背中                  聖都怒濤の五日間15

      

          

「ひどい!リナさんひどーい!!」
「だから、ね、あやまってるじゃない。ごめーん。これも」
 とリナはアメリアのおでこを指差し、
「これも」
 横の瓦礫の山・・・数十分前まで取調室と呼ばれていた地下室があった空間だ・・・を指差して、
「もののはずみっていうか・・・ほんと、偶然だったのよ、うん、そうなの!!ね?」
「コレはいいです。いつものことですから」
 いささか涙声の怒り口調で、アメリアは前髪をかきあげて額のたんこぶの痕をみせた。たんこぶそのものはすでに完全にひいている。ゼルガディスの治癒の成果である。
「何よその「いつものこと」ってのはっ」
「いつものことだからいつものことって言ってるんですっっ」
「ほれ。リナ、まあ、な。どうどう」
「なにがどうどうじゃー!!!」
「アメリア、お前も少し落ち着け」
「わたしはちゃんと落ち着いてますっっ!!」
 顔を見合わせ無言で肩を竦めあう男二人をはさんで、リナとアメリアはすっかり臨戦体勢だ。
「とにかくっ」
 アメリアは左手の白い紙をにゅっとリナに突き付け、ぶんぶんと右手で瓦礫の山を指差して、
「いくら正義の仲良し四人組といえども、国民の手前、国王代理としてコレを見過ごすわけにはいきませんっ。とーさんへの報告、一緒によろしくお願いしますっっ」
 白い紙は始末書だ。・・・地下室が崩壊する。それもあのリナの魔法でだ。当然その上の建造物に影響がないわけがない。法務庁庁舎は今やみごとに傾き、というより一部沈み込んで、たいそうみっともない外見となってしまっているのだった。大広間のように全壊しなかっただけましと言えばましだが、二日間で二件もシティ内の大建造物がハデに壊されたとなれば、テロかクーデターかと国民も不安がるに違いない。アメリアの処置は当然にして適切である。
「こーやってあやまってるでしょ〜。アメリアの意地悪〜。恩知らず〜。・・・いーわよ、わかったわよっ。フッフッフ、こーなったらとーぜんあんたも同罪ねっゼル!!」
「待って下さい!!なんでゼルガディスさんもなんですかっ?!」
「・・・止めなかったからだろう。その場に居たのに」
「そ〜のと〜り〜。さあ〜一緒に来るのよぜ〜る〜。ふっふっふっふっ
「そんな、リナさんを止められる人なんてこの世にいるわけないじゃありませんかっっ!!・・・て」
 アメリア、首を傾げて、
「そっか。ガウリイさんなら絶対止められたんですよね」
「んじゃあ俺も同罪・・・てか?」
 ずばこっ。
 リナが第二王女を真っ赤な顔で殴り飛ばす横で、ガウリイは澄んだ目を軽く綻ばせ、
「・・・ま。つき合うか」
「さあ〜行くわよが〜うり〜〜」
 わしゃっとガウリイの青い袖をひっ掴むと、リナは空いた片手でおもむろに今自分が張り倒したばかりのドレス姿を抱え起こした。キラキラとその瞳にあやしげな星を浮かべ、恐怖に引きつるアメリアの顔を覗き込むや、
「ね〜あめりあ〜〜。やっぱりここで仲間を見捨てるってのは正義じゃないわよね〜。一応あんたもあの場に居たんだしさ〜〜。ウッフッフ(はあと)
 これではリナ自身が掲げていた「アメリアには迷惑をかけない」という唯一の気遣いがパーになるのだれど・・・・。
「み、見捨てるって、」
 それこそ正義の心が一番許してはならない行為だ。鬼気迫るリナの形相とヒーロー精神に挟まれてうろたえるおかっぱ頭に、突然、ぽさ、と何かが載せられた。
 アメリアが振り仰ぐ。
 白い布地で指先以外を覆った青い手が再び唐突に離れていくところだった。
「気にするな。お前は戻れ」
 白いマント姿は彼女の傍を抜けると、リナとガウリイの方へ歩み去っていく。
「「気にするな。お前は戻れ」」
 リナはゼルガディスの口調をまね、
「あんたねえ!何アメリアにだけいいカッコしてるかなあっ!!」
「あいつには関係ない。俺はまあともかく、旦那にだって関係ないことだ」
「結局いーっつもこーなのよねー。アメリア見たらすーぐ鼻の下伸ばしちゃってさ。残酷な魔剣士とか言ってるけどただのむっつりスケベじゃないよっ」
「誰がむっつりスケベだ!!」
 しょうもない方向に話題がずれている。おそろしく低次元の口争いに突入した二人を尻目に、ガウリイがアメリアに近づいた。廊下が暗いのもあって、ガウリイは彼のヘソ辺りになるアメリアの視線までゆっくり腰を下ろすと、
「リナはああ言ってるけど、俺もアメリアは顔出さない方がいいと思うぞ。アメリアは今この国の責任者なんだから、万が一でもうっかり誰かに誤解されるような行動はしないほうがいい」
 リナにはヨーグルトだのクラゲだのと言われ続け、確かに普段こそのほほんと構えているガウリイだが、旅などを通してお互いを知るようになればなるほど、その優しさと観察力の鋭さにはっとさせられることがある。こんな時がそうだった。
「どうする?先に帰るか?」
 アメリアはガウリイをおずおずと見上げ、それからガウリイの後ろを見透かした。もはやオーバーアクションまで交えて何やらリナと怒鳴りあっているゼルガディスは、アメリアに背を向けて立っている。ダークスターの旅が終わったあの日も、昨日も、今、ついさっきも、決して自分を振り向こうとしなかった華奢でそして逞しい背中。いつも夢に見た、そして見送ることしかなかった背中だった。
 だが、今、彼は確かにここにいる。
「聞いとんのか!!だいたいあいつは今ただのお姫さんじゃない、国王代理なん・・・」
「ゼルガディスさん!」
 青い、端正な顔が振り向く。
 幻ではなく。
「・・・・どうした」
「わたし、ここで待ってますね!」
「ん」
 ガウリイも短く頷いて、
「そうだな。夜道はやっぱり危険だし。後でゼルに送ってもらえ」
「ほっほーお。むっつりさんからこんどはオオカミさんですか〜〜〜〜」
「やかましい!!」
 このままでは本当に呪文の詠唱に入りかねない。それはもうすごい目つきでにらみ合う二人の背中を軽くポンと押すと、ガウリイは歩き出した。アメリアを振り返って、
「んじゃ、後で。居眠りなんかして風邪ひかないようにな」
「はーい。ガウリイさんもリナさんに噛みつかれないよーに気をつけて下さいねー」
「アメリア!覚えときなさいよっ。後であたしがせーぎ(正義)のなんたるかをみっちり叩き込んであげるんだからっ!!」
「よく言うぜ。天然破壊工作員が」
「誰のことかなそれわ?(怒)」
「判らんのか?(怒)」
「ほれ、二人とも歩いた歩いた」
        

          

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