My Lover…5.

 ☆レイチェル☆
「ごめん、アンジェ。ワタシ、サッカー部の部活見学に行くから・・・さっきの話、明日にしてくれる?」
ワタシはアンジェリークに悪いと思いながらも慌ただしく鞄に荷物を詰め込んでいた。
『じゃあ、良かったら今日の放課後、早速見学に来てくれるかい?雰囲気とか伝わると思うんだ。』
新入生歓迎会でランディ先輩に誘われたサッカー部。
有意義な高校生活を送るためにも、頑張ってみたいんだ。
「あ・・・っ、その前に少しでいいから聞いて欲しいの。」
「・・・」
アンジェリークが時々見せる、真剣な眼差し。
それに負けてワタシは少し、その場に留まることにした。

「・・・えぇ!?4時間目にずっとお話してたの!??」
「う・・・うん。先輩には言うなって言われたんだけど・・・」
ワタシは何だか急な脱力感に襲われて、再び自分の席に着いてしまった。
あの時間・・・?
ワタシたちが迎えに行くまでのあの時間、ずっと、2人きりで?
・・・やだ、ワタシったら。アンジェリークの保護者になった気分。
「それでね。教えて欲しい事があるんだけど・・・。」
首を傾げる。
ワタシが教えられる事なんてあったかなぁ??
「先輩の名前・・・皆が言ってたから・・『ゼフェル』でいいんだよね?」
「な・・・何?もしかして、そんなに話す時間があったのに名前も聞いてないの?」
あらら。
アンジェリーク、顔が真っ赤。
解ってるわよ。『トモダチ』だもん!アナタのことだから、聞けなかったんでしょう?
「そ!ゼ・フェ・ル!ゼフェル先輩。」
「・・・あ、ありがとう!レイチェル。」
小さなことで感激してくれる『トモダチ』。照れちゃうじゃない。
「じゃ、ワタシ行くねっ!」
「うん!頑張ってね!」
ワタシはその可愛い『トモダチ』に元気に手を振って教室を出た。
さぁて。部活、部活っ!

___

☆アンジェリーク☆

さっき教えてもらったばかりの、先輩の名前。
ゼフェル・・・
・・・ゼフェル
2年生の教室に着くまで何度繰り返しちゃったかしら。
忘れる筈なんて、無いのに。

「ゼフェル先輩。」
覚えたての先輩の名前を、大切に呼んでみた。
「よぉ。」
ぶっきらぼうに答える、先輩。
その教室には誰も残っていなかった。
しんと静まり返っている教室に在る音といえば、校庭で行われている運動部の声だけ。
時々引く、椅子の音だけ。
近くの教室から聞こえる、笑い声だけ。
2人の時間に会話は無かった。
・・・それを、悲しいとは思わない。
・・・それを、詰まらないとは思わない。
・・・それを、淋しいとは思わない。
私の胸が、少しずつ、鼓動を高めていく。

貴方はこんなにも真剣な表情で、『今』を作っている。
何が、そうさせるの?
どんな思いが、そうさせるの?
・・・誰が・・・こんな表情をさせているの?
きっと、私がここにいることを忘れている。
それでもいい、それでも構わないの。
貴方のその表情が見たくて、来たんだから・・・。

やがて、この教室から覗ける校庭から黄色い歓声があがる。
何かな?と思って私はその席を立った。
サッカー部の練習風景が見える。
あの歓声はもしかして、ランディ先輩のものだったりして・・・。
ランディ先輩って、笑顔が素敵だもの。
この時、私は気がつかなかった。
一瞬、ゼフェル先輩が作業から目を離して顔を上げたことを。
その上げた顔が、私の背中を追っていたことを。
貴方の中に、私が存在していた事を。

夕日が沈みかけて、教室の中が暗くなる頃やっとゼフェル先輩の手が止まった。
「今日は・・・ここまでにしとくか。おめー、よく待ってたな。」
「『待っている』なんて思っていません。」
私にしては珍しくきっぱりと言い切ったと思う。
だって、先輩といる時間だもの。
『待っている』なんて言葉にしたくない。
そんな言葉で、この大切な時間を区切ってしまいたくないの。
「サンキュー・・・」
ゼフェル先輩は小さく呟いたけど、私にははっきり聞こえる。
それは、この教室が静かなせいだけではない・・・。

___

外に出ると、ランディとレイチェルがすぐそこにいた。
ちょうど、部活が終わって今から教室に行こうとしていたらしい。
マルセルも校内から駆けて来る。
誰から約束したわけではない。
気が付けば、いつも3人一緒だった。
夕日は沈み、山の向こうのオレンジが、反対側の空のダークブルーと混ざって鮮やかなグラデー
ションを創りだしている。

「そういえば、まだ聞いていなかったんですけど、マルセル先輩って何をなさってるんですか?」
レイチェルが唐突に切り出す。
確かに、いち早く家に帰っていそうな彼が、こんな時間まで校内に残っているのは不思議だ。
この容姿で、もし、夕方に1人で歩いていたりしたら誰かに連れて行かれるかもしれない。
「マルセルはよー、器楽部なんだぜ。こいつにフルート持たせたら日本一だかんな。」
いち早く口を開いたのは意外にもゼフェルだった。
「ゼフェル・・・」
マルセルがびっくりしてゼフェルを見る。
いつも彼を掲げてくれるのは、むしろランディの方だからだ。
「日本一ってのは嘘じゃねーぜ。マジで全国大会で1位取ってきたんだ。・・・音楽の事はよくわかん
ねーけどよ
こいつの出す音は心地いーんだ。」
アンジェリークとレイチェルは、もしかして、すごい人たちと出会ってしまったのではないかと思っ
た。
一人ひとりが、輝いている。
自分の居場所を知っている。
それは、誰にでも出来そうで殆どの人は出来ない事だ。
「ゼフェルってば・・・誉めすぎだよ。」
「へっ!今日の昼休み、俺もいいように言われたからな。」
ゼフェル先輩は人を貶したり、見下したりするような人では決して無い。
こんな形で気持ちを表現する。
ものを創り出すことは器用にできるけど、感情の表現はきっと不器用なんだわ。
アンジェリークはそんな彼に、1度微笑んだ。

「あっ、じゃあ僕、ここのお家だから。」
校門から出て500メートルくらいの所だろうか。
マルセルが指したその家は深く緑に囲まれている。
「また明日ね!」
「また明日。」
マルセルが門を潜るまで見送ると、残りの4人は再び先へ歩き出した。
そこからまた、数分歩いた後、
ゼフェルとアンジェリーク、ランディとレイチェルの2手に別れる帰り道となった。
「じゃあね、アンジェ、ゼフェル先輩。」
「うん、気を付けてね。」
足元の影も、暗闇の中に溶け込む時間だった。
彼らの放課後は、こんな感じで毎日過ぎてゆくこととなる。

それは、誰から言い出した約束ではない。
気が付けば3人一緒だったのが、5人に変わっただけのこと・・・。

それから5人は校内でも、校外でもよく一緒に時を過ごすことが多くなった。
いつも『5人』で。
まるで、幼き頃からの友人同士のように仲が良かった。
そんな彼らを目撃する生徒の多くは、皆、彼らが羨ましかった。
無論、『羨ましい』だけで済まない者も中には数人いた。
その『妬み』が日に日に大きくなっている事を、誰一人、気が付かない。

その矛先は、下級生である1年生2人に向けられる事になるのである。

つづく