My Lover・・・

Written by 琴姫


「きゃっ!」
「うわっ!」
その男女の声は、校内の廊下のある曲がり角で同時に発せられた。
女性のほうは、転んだ様で腰のあたりを摩っている。
「・・・大丈夫かよ?」
男性はその女性に手を差し伸べる。
女性はその綺麗なエメラルドの瞳を潤わせ、コクンとひとつ頷くと、その手を取った。
「気をつけろよ。」
そう言うと男性は素早く去っていった。
(1−A・・・新入生か・・・)
彼は鋭い動体視力で女性のクラス・プレートを見ていたのだ。
2人が出会ったのは何処にでもありそうで無い、ドラマのような展開だった。
シナリオ通り、まずはその女性が、恋におちたのである。

女性の名は、アンジェリーク・コレット。
先日、このスモルニィ学園・高等部の1年生として入学してきたばかりだった。
彼女は実におっとりとした性格で、普段の彼女を知る人であれば廊下で誰かとぶつかる事など
日常茶飯事、と理解している。
「・・・へぇ。それで?そのヒト、かっこよかった??」
そんな彼女に先程からそのを突っ込んで聞いているのは親友・レイチェル・ハートである。
陽気で、快活なその性格はアンジェリークのそれとはまったく異なっていたが
それでも2人は大切な友人同士だった。

「う・・・うん・・・レイチェルの好みは別としてだけど・・・」
「へえぇ。アナタがそんな風に言うなんて、初めてね。」
レイチェルは瞬間的にアンジェリークが恋をしたと悟った。
そして、何を企んだのか、にやりと笑いこんな事を言い出したのである。
「アンジェ、まだそのヒトに謝ってないんでしょ?」
「え?うん・・・」
「今から謝りに行こう!」
アンジェリークの頭上に『?』が浮かぶ。
レイチェルのいきなりの発言を理解するのに約3秒はかかったと思われる。
「え?ええ?ちょっ・・・レイチェル!!?」
「♪」
レイチェルは戸惑うアンジェリークをきるように、教室を出た。

「やだやだっ!帰ろう、レイチェルっ!」
「なぁに言ってるの。アナタはそのヒトに謝れるし、ワタシはそのヒトを見ることが出来る。
一石二鳥じゃない。」
「謝る・・・っていったって、1学年、10クラスもあるのよ!?探せっこないよー!」
「すぐ見つかるって。」
レイチェルは専ら楽しそうだ。
アンジェリークの瞳は涙でいっぱいになっている。
「確かそのヒト2年生っていったよね?クラス・プレートがブルーだっていってたからぁ・・・」
2人は2年棟のある2階へと、階段を上った。
そこは1年のそれとは雰囲気がまるで違っている。
それでもせず、レイチェルは尚もアンジェリークを引っ張った。

「あぶねぇ!!!」

突然、アンジェリークとレイチェルが向う先から、野球ボールが飛んできた。
「きゃっ・・・」
レイチェルはその抜群の運動神経でそれをよけた。
が。
アンジェリークは見事にそのボールに当たってしまったのである。
・・・しかも、頭に。
そんなに強い球ではなかった筈なのだが、アンジェリークは頭の中が真っ白になって
その場にぱたりと倒れてしまった。
「うそっ・・・アンジェ!?ちょっと、しっかりして!!」
「大丈夫!?」
駆け寄ってきたのは3人の2年生男子であった。
真っ先に、泣きそうになって声を掛けてきたのは面立ちは女性のような
綺麗な金の髪を後で1つに束ねた男性。
「んもう!ゼフェルがいけないんだよ!」
「・・・んだとぉ!?ランディ野郎がちゃんと捕らねーのが悪いんだろうが!」
「ゼフェルの言う通りだよ、マルセル。すぐ保健室に連れて行かないと」

・・・とりあえず、茶色の髪をした『ランディ』と呼ばれた男子が、アンジェリークを抱き上げた。
そのまま、校舎の反対側に位置する保健室へ、直行する。

「すみません、リモージュ先生!居ますか?」
「はいはい、どうしたの?ランディ君」
レイチェルから見るに、彼はどうやら保健室の常連なようだ。
保健室の奥から出てきた先生は、レイチェルと似た、金のふわふわした髪の女性だった。
「このコ、ボールに当たっちゃって・・・」
「あらあら、下級生を苛めちゃダメじゃない、君たち。」
『君たち』とは無論、2年生3人を指す。
「・・・ちょっとびっくりして失神しちゃってるだけのようだから、心配ないわ。」
4人はホッと胸を撫で下ろす。
そのまま、アンジェリークは保健室で目を覚ますまで世話になることになった。

「ここまで運んで頂いてありがとうございました。宜しければ、お名前をお聞かせ願えませんか?」

レイチェルはアンジェリークが大丈夫だと判るとやっと、その場を冷静に判断した。
「俺はランディ。さっきは、君の友達に酷いことして、ごめん。」
茶色の髪の男子は、先程呼ばれていた通り『ランディ』と名乗る。
「僕はマルセル。」
次に自己紹介をしたのは最初に声を掛けてくれた、あの金の髪の男子。
「・・・ゼフェルだぜ」
壁に寄りかかって状況を見ていたのはアンジェリークにボールをぶつけた張本人だ。
レイチェルには、1番近寄りがたそうに見える。

「ワタシはレイチェル。こっちの眠ってるコはアンジェリークっていうの。」
「あ、リモージュ先生とおんなじ名前!」
ね、とマルセルが保健医・アンジェリーク・リモージュを見た。
リモージュはにっこりと微笑む。
「ったく、そいつはトロくせーよな。」
その場のんだ雰囲気を壊したのはゼフェルだ。

「廊下でもぶつかるしよぉ。」

レイチェルの耳がぴくん、とゼフェルの方を向いた。
「・・・ぶつかった・・・?それって、さっきですか?」
少し恐いながらも、レイチェルはゼフェルに問う。
「おぉ。つい、さっきな。」
「この人かあー!」とレイチェルは嬉しくなった。
あの時ボールに当たらなければ、こうはならなかった筈である。
アンジェリークに悪いと思いながらも、レイチェルはこの出会いに感謝した。

そう、出会いはいつどこで、どのように待っているのか判らない。
少しずつの偶然が重なり合って、出会う。

アンジェリークは少し、太陽に照らされながらベッドの上で眠っていた。


                                 つづく