悪夢明けて                  聖都怒濤の五日間8

        

         

 セイルーンシティの魔導士協会。
 怪しげな薬品や機械装置が並ぶその一室の片隅に、リナとガウリイ、そしてゼルガディスの三人が額を突き合わせて立っていた。その中央にはゼルガディスが持つ一本の試験管。
「つまりあれね」
 リナは真剣そのものの声音で、
「内臓も超合金製だったってこと。でしょ?」
「そうなのか?」
 ガウリイがゼルガディスを見る。ゼルガディスは試験管をどこか気怠げに見つめたまま、
「毒物に耐性をつける方法がないわけじゃない。特異体質ってこともある。が、あいつのあの体だったからこそ眠気程度で済んだのは確かだろうな。かなりの量だ」
「ゼルを待って壁にもたれかかってるアメリアに近づく。壁の中からね。もちろんアメリアは気付かない。そのまま首筋に毒液をプスリ!腕や背中だと針の痕が何かの拍子に見つけられないとも限らないけど、あの子いっつも髪を下ろしてるもの、首筋ならまず心配はない・・・はずだった。ゼルもよくわかったわね」
 試験管を手にとって、リナはチャポチャポと中の分析液を揺らしてみせた。ゼルガディスが徹夜明けの休憩時間を犠牲にして調べあげた結果、アメリアの体から毒物が見つかったのだ。きっかけは彼がアメリアの首筋に見つけたかすかな針の痕。駆けつけた典医は異常なしと診断したが、アメリアは大事をとって、てんこもりの解毒剤服用と白魔法処置のうえ、目下自室にてきっちり寝かしつけられている。・・・はずである。
「敵の誤算はあいつが超合金娘なのを知らなかったってことぐらいだ。まんまと裏をかかれるところだったな」
「ゼルがあの場に居合わせたってこともね」
 リナは相づち代わりに片眉を大きく上下させて、
「今ごろ地団駄踏んで悔しがってるんじゃない?偶然でしょうけど現場はゼルの部屋の前。万が一殺されたとわかったところで、疑われるのはまずゼルだったはずだもの」
 ゼルガディスは否定しなかった。機会や動機に問題こそあれ、穏やかならぬ知識や技術を持った流れの合成獣など存在からしてあやしいのは自分でも重々承知していたし、何より気になることがある。顎へ手をかけ、半ば独り言のように、
「だがな・・・あの腕の目的はアメリアを殺すことじゃなく別のものだった、とは考えられないか?」
 リナがひょいと手を止めた横で、ガウリイも不思議そうに、
「どういうことだ?」
「いや、もう少し詳しく分析してからにしよう。その方がいい」
 この男にしては曖昧なことを言っている。ゼルガディスは考え深げに視線をさまよわせたまま、リナから試験管を受け取ると傍らの分析器の中に戻した。
「なに、まだ何かやるの?」
「あたりまえだ。毒が何かはわかっていない。それを特定する」
「どうして」
「成分がわかれば大きな手がかりになる。おそらく、な」
「てことは、見当はついてるのね」
 リナが瞳を光らせたが、
「気にするな。俺が勝手に想像してるだけだ」
 ゼルガディスがこういう言い方をしたら何を聞いても無駄である。
「しょーがないわねー」
 リナはぶつくさ愚痴りながら、
「どのくらいかかるわけ、それは?」
「早くて今日いっぱいといったところだな」
「そんなにかかるの?!この時間も人手もないときに!!」
「サンプルを濃縮するところから始めて成分の特定までしようというんだ。当然だろう」
「へええ。大変だなリナ」
「あたしが知るわけないでしょーがっ」
「結果が出たらすぐに報せる。遅くても明朝にはわかるはずだ」
 装置をいじりながらこちらも見ずにあっさりと答えるその後ろ姿を、リナは恨めしげに眺めやった。人手が足りなくなるのはまだいい。さっきまで彼の分析を少しばかり手伝っていたのだが、その緻密さといったら、あんな操作を夜まで続けるなぞ考えただけで怖気が走る。なにせひもじい眠い寒いに加えてめんどくさいのも嫌いと普段から宣言している人間である。しぶしぶうなずくと顎で分析機器を示し、
「わかったわ。こっちの細かい作業は理系のあんたに任せる。差し入れぐらいは持ってきてあげるわよ。ガウリイは・・・ゼル、ここで肉体派の労働力は役に立つかしら?」
「いや、俺一人で十分だ。リナと他を当たってみてくれ」
 ゼルガディスは分析機器の載った台に軽く腰をかけ、王宮の方角へ目をやった。時間や人手のことでリナが渋い顔をするのは彼にもよくわかる。しかし自身の膨大な関連知識と経験から、敵の残したこのわずかな痕跡にはそれだけの時間を費やすだけの価値があるとゼルガディスは感じていた。その一方で、間違いなく何か危険なことがアメリアの身に迫っているときにこんな部屋を出られないでいる自分への苛立ちが、疲労や寝不足とともに彼から普段の落ち着きを奪ってしまっている。だが今は待つしかない。
 戸口に向かいかけたリナが一呼吸置いてくるりと振り返った。ねえゼル、と呼びかけて、
「やっぱりこれだけは教えて。色々考えてみたんだけどさ、気になるのはジョルジさんしかいないと思うの、なんであの人がそんなことをしなくちゃいけないのかは全然わからないんだけど。ゼルが出そうとしてる答えもそうなのね?」
「状況は概ね奴にたどり着く。俺は確証が欲しい」
「あんたのライバル心とかそういうのは置いといても、よね?」
 ゼルガディスはじろりと肩越しにリナを睨みつけた。
「・・・お前、あいつに何か吹き込んだろう」
 この語感の場合、あいつというのはアメリアを指している。リナはぶんぶんと大げさに首を振って、
「なに人聞きの悪いこと言い出すのよ。まあ、あの子の疑問をわかりやすく解説ぐらいはしてあげたかな。誰かさんの大人げなーいふるまいを気にしてたみたいだったから」
「・・・」
「そういやまだ聞かせてもらってないわよねー。何をやっちゃったのかしらゼルくんっ。いたいけな女の子におヨメに行けないなんて叫ばせときながら、だんまり決め込むってのはあんたらしくないんじゃない?あやしいな〜。ほれ、正直に白状するっ!」
「・・・っっ」
 鉄面皮ならぬ岩面皮なこの常識派のどこに隠されているのか知らないが、こういう話題をふられるとゼルガディスは面白いように狼狽するところがある。案の定いつになくむきになって、 
「だっ、だから俺は何も知らんと言ってるだろうっ。本人に聞いたらどうだ。とにかく邪魔だっ行けよお前らっ」
「そうしましょっかガウリイ」
 リナは笑いをかみ殺しながらガウリイの背中を押した。
「何が可笑しいっっ」
「がんばれよー」
「こっちも何かわかったら連絡する。分析結果っての、期待してるわよ」

       

                  

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