乙女心                   聖都怒濤の五日間3

         

                

 ためらいがちなノックの音がする。リナは自室の扉を開けると小さく口笛を吹いた。この国の第二王女が所在なげに肩を落とし、上目遣いにリナを見やる。
「ビンゴ!ってとこね」
「アメリアじゃないか。どうしたんだ、道にでも迷ってたのか?」
 声をかけながらガチャガチャ鎧を着込んでいるガウリイの頭をごちっとやると、
「どうしたのよ暗い顔して。侍従長さんが真っ青になって探してたわよ。あたしたちもこれから行くところだったの。何かあった?」
「すみません。あの、ゼルガディスさん、知りませんか?」
「ゼル?見てないけど。もしかしてまだ会ってない?」
「そうじゃないんです。実は・・・」
 アメリアは涙声で事の次第を説明した。彼女なりゆえに要点はどこか抜け落ちているのだが、リナには様子が目に浮かぶようである。
「お部屋にも帰ってこないし、まさか、もうどこかへ旅に出ちゃったとか・・・わたし、何か悪いことしちゃったでしょうか・・・」
「なるほどねー。それはさ、やきもちじゃないかな」
「なに、焼き餅!」
 きらりと目を光らせたガウリイを、その両手で湯気をあげる白い塊ごと轟沈させ、
「乙女の話に入ってくるなー!!」
 部屋の外に勢いよく放り出すと、
「気にしなくていいってこと。ゼルが、一度引き受けたことをあたしたちにも黙ってほっぽったことなんてあった?荷物だって残ってんでしょ。町でもふらふらして頭冷ましてるのよ。お腹すいたら帰ってくるって」
「でも、なんでやきもちなんですか?」
 アメリアの中ではうまく話がつながらない。彼女にしてみれば耳慣れぬキザな台詞をさらりと言われたことに照れたのであって他意はなかったから、自分が赤面したこと自体がゼルガディスを傷つけたのだとはまさか夢にも思っていないのだ。しかしここでうかつなことを口走ったら、リナといえども後でゼルガディスに半殺しにされるに違いない。リナはぽんとアメリアの背を叩いて、軽くウインクしてみせた。
「ゼルに聞いた方が早いんじゃないかな。ま、他の男に頬染められたのがよっぽどショックだったんでしょうよ。そいつが気に入らないってのは別にしてもね」
「よく、わかんないです」
「いーのいーの。ていうかさ、本当のところどうなの、アメリア?あんた、あいつのことどう思ってるの?」
「え?!」
 突然の話題転換にアメリアは思わずせかせかと手を振った。脳裏で点滅しているのはむろんキメラ男の無愛想な顔。
「見合いの相手に決まってるでしょ、かの麗しきジョルジ=なんとかって奴。なーに?誰のこと考えてたのかなー?」
「リナさんのいじわる!!」
 赤面してそっぽを向いたその頬をリナにつんつんつつかれながら、
「結婚だなんて、まだわたし。そうお断りしましたけれど、自分が滞在してる間一緒にいてくれればそれでいい、分かりあうには時間が必要だし、お互いを知ればまた答えも変わってくれると信じてる、って」
「ふははは。言うわねー」
「悪い人じゃないです。悪い人じゃないんですけど・・・」
 この娘にしては歯切れが悪い。アメリアはこねくり回している自分の指先をじっと見つめながら、
「そのう・・・ジョルジさん、ゼルガディスさんとは仲良くしないほうがいいって言うんです。あんな前科者と一緒にいたらろくな事はないから、だなんて」
「はたから見ればそんなとこなんじゃないの?ゼルもあれで裏街道じゃ名の通った奴なんだし」
「でもリナさんほどじゃないですよね」
「どーゆー意味かな〜?」
 アメリアは寝台に飛び乗るや、びしっと片足で器用にバランスをとると、
「だって、そんなの正義じゃありませんっ!世界人類みな兄弟!袖すりあうもお友達の縁っ!ゼルガディスさんは心熱き正義の仲間、それこそが真実です!いかなる過去があろうとも、真実の前になんの意味があるでしょうっ!」
「まんまゼルに聞かせてやりたいわね、その台詞」
 ぼそっとつぶやき、リナはぽりぽりと頭を掻いた。たしかにジョルジの言い分は気にくわない。事はアメリアというよりセイルーン第二王女のお見合いといういわば国家行事で、自分が口を挟める領分ではないが、ゼルガディスの方はともかく、アメリアはしっかり腹が据っているようだ。この際気楽にやればいいのではなかろうか。
 ひとしきり話を咲かせてから、手を振って廊下に消えていくアメリアをガウリイと二人で見送る頃には、外は夕闇に包まれていた。遠くで晩鐘が響いている。それに耳を澄ませたリナの意識に、ふと先の会話の断片がよみがえった。
−−−−−−−あんな前科者と一緒にいたらろくなことはないから、だなんて。
「前科者、か」
 小さく声に出してみる。廊下に灯された常夜灯が幾重にも重なる影を長々と床に延ばし、おりからの風でかすかに揺らめいた。
「ふうん。・・・神官の息子がなんでそんなこと知ってるのかしら」 

        

             

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