Z氏の災難                   聖都怒濤の五日間5

       

           

「アメリアったら侍従長さんのおしおき覚悟で本日二度目の脱走ですって。おかげで夜中にたたき起こされてこの騒ぎ。誰かさんが意地悪なんかするからよ」
 アメリアから何ごとか聞かされているらしい。リナはなにやらにんまりと人の悪い笑顔を浮かべている。ゼルガディスはいささか憮然とし、
「俺は何もしてないぞ」
 つい昼間の出来事を思い返した。頬を上気させたアメリアは息を呑むほど愛らしかった。だがあの瞬間彼女の瞳に映っていたのは自分ではない。胸の奥のかすかな疼きが今も消えないでいることに自分でも驚きながら、そんな動揺を悟られまいともう一言言い返そうとして、彼ははむと口をつぐんだ。背中で動く気配がする。
「・・・ゼ・・・ディスさ・・・」
「起きたか?」
 返事はない。ゼルガディスが肩越しに後ろを見やったその拍子に、アメリアの顔がリナたちに向けられた。
「ちょーっといいかなー?」
 リナがこちらを睨みつけざま、にゅっと顔を寄せ、
「泣いてるわよ、アメリア」
「らしいな。痕がある」
「「痕がある」、じゃないでしょ。あんたまたきついこと言ったんじゃないの」
「だからな----」
「・・・ルガ・・・ディスさんたら・・・ひどいですう・・・」
 アメリアの声が今度ははっきり響いた。きょとんと手を止めたガウリイを挟んで、ゼルガディスとリナも互いに顔を見合わせる。
「ん?どうしたアメリア?」
「なんだと」
「ひどいって?」
「・・・そんな・・・・・・わたし・・・もうおヨメに・・・行けな・・・」
 シクシクシクシク・・・
 ぐー・・・
 リナが顔を赤らめ体を小刻みに震わせているのがわかった。ゼルガディスは思わず数歩後じさり、
「待て。リナ、お前なんか誤解してるだろう。これは寝言----」
「何を誤解してるですって?冷静沈着なふりしてあんたってば何考えてんのよゼルガディスっ!どーゆー事かきちんと説明してもらいましょーかっっ!!」
 が。
 刹那、三人は弾かれたように空中へ飛んでいた。
 直前まで立っていた場所が、爆音とともに黒煙をあげる。煙は三人を追って、宙を舞うその軌跡通りに火柱を吹き上げさせていく。
「ええ?!何よ何何何何?!」
「リナ!」
 ガウリイの声にとっさに向きを変えたリナの頭上を、間一髪何かがすさまじい勢いで駆け抜けた。ゼルガディスの方も同様だが、アメリアを背負っているぶん動きが鈍い。こちらに向かってくる黒煙が圧倒的に多いことに彼は気づいている。狙いはやはりアメリアなのだ。
「親爺!」
 一声かけて背中のアメリアをみごと侍従長の腕に放り込むと、ゼルガディスは軽く腰を落とし両腕を顔の前で交差させ、侍従長らをかばうように黒煙へと向き直った。
「ゼル!?何やってんのよっ!!」
 リナが慌ててそちらへ走り出す。その頭上で飛来音が轟いた。小さく悲鳴をあげる彼女の目前で、帯状に群れをなした爆弾がことごとくゼルガディスに命中、炸裂していく。
 アメリアらの避難が間に合わないとふんで半ば反射的にとった行動だったが、ゼルガディスには目算があった。この男の醒めた目は、襲撃の瞬間から発射音の位置が微妙に移動していくことも見抜いている。射撃間隔と飛来時間からすると敵は必ずこの大広間にいる。呪文などで弾き返さず一点つまり自分に攻撃を集中させて煙の蔓延をできるかぎり抑えれば、リナかガウリイが犯人を確認できると判断したのである。もっとも呪文を使わなかったのは、ごく単純に宮殿及びセイルーン市街に被害が広がるのを防ぐためでもあった。いくら仕事に律儀なゼルガディスといえど、結界で弾いた破片の行く末までいちいち責任など持っていられない。
 野生味あふれる探知能力をもつガウリイが、即座に位置を把握した。
「あそこだ!」
「・・・って、ちょっと、どういうこと?」
 リナは唖然とした。黒煙漂う乳色の視界の奥、ガウリイの指差す方向に、手・・・
 手が・・・・
 正確には上腕から先だけが、大広間天井近くの大円柱からひょっこりと生えている。
「なんじゃありゃ」
