プロローグ・セイルーンへ           聖都怒濤の五日間1

       

                 

「お、ほんとにいた。いたぞリナ」
 聞き覚えのある声がする。コーヒーカップにかけた手を止め、ゼルガディスは視線を店の入り口に走らせた。
「やっほー。探したわよゼルっ。ひっさしぶりー!」
 見慣れた旅装が二つ、大きく手を振っている。リナとガウリイだった。顔を合わせるのはダークスターにまつわる旅以来になるだろうか。
 さかさかとゼルガディスの向かいに座ると、二人は店員がメニューをとり落とすほどの量を一息に注文し、ようやく満足げに店内を見渡した。昼下がり、二人の注文に戦場と化した厨房の喧声以外にはぽつぽつ客がいるだけで、あたりはいたって平和である。
「とりあえず元気そうじゃない。人間に戻る方法、何か手がかりは見つかった?」
「これといったものは、な」
 ゼルガディスは軽く肩をすくめると、
「で、何の用だ。お前たちのことだ、懐かしがりにわざわざ人を探してたわけじゃないんだろう」
「相変わらずねー。ま、そうなんだけどさ」
 リナはぴしりと笑って身を乗り出した。
「どう?一緒にセイルーンに行かない?」

               

「待った。どうせ断わるとかいうんでしょ。話ぐらい聞きなさいって。セイルーンに今どっかの神官だか坊さまだかが来てて、なにやら面白い話を知ってるんですって。あんたが興味もちそうだってアメリアが八方手をやって探させたんだけど見つからない。で、あたしたちが招かれた。でもあたしたちもあんたがどこ行ったかなんて知らないでしょ。しかたないからフィリアのとこに行って占ってもらったの。そしたらこう出たわけよ。この町の喫茶店でコーヒーを飲んでますって。正直期待してなかったけどね、フィリアもやると思わない?」
「当然お前たちはもう聞いたんだろう、その話とやらを」
「ははは」
「そんなうまそうな話を聞き逃すはずはないからな。俺は話さえ聞かせてもらえばそれでいい。どんな話だったんだ」
「待ちなさいって。今のは話その1。話その2。アメリアがお・見・合・い・しまーすっ」
 ゼルガディスは何気なくコーヒーをすすった。
「あいつも見かけと中身はともかく年頃だからな。立場が立場だし、フィルさんも早く腰を落ち着けてもらいたいんだろう。あいつ自身が決めることだ。俺には関係ない」
「妙に言い切ったわね。んふふ、まあいいでしょう」
「なんだその笑いは」
「相手の人、それはもうすんごいハンサムだったわよ、ゼルには関係ないらしいけど」
「どんな奴だ」
 またさりげなくコーヒーをすすりながら、ゼルガディスはガウリイに話を向けてみた。ガウリイはようやく並び始めた皿を片っ端から根こそぎ空にしていたが、チキン香草焼を口に放り込みながら、
「どんなって・・・そうだな、髪が黒くて服も黒かったぞ」
 彼にしては具体的な記憶である。だがなんの説明にもなっていない。
「魔法も剣もやる強者なんですって。さしづめ魔剣士ってとこかしらね」
 ぴくっと止まったゼルガディスの手にはあえて目もくれず、リナは話を続けた。
「これがその2ね。その3。これは実際大変なのよ。アメリアが殺されかけたの」
「聞き捨てならんな。どういうことだ」
「どうもこうも、いきなり狙撃されたらしいわ」
「ケガは?!」
「眉間に命中。たんこぶで全治3日。都合4回も襲われたんですって」
「・・・まあ、あいつの頑丈さと来たら旦那並みだからな」
「どう考えても狙われてるとしか思えないでしょ。それでフィルさんが依頼してきたの。犯人を捕まえてくれって」
「受けたのか」
「あったり前じゃない。アメリアはあたしたちの仲間よ。かけがえのない仲間の命の危機に立ち上がらないわけないじゃないのっ!」
「いくら貰った?」
「えー、まあそれは置いといて。山分けってことでいいでしょ(はあと)。わりといい話だと思わない?しょぼいテロリストみたいだもの、すぐに片付くでしょうし、あたしたちはお金貰ってタダで美味しいものいっぱい食べられるし、あんたもだめ元で話聞くなり調べものするなりできるしさ。調べ尽くしてるのはわかってるけど、もう一回見直してみたら新たな発見てのがあるかもよ。ろくな手がかりもないまま旅するよりこっちのほうが効率いいんじゃない?あそこ古くさいものだけはやたら多いから」
「しょぼい、か」
 二人が山のように積み上げられた料理を食いつくし、さらに追加のデザートとコーヒーも平らげあげるのを見計らって、ようやくゼルガディスは口を開いた。考えこんでいたわけではない。料理に襲いかかり卓上で派手な争奪戦を繰り広げる二人の間に、口をはさめる余裕が見つからなかっただけである。
「行こう。しばらくまともな運動をしてなくて、多少うずうずしてたところだ。話とやらも詳しく聞いてみたいしな」
「よしっ決まりっ!ま、当然よね!アメリアにも会えるしねっ」
「・・・・何が言いたい」
「ゼル、顔が紫色に光ってるぞ。気分でも悪いのか?」
「・・・・」

                

                  

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