ジョルジ登場                 聖都怒濤の五日間2

        

          

 出迎えてくれるのを期待していたわけではなかったが、城門にアメリアの姿はなかった。
「フィルさんが外遊中なの。あれでも御多忙な大国セイルーンの指導者さまでしょ。今、アメリアが国王代理になってて、さすがに王宮を抜け出せないのよ」
 リナが先を歩きながら軽く肩をすくめる。むろん、この美少女天才魔導士を自ら豪語する栗色の髪の少女は、持ち前の直観力と包容力で、後ろをいたく無口についてくる岩男の気持ちが手にとるようにわかっている。
「大体ゼルの居場所がわからないからじっと待ってるなんてこと、あの子に限ってあると思う?でなきゃあたしたちに頼むなんてまどろっこしいことなんかしないで、ここぞとばかり自分で探しに行ってるわよ。ま、あたしたちを呼んだのは正確にはフィルさんのほうだけど」
「暗殺には絶好の機会ということか」
「城の警備自体なら増えてるように見えるけど、全体の兵数は半減してる。フィルさんの護衛に行ってるの。安普請なお脳の持ち主なら、まず狙ってくるシチュエーションよね」
 普通に考えても狙うもんだとゼルガディスは思ったが、あえて口には出さなかった。
「じゃあリナだったらどうするんだ?」
 お人好しそのものの口調でガウリイがのんきに訊ねる。聞くまでもないではないか。
「決まってるじゃない。正面突破で殴り込みよ!人海戦術なんかであたしの行く手を阻むほうが悪いわねっ」
 そんなことはリナ=インバースその人にしか実行できまい。
「お前さんだけだろう」
 その言葉と同時にバッとリナが振り向いた。ニコリと笑って、
「なーに、ゼルなんか言った?」
「いや、別に(遠い目)」

               
 ほどなく三人は王宮の門の前に立った。リナはマントの埃を払いながら軽く伸びをし、
「あたしはちょっと協会に顔出してくる。ガウリイは?」
「リナと一緒に行くさ、もちろん」
「俺は遠慮する。今日は疲れた」
 ゼルガディスはそう言って軽く荷物を背負いあげた。リナはうなずき、
「適当な本が入ってないか聞いてみとくね。じゃ」
 歩き出しかけ、そーだ、とゼルガディスに向き直る。ぱしんと力任せにその肩をたたいて、
「ゼルもさ、あんまりクールぶってないで、ちゃんとアメリアに顔見せてあげなさいよ。あの子、本当にあんたのこと心配してたのよ」
「そうだな」
 聞いているのかいないのか、なにやらぶっきらぼうにつぶやいて門をくぐっていくゼルガディスの後ろ姿を、リナはため息とともに見送った。
「全くもう、いい歳して子供みたいなんだから。アメリアのこと、心配なら心配って素直に言えばいいのに」

           

