「すみません」

クリスマスを彩るネオンが煌々と光る街を、
一人何をするでもなく歩いていた俺は、
突然後ろから声をかけてきた人物に足を止めた。
振り返ると、一目で高級外車と分かる黒塗りの車から、
老人が顔を出している。

「すみませんが、黒崎密様ですね?」

「は?」

自分の名を呼ばれ、怪訝そうな顔をした俺を見て、
老人が車から降りて来た。

「ご主人様が貴方と今夜ぜひとも一緒に過ごしたいとおっしゃっています。
どうぞ車にお乗りくださいませ。」

「えっ?ええっ!??ちょ、ちょっと待ってください!!?」

老人は一気にそう言うと、俺の手を取り、
有無を言わせぬ速さで車の中へと導いた。
俺はというと、あまりのことに気が動転してしまって、
それからの車内での出来事は、あまり 覚えていなかったんだけど・・・。


コンコン・・・。

「ご主人様、黒崎様をお連れ致しました。」

老人は都内のとある高級ホテルの最上階、
つまりVIP部屋へと俺を連れてきた。
中からは何か声が聞こえたみたいだったけど
、俺の心臓の音が 大き過ぎて、しっかり聞き取れなかった。
なんだか・・・、どこかで聞いたことのあるような・・・・?

なーんか・・・嫌な予感、してきたんだけど・・・・(汗)

ガチャリ・・・。

・・・暗転・・・・。

最悪。なんでこんな日にこんな場所でこんな奴と向かい合ってるんだ俺?
中へと促されたまま一歩も動こうとしない俺を見て、部屋の住人が近づいてきた。

「よく来てくれましたね。やはり坊やは私の所が一番なんですね?」

俺の前に立っているのはーーーーーーそう。
邑輝。
シャワーでも浴びたのか、バスローブなんか着てて、タオルが肩にかかっている。

「どうしました?今日はいつにも増して無口ですね?・・ああ!?
君をここまで連れてきたさっきの男の事が気になるんですか?
心配しなくても良いですよ、あれは榊と言って、私の執事・・・」

「どういうつもりだよテメー!!??」

邑輝の言葉を遮り、俺は溜まりに溜まっていた鬱憤を邑輝めがけて一気に吐き出した。

「何が”やはり坊やは私の所が一番なんですね?”だ!?ふざけんな!?
イキナリ拉致されてこんなとこに連れてこられて!?挙句の果てにはなんで
お前にそんな事いわれなきゃなんねーんだよ!?ばかにすんのもいい加減にしろ!!」

一気に捲くし立てたせいで、呼吸の整わない俺を少し離れたところから
見ていた邑輝が ゆっくりと近づいた。
驚いて回りを見渡したが、さっきまでいたと思っていた
榊とかいう執事の姿は とっくになく、
今この部屋にいるのは俺と邑輝の二人だけとなってしまっていた。
近づく邑輝に動揺を隠し切れず後退りをした瞬間だった。
すっと俺の腕を邑輝が掴んだ。

「君の為に、私が育てた薔薇です。
あなたのその絹のような柔らかで白い肌に ピッタリの深紅の薔薇ですよ。
受け取って下さい。」

もう片方の手が差し出したのは、一本の真っ赤な薔薇だった。
俺の腕を掴んでいた手から力が抜け、変わりにその手は俺の頬へと 移動した。

「今日、私の育てた薔薇の中でも一番美しく咲いた花を
貴方の為に 贈ろうと思っていたのですが、
どの花を選ぶか、少々時間がかかってしまいまして・・・。
本来なら、私自ら貴方をここまでエスコートしたかったのですが。」

邑輝が何を言っているのか、よく理解できなかった。
手渡された大輪の薔薇の花は、それまで見た事もないくらいに綺麗だった。
不思議と痛くはなかった。
よく見ると、棘は一つ残らず綺麗に取り除かれていた。

「今夜、どうしても貴方に会いたかった・・・。
何か、口実を作らなければ会ってはくれないと思いまして、
でも、こんな事しか思いつきませんでした。本当に、ただ貴方と今夜一緒に・・・」

もう片方の手も俺の頬を包み込んだ。
その時。

気付いてしまった。
邑輝の右手の人差し指の、キズ。
まだ、少しだけ赤い。かさぶたにもなっていないから、
傷を作ってそう時間は経っていないはず。

「・・・・なんだよ、これ・・・?」

俺が人差し指の傷を指摘すると邑輝は慌てた様に

「あ、ああ?!これですか、こ、これは別に・・!?そ、そうです!
紙で指を擦ってしまって・・・・!!?」

驚いた・・。ホント。こいつでも慌てる事ってあるんだな・・・。
なんか・・・、もしかして・・・ちょっとだけ。

かわいいかも・・・・。

「・・・あっそ。紙でね?ふ〜ん。へ〜・・・。そ〜・・・。」

あ、ちょっと困ってる?さっきのあの強気の邑輝は何処行ったんだよ?
あ〜、どうしよ?なんかこいつかわいいよ?

「おい、バンソーコーとか、ないのかよ?」

「え?ああ、ありますよ、確か・・」

そう言いながら邑輝はバンソーコーを取りに引き出しを引っ張り出している。
むやみやたらに広いこの部屋なんだから探せばバンソーコーくらいあるはず。
一通り探したらしく、戻ってきた邑輝の手には
しっかりとバンソーコーが握りしめられていた。

「ほら、貸せよ。・・・手、出せ早く!」

「あ、はい。」

差し出した右手、人差し指の傷は思ったより深そうで今だに鮮血が滲み出ていた。

「ったく・・・。お前あんま花いじりとかした事なかったんだろ?
らしくない真似すんなよな・・・。」

人差し指にバンソーコーを巻きながら。

「・・・痛かっただろ?棘。」

「そうですね、私とした事が油断してしまいました。うっかり・・・・!?」

ハッとして気付いたみたい。
今、自分が墓穴掘ったこと。
顔が、真っ赤。初めてだ、こんなの。
こいつが赤くなったり青くなったりすんのみるの。
どうしてだろ?さっきまであんなに最悪な気分だったのに・・・。

「貴方は・・・・。・・・貴方には敵いません。
ダメですね、いつも振り回されて、貴方に踊らされているのは私の方ですね。」

また、今度はしっかりと邑輝の両手が俺の頬を包み込んだ。

「今夜、私と一緒に過ごしてくれませんか?貴方と共にこの
聖なる夜を過ごしたいんです・・・」

そう言って邑輝は真っ直ぐ俺を見つめた。
頬を包み込んだ両手が俺の顔を上向かせた。
近づく邑輝の顔に・・・・・。





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このまま邑輝とクリスマスを迎える!

やっぱり邑輝じゃなくって次の人の所に行く!