その眼差し                  聖都怒濤の五日間11

      

            

 アメリア王女本日のお茶会は見晴らしのよい王宮二階のテラスで開かれていた。顔をそろえたのは見合い相手のジョルジ=ランヴィエと、王女曰く「仲良し4人組マイナス1」の面々。
「ああ、これはおいしい」
 ジョルジは洗練された手つきで宮廷料理長特製フルーツタルトの一片を口へ運ぶと、作り物なみに形の整った唇を品良く微笑ませた。
「クリームの深いまろやかさとフルーツの軽快なさわやかさが見事にマッチしている。酒の香りはいささかきつめですが、口の中で広がるその感触はフルーツの甘酸っぱさとともに成熟してゆく純粋な乙女の心を思わせます。このタルトのモチーフは、アメリア姫、さしずめあなたというところでしょう」
「ほんとにおいしいですよね!グルメのジョルジさんにそう言ってもらったら料理長も喜びますわ。今日の晩餐はジョルジさん直伝のレシピに挑戦してみるそうですよ。楽しみです!」
「ニャラニャラのパイ包み焼きレイナード風。一度お試しいただく価値はありますよ、あれは。姫はニャラニャラはお好きですか」
「ええ、とっても!」
 アメリアは大きくうなずいた。うららかな陽射し、心地よい風、おいしいおやつ、そして正義を愛する仲間たち。仲間が一人足りないのは心残りだが、大好きなものに囲まれてアメリアはうれしい。ジョルジに劣らず器用にフォークをあやつりながら幸せそうにぱくりと一口ほおばると、
「アトラスシティでゼルガディスさんとお鍋を食べましたけど、本当においしくて。でもリナさんとガウリイさんはニョヘロンの焼き肉派なんです。焼き肉もおいしいですけどやっぱり一番はニャラニャラ!ですよね!」
「名物料理というのは作られている土地々々の暮らしぶりも味わえるのが醍醐味です。それを楽しめるかどうか、そこが一番大切なんですよ。特に鍋などの素材がものをいう料理は。・・・それにしても」
微妙に会話がかみ合っていないが、そのことに気づいているのかどうか、ジョルジはどこか表情のない視線をさらりと隣のテーブルに投げかけた。
「あーっっそれはあたしだっつーのーーーーっ!」
「早いもん勝ち!次だ次っ!」
「おにょれーー!」
 専用に焼かれた特大タルトの周囲で派手に取り皿をぶつけあいながら、ガウリイとリナ本人たちのみならずフォークまでもが大立ち回りを演じている。ジョルジは手を止め、気迫のこもった二人の様子にしげしげと眺め入った。彼の人生において初めて目にする類の光景だ。人間、タルトごときにここまで真剣な奪い合いができるものなのだろうか。ジョルジとリナたちを交互に見比べていたアメリアがふきだして、
「リナさんとガウリイさんはいつもあんなものですよ。わたしも負けてませんけど」
「ひ・・・姫もあのようなことをされるのですか・・・?」
「腹が減っては戦はできぬっていうじゃありませんか。お腹ぺこぺこで正義が負けたりしたら世界に明日はありませんっ。いつでもしっかりお腹いっぱい、愛と真実のために万事整えて悪に立ち向かう。ヒーローの心得です!」
 きりりと胸を張るその姿が愛らしい。ジョルジは小さく声をたてて笑った。とたんにアメリアが顔をほころばせる。
「やっと笑ってくれた!」
「は?」
「心配してたんです。なんだかジョルジさん、最近ちょっと様子がおかしかったから・・・。でも良かった。大丈夫みたいですね。安心しました!」
「気にかけて下さっていたのですか、私のことを」
「あたりまえじゃありませんか。わたしとジョルジさんは正義を愛するお友達なんですよ」
 アメリアは純粋に誠意を込めて言ったつもりだったから、言葉のもう一つの意味に気づかない。彼女自身忘れかけているが、二人は見合いを進行中なのである。一応すでに断わってあるとはいえ、「お友達」と文字通り明言したアメリアは、意識せず自分に結婚の意思がないことを改めてはっきり示した形になった。ジョルジの視線が揺らぐ。その先ではタルトをめぐってリナとガウリイの壮絶な戦いがなお続いている。
「姫は」
「はい?」
「姫には意中の人がおられるようだ。彼ですね。ゼルガディス=グレイワーズ」
 アメリアのフォークが止まった。ジョルジに向けられたその顔が水銀柱のようにするすると血をのぼらせていく。ジョルジはその様子をどこか面白そうに眺めながら、
「愛しておられるのですか、彼を」
「あ゛っ」
 奇妙な濁点声で叫んでしまってからアメリアは慌ててもごと口を押さえると、真っ赤な顔をうつむけ、小さな声で、
「や、あ、愛って・・・そんな・・・。ゼ、ゼルガディスさんとは、お、おおお友達ですっ。大切な・・・のは・・・本当ですけど・・・」
 はたからみる二人の関係が出会ったときとさほど変わっていないのは確かに事実だ。
「姫は旅はお好きですか」
 唐突にジョルジがそう言った。問いではなかったらしく、ジョルジは続けて、
「実を言うと、私は余り好きではないんです。気ままな旅ならまた別なのでしょうが、私の場合はすべて仕事ですしね。他の仕事がないわけではなかったけれど、それでも私は旅をせずにはいられなかった」
「・・・どうしてですか?」
 ジョルジの任務が遺跡トラップの情報収集であるため、頻繁に遺跡めぐりの旅をしているのだとアメリアは彼から直接聞いたことがある。遺跡めぐりは彼女にとってもおなじみで、異界黙示録の写本や伝説の武器を求めてかなりの場所を踏破しているから、数と移動量だけならジョルジの上をいくかも知れない。訪れたことのある共通の遺跡や仲良し四人組の大騒動の話で会話がはずんだむしろ楽しい話題だっただけに、アメリアは昔話の続きをせがむ子供のようなあどけなさで首をかしげた。
「人を探していたんです」
 ジョルジは懐かしむように長いまつげの瞼を閉じて、
「豊かな黒髪を肩で切りそろえた、青い大きな瞳の可愛らしい少女を。旅の途中で知り合っただけで、名前も住んでいるところもなにも知らない。そもそも私のことなどもう覚えていないに違いない・・・それでも忘れられなかった。笑われるかもしれませんが、運命的な出会いとは本当にあるものなんです。そうとしか言いようがありません。少なくとも私にとっては。あんな出会いはないでしょう、もう二度と」
 運命の出会いとはまた美しい響きだ。アメリアは両手を胸の前でよりあわせ、素敵、とうっとりした声でため息まじりにつぶやき、
「それで、どうだったんですか?その人は見つかったんですか?」
 瞳に星を浮かべて身を乗り出したその肩がふと止まる。
 見上げたアメリアを、ジョルジの驚くほど真摯なまなざしが正面から射抜いた。
 力強い、そしてどこか怖気だつほど静謐な瞳が昏く自分を映している。アメリアも思わずジョルジを見つめ返した。そのまま数秒−−−−−−
 遠くで鳥が啼いた。
「アメリア・・・あなたがセイルーンの姫でなければよかったのに」

      

         

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