 セイルーンは人間の感情のよりプラスな部分によって動いていると、ゼルガディスは考えたことがある。生にひた向きなその姿勢は、ときに王位継承をめぐるトラブルといったなまなましい形で浮き彫りにされることもあるが、人や物が集まり、それによって国も富み、その富を魔術という無限の領域への果てない挑戦に向けることで、国の体制やそこに住まう人の心に他国とは趣の異なった潤いを与えているようにみえる。でなければ、これほど政争の激しい国の王の住まいがこれほど底抜けに明るい雰囲気に包まれていられるはずがなく、それがゼルガディスのような人間には時にうっとうしい。むろんそれは彼の内面に由来するほんのいっときの感覚であって、セイルーンのせいではない。
 待女に先導されて、ゼルガディスは庭園に続く回廊に立った。穏やかな日差しが石化した肌にも心地よい。ふと目を細めたその先に、何か白いものが植え込みからものすごい勢いで踊り出してきた。
 言うまでもない。
「ゼっゼルガディスさんっ?!」
 胸元で拳を握り締めたまま呆然としている、その細い肩が少し震えた。
「・・・・ゼルガディスさん・・・・!!」
「髪が伸びたな、アメリア。ケガはもういいのか」
「本当に来てくれたんですね!嬉しいですっもうどこに行ってたんですかっ心配しちゃったじゃないですかっ!!」
 見れば、大きな瞳に映った自分の影が涙で曇っている。ゼルガディスは心底狼狽し、
「こんなところで泣くな!」
 言ってしまってから慌てて、
「その、・・・なんだ、まあ、いろいろあってな」
 自分でも説明になっていないと思いつつ、ごにょごにょと言葉を舌の上で転がした。
「はい!ゼルガディスさんが来てくれたから、それでいいです!」
 涙も乾かぬまま、途端にアメリアが笑う。ゼルガディスもいささかあきれ気味ながら、つられて口元をほころばせた。セイルーンの陽気だけを固めた(ために幾分どこかが微妙にずれている)ようなこの娘も、相変わらずのようだ。
 その時、不意に足音がした。気配はなし。反射的に振り返る。
「姫・・・これは?」
 若い男が訝しげにこちらを見ていた。ガウリイほどではないが自分より背が高く、アメリア並みに色が白い。痩身で、絵本から抜け出してきたかのようなおよそ人情味のない完全無欠の美青年づらをしている。さらに言えば髪は黒で服も黒。ということは、
(リナや旦那が言っていた見合いの相手とやらは、こいつか)
「ジョルジさん。すみません。生死不明になっていた人が急に訪ねてきてくれたものですから、嬉しくなってしまって」
 さりげなくくどい名前だ。しかし自分も生死不明になっていたとは大層な話である。ゼルガディスは内心苦笑した。
「アメリア姫のお知り合いなのですか? これが?」
 不躾なジョルジの視線の意味に、アメリアもここでようやく気づいた。ぐぐっと大きな胸を反らせるや、ぴっと空を差し示し、
「そうです!たとえロックゴーレムと邪妖精の合成人間で、髪は針のごとく板をも貫き、膚は岩のごとく弾丸をも弾き返し、およそモンスターにしか見えぬ恐ろしく不気味な姿形をしていても、心は清き正義の人!ゼルガディスさんは私の大切なお友達!正義の仲良し4人組の頼もしきメンバーです!!」
「そうなのか、アメリア」
「そうですよね、ゼルガディスさん!」
「そうなのか・・・」
 ゼルガディスはこめかみに軽く指を押しあてた。心なしかめまいがする。
「ゼルガディス。聞いたことがある。辺境を渡り歩く凄腕の魔剣士がいる、名は確かゼルガディス=グレイワーズ、とか。・・・君のことかね」
「知らんな。だが俺の名前はゼルガディス=グレイワーズだ。確かにな」
 さらりと対峙する二人の間に走った冷たい空気の糸に、アメリアは当然のごとく気づいていない。
「そうなんです。ゼルガディスさんはとっても強いんですよ。物知りだし手先も器用だし女装も似合うし、なにより丈夫で長持ち!少食気味なのが玉にキズだけど。ゼルガディスさん、こちらはジョルジ・ランヴィエさん。***国の神官長の息子さんで、こちらへはお父さんと一緒に魔法の研究にいらしてるところなんです」
「噂はかねがね。こんなところで会えるとは正直意外だったが」
 ジョルジが差し出した手には目もくれず、ゼルガディスは腕を組んだ姿勢のまま彼を見据えると、
「神官にしては物騒ななりだ」
 小さく笑った。ジョルジは一見聖職者風のローブ姿なのだが、その下、左腰に剣が2本提げてある。
「あいにく神官は父のほうでね。私はもっぱら父の警護を仰せつかっている。これは」
 ジョルジはあごで剣の方を指し、
「ほんの真似ごとさ。君などにはとてもとても及ばんよ」
「心にもないことを言うな。魔術も剣もやると聞いた」
「ま、仮にそういう「人間離れ」したことができたとしても、「全身」をその道に捧げた魔剣士ゼルガディス殿にはとうていかなわんさ。お耳汚しで申し訳ない」
「貴様!!」
「えっえっちょっとどうしちゃったんですか?!二人とも落ち着いてくださいよう!!」
 突如きらめいた不可視の火花に、アメリアはあわてて二人の間に割って入った。ジョルジがその肩に手をかけ要領よく彼女の傍らに立ってみせる。見かけとしてゼルガディスは、アメリアとも対立しているような状況に置かれてしまった。動揺したゼルガディスの心を見透かすように、
「姫も困っておられるではないか。みえすいた挑発はそのくらいにしたまえ」
「ジョルジさん?」
「みえすいただと!!」
「ゼ、ゼルガディスさんー!」
「まったく、清純なレディの前で無礼な男だ」
 発言者以外の影二つが申し合わせたようにぴたりと止まる。
「へ?」
「レディ・・・?」
 思わず反復してアメリアを見、ゼルガディスは驚いた。まじまじとジョルジを見上げたまま、なんと彼女が襟足まで赤くなっているではないか。
 ゼルガディスはとっさに顔をそむけた。舌打ちして二人に背を向けると、さっさと歩き出す。
「じゃあなアメリア」
「え、ゼルガディスさん?!」
「放っておきましょう姫。本人が帰りたいというのだから」
「そんなっいけません!ゼルガディスさんのあの様子、ただ事ではありません!正義と真実の使者、このアメリア=ウィル=テスラ=セイルーンが、お話を聞いてあげなくては!!」
「姫!」
 しかしアメリアがジョルジの手を振りほどいたとき、すでにゼルガディスの姿はどこにもなかった。

           

            

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