悪夢                     聖都怒濤の五日間7

      

       

 アメリアは夢を見た。

 鳥たちのさえずりが聞こえる。
 アメリアは目をこするとゆっくり瞼を開いた。見慣れた自室の寝台の上に、彼女はいた。
 朝だ。窓からの風がぼんやりした頭を心地よく吹きすぎる。見上げた視線の先に、リナの顔があった。
「あれ、おはようございます」
 朝の光景にはおよそ不釣り合いの派手なお洒落着でめかしこんだリナが、にこにこと笑顔を浮かべて立っている。
「どうしたんですか、こんな朝早くにそんな格好で。早いもの勝ちの大食いパーティーでもあるんですか?」
「やあねアメリア、あんたの結婚式に決まってるじゃないの。ほら、そろそろ時間よ」
「けっこんしき?」
 不意にスポットライトが当たった。まぶしさに目を細めるアメリアの足元からヴァージンロードがするすると延びてゆく。傍らになんの前触れもなくフィリオネルが立ち、アメリアもいつのまにか寝間着から純白のウェディングドレス姿になっていた。そう、リナが言っていたではないか。今日は自分の結婚式なのだ。
「行くぞ、娘よ!」
 差し伸べられたフィリオネルの腕をとると、アメリアはその真紅の道をゆっくりと進んでいった。さっきと寸分変わらぬ笑顔を浮かべたままのリナ、上下前後左右と三次元的にちびっ子をぶらさげて葡萄の房のようになったガウリイ・・・子供たちは揃いも揃ってガウリイ顔リナ顔をしていた・・・、フィリア、シルフィールがいるのが見える。なぜかゼロスやヴァルガーヴの姿まであった。だが、彼がいない。
 彼だけが。
 この先に待っているのがその彼であることを、アメリアはなんのためらいもなく確信していた。正面から差し込む光の中に人影が浮かぶ。逆光で顔はわからない。けれどその細いシルエットを彼女は良く知っている。
「ゼルガディスさん!」
 喜びに顔を輝かせ、アメリアは走り出した。その足がほどなく不自然に停止したのは男の姿がはっきりわかったからだ。アメリアの手から、ピアノの不協和音と共にブーケが乾いた音をたてて床に転がる。スポットライトを浴びてそのブーケを拾い上げた目の前の人物は紛れもなくゼルガディスだった。ただしタイトなデザインのウェディングドレスを色っぽく着こなしている。
 アメリアはおずおずと、
「どっ・・・どうしたんですかゼルガディスさん・・・その格好・・・」
「花嫁衣装に決まってるだろう」
「それはわかりますけど・・・て、ええっ?!」
 はたと自分を見直し、アメリアは今度こそ目眩に足元をふらつかせた。なんと知らぬ間に白いタキシード姿になっている。
「まっまっ待って下さいっ。なんで私がタキシードでゼルガディスさんがドレスなんですかっ?!」
「お前の願いだったじゃないかアメリア。ヒーローになりたい、正義を愛するお前のそんな心が、俺を新婦にお前を新郎にさせたんだ。似合ってるぞアメリア。タキシードがな。俺の見立てだ」
「ええええ??!そ、そんな・・・わたし何も知らないのに・・・うううっ、ゼルガディスさんたら・・・ひどいですう・・・」
 囚われの姫を救うヒーローになることは夢見ていたが、自分の結婚式に新郎になることまで望んだ覚えはない。アメリアは泣きそうになった。
「ヒーローは救い出した姫と結婚すると決まってる。願いが叶ってよかったな、アメリア」
「わたし、わたしもうおヨメに行けないんですか・・・?おムコさんになっちゃったから・・・??せっかくゼルガディスさんとの結婚式なのにーっ!!!」
「些細なことを気にするな。俺のことは以後ルルと呼んでくれ。あなた、できちゃったみたいなの」
「ああああなたぁ?でで、ででできちゃったって何がてすかっ?!」
「見て!この子ったらあなた似よ!」
 ゼルガディスの腕にはいつの間にやら子供が一人抱かれている。顔立ちは確かにアメリアそのものだが、髪は紛れもない針金様だ。
「あ、結構似合いますねこの髪型!・・・じゃありませんてばゼルガディスさん!」
「ルルと呼んで下さいな、あ・な・た。このアップルパイ自信作なのよ。食べてみて。はい、あーん」
「ほんとだ、とってもおいしいですぅ!・・・て、いや、だからそのゼ、ル、ルルさーん・・・」
「あら、次の子は私似ね!今度はまたあなた似よ。ウフフ、愛って、人生ってなんて素晴しいのかしら!!」
 あまりの展開に腰を抜かしてへたり込むアメリアの周囲で、ゼルガディスアメリアミックスの子供はわさわさと絶え間なく増殖し、さらにその周りでは、絵に描いたような笑顔を貼りつけたリナ、子供を鈴なりにしたガウリイ、そして片手にアップルパイを載せたゼルガディスがひらひら幸せそうに踊り続けている。
 彼らのウフフウフフという妙に甲高い笑い声だけが、アメリアの頭の中でいつまでもこだました・・・。

     

            

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