コーヒーブレイク                 聖都怒濤の五日間6

       

 周囲をくまなく探したが、手がかりらしいものは何一つとして見つからなかった。
「まんまと逃げられた、か」
 空が白々と明けてゆく。襲撃から数時間が経過していた。赤く染まった彼方の山際を眺めながら、配られたコーヒーを片手に、ゼルガディスはもはや残骸と成り果てた大広間の壁に背をもたせかけた。とたんに上部が崩れ落ち、慌てて位置をスライドさせる。
「なに悠長なこと言ってんのよ。たかが腕ごときにさんざんぶち込まれた挙句トンズラこかれるなんてバカにされたも同然じゃない!次会ったときはぶちのめすーっ!!」
「でもなかなか強かったぜあいつ。なあゼル」
「俺は宙に足場を拡げられたからな。ガウリイの一撃をかわすとは相当の手だれとみた」
「いいじゃないかリナ、アメリアだって無事だったんだろ。そういやアメリアは?」
「侍従長が寝かしつけた。あの爆撃の最中も眠りこくっていたらしい。世間知らずは平和なものだ」
 のんきにカップを傾けている男二人を尻目に、リナは一人でいきまいている。
「平和なのはあんたたちっ。だいたい何?二人とも自慢の剣でこけにされて、悔しいとか思わないわけ??うちの男どもときたらなんでこうそろいもそろってのんびり屋なのかしらっ。あっおかわりちょうだい!」
 通りすがりの侍女に持って来させたコーヒーを、リナは傲然と一息であおった。目が据っているのは眠いせいでもあるのだが、その辺りをわかっているのかいないのか、ガウリイがひとしきり首をひねった後でおもむろに、
「だって普通の手だったぞ」
「柱から生えてたのが普通って?何見てたのよこのクラゲ!」
「いや、だからこう、普通の男の手がにょきっとだな・・・」
 リナがその襟首をつかみ上げる。ぐいぐいと振り回し、
「言ってる事が矛盾してんのよあんたはー!!」
「夫婦漫才はそのくらいにしろ、リナ」
 火炎球が飛んで来た。ゼルガディスは再び体をスライドさせてこれを避けると、澄んだ空気にたゆたうコーヒーの薫りを楽しみつつ、言いそびれていた例のジョルジの一件を話して聞かせた。火炎球の命中した壁が背後でがらがらと崩れていく。
「トラップに詳しい、ねえ。ふーん」
 小さく唸りリナもようやく手を止める。ジョルジと言えば、彼はゼルガディスの経歴を知っているようだった。目を回したガウリイを放り出すと、そう告げてからこめかみへ人差し指をぐるぐると押しあて、
「引っかかるとまでは言わないけど、なーんか納得いかないのよね」
「別に不思議じゃないだろう。かつての俺が何かと物騒だったのは事実だからな。どこかで耳にしていたとしてもおかしくはない」
「ゼルがそう言うんならそうなんでしょーけど・・・」
 そのくせあからさまに口を尖らせている。
「協会の方はどうだったんだ」
「なーんにも」
 その表情のまま、リナは両手ですっからかんといったオーバーアクションをしてみせた。
「のんびり穏やかにやってるみたいよ。アメリアのことは本当に驚いてた。記録で見る限りじゃおかしな連中の出入りもなし。ただね、南のほうで三人魔道士が行方不明になってるらしいのよ」
「魔族か」
「違うと思う。ゼロスが動いてないもの。あの獣神官が魔族のごたごたに首を突っ込んでないはずないし、自分は突っ込まないにしても他人を利用しないわけないわ。魔族側で何か起きたなら、絶対あたしたちのところへ顔出しに来てる」
 それはアメリアの件にも言えることだった。今回に限って魔族の影はなく、身内の王族が白なのも調べがついている。昨夜の襲撃でも得られるものはなかった。事件の取っ掛かりとなるようなものが皆目見当たらないのだ。リナのいらいらの主因は実のところこれだった。
「ジョルジさんのと一緒でなーんかこう納得いかないのよねー。場所も全然違うし、時期が重なるだけって言われればそれまでの話なんだけどさ」
「でもリナの勘って当たるよな、実際」
 復活したガウリイがコーヒーをすすりながら一人うなずく横で、リナは燃え立つ明けの空を見上げた。確かに勘はいいと自負している方だが、今回はその中身が下手に手出しのできない人間であることも、リナはよく承知していた。なんといってもアメリアの婿候補、すなわちセイルーンの国賓なのだ。しかし調べてみる価値はある。指を折って記憶をたどりながら、
「フィルさんが帰って来るのが四日後、ジョルジさんたちが国に帰るのも確か四日後よね。この間が勝負ってとこかしら。ゼルはどう思う?」
 ゼルガディスは一瞬瞳を鈍く光らせたが、つとまぶたを閉じ、
「吐かないなら吐かせるまでだ。アメリアに手出しはさせん」
 見た目こそ平静だが気配の鋭さはただごとではない。リナは思わず生つばをのみ、笑顔を引きつらせた。
「・・・お、落ち着いてゼル。クールが売りのあんたがなに言ってんのよ。ったくもう、アメリアの事となるとすぐ目の色変えるんだから」
「仕事だからだ」
「でもジョルジさんのこと気に入らないんでしょ」
「ああ、気に入らんな」
 リナも周囲もクールというが、ゼルガディスはそれだけで言いくるめられるタイプの男ではない。こういう不穏なことをあっさり認めるところからしてそうである。さらにリナがぞっとしたことに、
「いずれはっきりさせてやる。あの男に関しては、な」
 などと素の口調で言い出したものだから、リナはコーヒーのおかわりをゼルガディスに突きつけて、
「まああれよ、そーゆーのはまた追々ってことで、ね。あたしセイルーンまで敵に回すつもりないし・・・ほら、一杯ぐっと空けちゃいなさいって。まずは調査よ調査。ゼルだって壁抜けがジョルジさんの十八番には見えないでしょ。怪しい奴がほかにいるかもしれないしっ」
 ぽかぽかと岩石質の背中をたたいた。
「安心しろ。早まった真似をするつもりはない」
「わかってるわかってますよ。わかってますけどね」
 ジョルジとゼルガディスを接触させるのは危ない。だがそこをうまくつけば思わぬ効果が出そうだ。女の第六感がリナにはっきりそう告げている。

     

         

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