 示した当のガウリイがぽかんと自分の指を見直したが、別に彼の指のせいではない。その気色悪い手には、一抱えほどある大きな筒が握られている。リナたちがそれに目を止めたのに気づいたか、
 どがあん
 わずかな沈黙の後、再び筒は威勢よく閃光を発し始めた。
「火の(フレア)・・・」
「場所を考えろリナ!王宮まで吹っ飛ばす気か!」
「んなこと言ったってねえ!!」
 振り向いてぎょっと目を剥くリナの横で、もうもうと白煙をあげる自分の服を軽くはたくと、ゼルガディスはすらりと剣を抜き放った。
「あれは人間だな。魔族じゃない。しかも一人だ。魔法など使う必要はないだろう」
「ってゼル、あんたケガしてっ・・・」
「構わん。いくぞガウリイ!」
「よっしゃ!まかせろ!!」
 持ち前の常軌を逸した筋力でひとっ飛びにもよりの欄干へと着地しざま、ガウリイの豪快な一撃が火花を散らした。しかし当たらない。腕は予想外の速さで壁に沈み込み、現れ出たときには片手に例の筒、片手に長剣が握られていた。
「やるのか?」
 そこはガウリイ、頭の中身は発酵乳でも傭兵を生業に選んでいた男である。不敵な笑みを浮かべ剣を構えたその正面で、
 ずがん
 筒の一発が真っ向から彼を直撃した。
「どわーっ!!」
 ひるるるるる。
「ガウリイ!!」
 リナが血相を変えて駆け寄る。ガウリイの無事を視界の隅に留めながら、ゼルガディスは剣を青眼に構えじわりと歩を進めた。
「遠近両用とはまた陳腐な武器だ。壁の裏に隠れてたんじゃ、せっかくの男前が台無しだな」
 かまをかけてみたが答えはむろんない。二つの武器だけが音もなく照準をこちらに固定する。
 刃を打ち合わせる金属音と筒の発射音とが錯綜した。ゼルガディスは体格的にガウリイほどの攻撃力を発揮できないとはいえ、技術剣速は一流である。巧みに空中を移動しながら瞬く間に十数合斬り合って、ついに上段からの一撃が壁を伝う影を捉えた。
「そこかっ」
 ガッ
 手応えあり。だが相手の力量も並みではない。ゼルガディスに成果を確かめる余裕も与えず即座に剣側の腕を引っ込めるや、残った筒を猛然と撃ち放ちだした。ゼルガディスが思わずアメリアを振り返る。彼女の存在を思い出されてしまったかと背に冷や汗が流れたが、敵にはゼルガディスしか見えていないらしい。こちらの動きを止めるためあからさまに眼を狙ってくるのをブロックで弾きつつ、ゼルガディスは風をまとって疾った。アメリアらの反対方向まではたどり着いたが、弾量がむやみに多く視界もろくに拡げられない。そのまま宙へ釘付けされた形になってしまった。
 この時である。
 流れ弾がリナたちを吹き飛ばしたのは。
 ガウリイは衝撃をもろに食らい再び目を回している。その横で、敷石の破片を肩先から散らせつつリナは恐ろしくゆっくりと立ち上がった。ゼルガディスがそれをみとめ喉奥でうめく。
 過去の経験によれば・・・この次に来るものは・・・(汗汗)
「もーお、あったま来たあっ!!」
「おおお落ち着けリナっ!待っっこんなとこ・・・っ」
「あたしが誰だか知っててケンカ売ってんでしょーね、この変態手首!!いーじゃない!この美少女天才魔導士リナ=インバースさまがバーンと買ってやろーじゃないのよ!!」
 それでも竜破斬をかまさなかったのは彼女なりの良心の表れであったろう。
「行くわよっっ火炎球(ファイアーボール)!!」
 浮かび上がった炎の塊は、怒りのエネルギーでも吸収したか通常の数倍に膨らんだ。最悪の事態を免れて胸を撫で下ろし、逃げるタイミングがわずかに遅れたゼルガディスごと大円柱付近を直撃すると、天蓋をぶち抜いてそのまま月の冴え渡る夜空へと飛び去っていく。
「やっりい!命中ね!!」
 火の粉の舞うなか、リナ、にこっとガッツポーズ。その足元へ、黒焦げの物体がそこここから煙の尾を引きつつ墜落してきて・・・・
「え?!ゼル・・・ゼルガディス?」
 ポーズを決めたまま硬直し、リナが笑顔を引きつらせる。ゼルガディスはうつむけにめり込んだ真っ黒焦げの上半身をよろよろと石床からひっぺがしながら、
「お前・・・な・・・!」
「だあってあの手が・・・て、ははは・・・ゼル、目、こわ・・・」

      

         

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