急転直下                 聖都怒濤の五日間12

        

「・・・ジョルジさん・・・?」
 大きな瞳にジョルジを映してアメリアが聞き返す。
 ジョルジは一呼吸おいてはにかむように視線を落とした。
「失礼。気になさらないでください。おかわりお取りしましょうか。お腹いっぱいでないと姫の正義は果たされないそうですからね」
「あ、なんだかいじわるですよ、その言い方」
 ぷくっと頬を膨らませたものの、表情が硬いのはそのせいではない。両手を膝で握り締めて、アメリアはジョルジの顔を覗き込んだ。
「ジョルジさん、やっぱり何か悩み事でもあるんですか。もしかして今のお話の人のことで・・・」
「そう見えますか」
 アメリアの皿へタルトをよそいながら、ジョルジがいくらか笑みを含んだ声で逆に尋ねた。その横顔についさっき彼女が触れかけた気配の重さはない。しかし瞳の奥に沈む言葉にならない彼の感情の陰りが、アメリアにははっきり感じられた。アメリアにはそういうところがあった。「知るはずのないことを知っている」などと言われもするが、人の心の揺れがときおり驚くほど自然に自分の中に染み込んでくるのだ。この時がまさにそうだった。
「いえ、その・・・ジョルジさん、なんとなくつらそうだなって・・・」
「わかっていただけてうれしいですよ。愛する女性の心が自分に向いてくれないのは誰にとっても辛いものです。ね、・・・姫」
 言葉と共にジョルジから振られたのは、どきりとするほど熱い眼差し。
「もうっ真面目に聞いてるのに!」
 アメリアは顔を真っ赤にしてますますむくれたが、ジョルジに笑顔が戻ったことが彼女の心を透明にした。言葉の内容はともかく・・・アメリアはもちろんからかわれていると思っている・・・確かに彼には何かがあるのだ。自分には言えないことなのかもしれない。聞いてはいけないことなのかもしれない。ゼルガディスの過去のように、いつか彼から話してくれるときまで。だがアメリアは伝えずにはいられなかった。ぱっと席を立つとジョルジの手をとって、
「悩める友を愛と友情で救い出す、これぞ正義!お力になれることだったに喜んで協力しますよ。ジョルジさんは一人じゃないんです。このわたしでよかったらいつでもご相談に乗りますわ。だから元気を出して下さい。ね?」
 純真さを結晶させたような青い瞳が微笑みかける。ジョルジはアメリアを見つめたまま、やがて例のどこか気配のない美貌でうなずいた。
「私もお約束します、アメリア姫・・・必ずあなたをお守りすると」

        

 ジョルジが神殿へ去り、テラスにはリナ、ガウリイとアメリアが残された。
「みごとな食べっぷりでしたね、お二人とも。ジョルジさん驚いてましたよ」
「ふー。さすがにこれ以上入んないわあ」
「うまかったぜ。ごちそうさん」
 リナとガウリイは椅子の背にもたれて満足げにお腹をなでている。アメリアは手すりについた両腕に顎をのせ、そのままゆっくりと庭園を見渡した。午後の陽射しに幾何学模様を繰り返す木々の波がきらめいている。しかしアメリアがどこかまぶしげに目を細めているのは、さっき別れたばかりのジョルジのことが気にかかっているからだった。
−−−−−あなたがセイルーンの姫でなければよかったのに。
−−−−−約束します、必ずあなたをお守りすると。
 アメリアには意味がわからない。聞き返すにはジョルジの気配があまりに自分を拒んでいるようで、あのまま見送らざるをえなかった。それが彼女を少しばかり気弱にしている。
「・・・・どういうことかなあ・・・・?」
「ねえ、アメリア」
 ティーカップ片手にリナが近づいてきた。
「一応聞いて見るんだけど、ジョルジさん、昨日のこと何か話してなかった?なんでもいいの。あんたのこと妙に心配したとかケガしてたとかだったらこっちとしてはありがたいんだけど。見た限りじゃ元気そうだったわよね」
「え?ジョルジさんケガしてたんですか!?」
 リナは何でもないと手を振り、
「・・・ま、期待はしてなかったけどさ」
 昨夜ゼルガディスが食らわせた一撃のことが頭にあったのだが、刀傷など治癒をかければ跡形もなく消えてしまう。ジョルジが治癒を使えないとしても彼の周囲は白魔法のプロフェッショナルだらけなのだ。やはり聞くだけむだだったかもしれない。
「そういややけにしんみり話し込んでたじゃない。何語り合ってたのよ」
「応援してあげてたんです。ジョルジさん、悩み事があるみたいだったから」
「悩みねえ。そりゃまああるんじゃない?いろいろと」
 ティーカップを傾けながらリナはいともあっさり答えた。リナたちは彼を一連の事件の黒幕と踏んでいる。黒幕なら悩み事も隠し事も掃いて捨てるほどあるに違いない。そうとは知らないアメリアはリナの言葉に勢い込んで、
「やっぱりリナさんもそう思います?大丈夫かなあジョルジさん。ゼルガディスさんみたいに思いつめなきゃいいけど・・・」 
 魔剣士殿も姫にかかると形なしである。リナが苦笑いを浮かべて大きく伸びをしたとき、ガウリイがすいと背後を振り向いた。慌ただしい足音が響いてくる。文官が数名、血相を変えて回廊を走って来るのが見えた。
「何事です?」
 アメリアが歩み寄る。その前で膝をつくと、文官たちはひどく息せき切った様子で西部国境から使者が到着したことを告げた。緊急だという。
「使者?」
 アメリアはぽかんと反復した。その背後でリナとガウリイも顔を見合わせる。
「ね、あたしたちもいい?」
「リナさんたちがよろしければ。国境からなんて何でしょう」
「行けばわかるわよ」
 三人は執務室へ走り出した。

         

 魔道士協会でかんづめになっているゼルガディス宛にリナから伝言が届いたのは、それからしばらくしてのことである。
 曰く、
「とにかく来て。捕まったの、アメリア暗殺未遂の犯人が。西部国境でね」

       

              

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