は魔道の研究に没頭していると言う」
「魔道の研究・・・」
「ギルバートに魔道の才能はない。孫にもない。だが孫の子、つまりギルバートの曾孫はかなりの魔道の才能を持っておる。また魔道にまつわるあやつの交友関係の中に、予想通りと言うのか思いがけずと言うのか、ある人物が浮かんで来た。リナ殿たちもよく知っておる人物じゃ」
 嫌な予感が−−−−
「赤法師レゾ。正しくはレゾ=グレイワーズ。五賢者の一人にしてゼルガディス殿の唯一の肉親・・・・そうであったな」
 はたしてゼルガディスはギルバートとつながっているのか?
     
    
           
       
 話を終えた後、フィリオネルはリナたちに背を向けたまま、呟くように言った。
「のうリナ殿。・・・・娘とゼルガディス殿は−−−−恋仲であったのか・・・・」
 本人を除く誰にとっても意外なことにリナはこの手の話題に至極弱い。聞きようによってはただの独言のようでもある。リナは詰まった。
「えーと、」 
 強ばった笑いを浮かべていると、背中をポンと叩かれる気配。
 ガウリイがいつもの穏やかな笑顔でリナを見つめている。まっすぐな瞳がリナを映して頷いた。
 当人でなければ答えてはならない問いもある。
 しかし当人でないからこそ答えねばならない瞬間も確かにある。
 リナもガウリイを見つめ、それからおもむろにフィリオネルに視線を戻すと小さく胸を張り、一呼吸おいて、
「あたしの知ってる限りでは・・・・アメリアはゼルに一緒にセイルーンに行って欲しいって頼んだことがあります」
「・・・・」
「アメリアは・・・・ゼルを・・・・その・・・・」
「ゼルガディス殿の答えは」
「−−−−断ったそうです。アメリアから聞きました」
「・・・・」
「フィルさんも知ってるでしょう?ゼルはひねくれモンですから。それに頭が良いんです。変なとこばっかり。だからわかって言ったんだと思います。アメリアがセイルーンの第二王女であるとか、自分が前科持ちでしかも合成獣だとか、そーゆーことを全部」
「・・・・」
「アメリアがゼルのことを大切にしてたように、ゼルもアメリアのことを大切にしてました。すっごく。場合によってはそれこそあたしたちのことなんか二の次にしちゃうくらい、ほんとにすっごく−−−−−。
 だから断ったんだと思います。今の自分がアメリアと一緒に居ることはセイルーン王国とアメリア王女の未来にとって決して望ましいことではない、むしろ厭わしいことだと知っていたから」
 公務に戻っていくまで、フィリオネルから言葉が発せられることはついになかった。
       

                 

                 

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